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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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帝都の中心で

風邪引いてたら遅れました。ごめんなさい。

 古巣のシレジア大使館への挨拶は特に面白いこともなかった。普通に挨拶して適当に言葉並べたてて逃げるように建物から出た。それだけだ。


「何言ってるのよ、散々嫌味言われたじゃないの。『貴官のような人間でも少佐になれるとは、私もまだまだ出世できると言うことだ。なんとも幸福なことであろう』とかなんとか言ってたし、あのなんとか准将」

「まぁね……」


 最早嫌味ではなく単純な悪口になっているスターンバック准将には散々皮肉を言われた。全部を文章に書き起こすのは面倒な上に鬱になるだけなので要約すると、


『王女が友達ってだけで出世はやいなんて死ねばいいのに』


 である。


 まぁ、ある意味的を射てはいるのだが。確かにエミリア殿下の御助力がなければ10代で少佐とはならなかっただろう。でも「だけ」ではない。特にサラはね。


「サラはラスキノでも春戦争でもカールスバートでも武勲巨大だった。それをエミリア殿下のコネだけで出世しただなんて、失礼だよ」


 王国最強の騎兵隊を率いて戦果を拡張し、戦争の趨勢まで決定づけたサラはまさに英雄とも言って良い。たぶんこのままだと、後世サラを主人公とした小説がゴロゴロ出てくると思う。


「ユゼフもね」


 サラをべた褒めしてしまったせいか、彼女は若干頬を赤らめつつもそうフォローしてくれた。でもサラに比べれば俺のやったことなんぞ霞んで見える。


「俺は特に何もしてないよ。それなりに努力はしたけど」

「でも色々考えてくれたじゃない。オストマルクでもカールスバートでも」

「うーん、どうだろう。俺が考えたのは至極真っ当なことで……」


 俺のやったことは情報収集と作戦立案その他諸々のことだ。派手さに欠ける地味な作業と事務仕事の連続だったし、それに俺じゃなくても誰かがやってくれたような気がする。

 なのだが、


「あんたの考えで真面なのってあったっけ?」

「そこまで言うか……」


 みんないい加減俺をゲスの極みにするのはやめてほしい。俺みたいに日々明朗快活、清廉潔白に生きているのなんて、シレジアじゃエミリア殿下くらいのものだ。


「そこがユゼフの良い所でもあり、悪い所でもあるんだけどね」


 サラは、溜め息がちにそう呟くように言った。

 ちょっと意味を掴み兼ねた。俺が明朗快活で清廉潔白な男前であるところが悪い所なのだろうか。


「えーっと、つまりどういうこと?」

「私はユゼフのことが大好きってことよ」


 さりげなく、そしてやや早口で彼女はそう捲し立てた。顔はなんともないみいたいな表情をしていたのだが、耳が少し赤くなっているのを見つけてしまった。


 なんていうかまぁ、こんな街中でそれを平然と言えるのはサラらしいと言うかなんというか。恥ずかしいからやめてほしいのだけど。

 こうなったらこっちもそれなりの方法で反撃するしかない。これがどんだけ恥ずかしいか目に物見せてやる。


「俺もサラのそういうところは好きだよ」


 そしてサラが赤くなる理由もわかった。反撃とか言ってごめんなさい。でも好きなのは本当なんです。

 一方のサラと言えば、先程よりも如実に顔を赤くして、


「ま、街中で何言ってるのよ! ユゼフのバカ!」


 そう怒りながら、俺のこめかみを少し力強く小突いてきた。

 この行動も、あまり変わらないようである。とりあえずサラには「お前が言うな」と言いたい。




---




「外務省への挨拶は取りやめです」


 待ち合わせ時刻15分前に待ち合わせ場所でフィーネさんと再会し、そして彼女は開幕劈頭そんなことを言った。


「その心は?」

「祖父……もとい外務大臣クーデンホーフ侯爵とその秘書官は現在、キリス第二帝国との戦争に関して今国を出ているのです」


 フィーネさんは秘書官とぼかして言ったが、この秘書官は恐らく外務大臣秘書官にして彼女の姉、クラウディア・フォン・リンツのことで間違いはないだろう。


「クラウディアさんたちは今どこに?」

「……別にお姉様のことだとは言ってません」

「違うんですか?」

「あってますが……」


 不承不承と言った感情を表に出しながら、フィーネさんは秘書官がクラウディアさんであることを認めた。フィーネさんがどれだけ自分の姉のことを苦手に思っているのかというよき例である。

 まぁ俺もクラウディアさんのことは少し苦手だが。なぜか抱き着いてくるわちゃん付けするわで。


「お姉様の事はともかくとして、お祖父様は現在オストマルクにはいません。一応外務副大臣と司法大臣からユゼフ少佐とマリノフスカ少佐宛てに、国内の自由通行権と外交官待遇を認める書面が届いております」

「外交官待遇か……」


 外交官待遇。つまり外交特権を手に入れられるのだ。身柄の不逮捕特権、公用馬車の不可侵権などなど。つまりなにをしてもオストマルク当局は俺を捕まえられない!


「ユゼフ、顔が変になってるわよ」

「少佐。二度と悪用しない約束でしたよね?」


 と、2人からほぼ同時に突っ込まれた。

 実際、俺は過去、次席補佐官の時に外交特権を傘にオストマルク内務省高等警察局と一悶着した前科がある。一悶着どころかオストマルク帝国軍警備隊駐屯地で放火と誘拐をした。


 フィーネさんはそのことを指摘、サラも持ち前の野生の嗅覚でそれを察知したと言うことだろう。恐るべし。


「コホン。まぁ身分が保証されているのならば怖がる必要もなくなったというわけですね。じゃあさっさとキリスとの戦場へ赴きま」

「その前に軍務省と情報省です」


 またしてもフィーネさんにすかさず突っ込まれた。


「……行かなきゃダメですか? 軍務省だけでもいいじゃないですか」

「ダメです。少佐には結婚挨拶をする義務があります」


 リンツ伯の娘は真顔でそう言う。負けじとサラはそれに反撃。


「ちょっと! 何話してるの!? ユゼフと結婚するのは私よ!」

「おや、マリノフスカ少佐には別の婚約者がいるはずでは?」

「そいつとはもう縁切ったわ!」


 なにそれ聞いてない。


「あ、あの、サラ? いつの間に縁切ったの?」

「え? うん、もう会わないって決めたし」

「あ、そう……」


 当たり前だが縁切った宣言だけでは縁は切れない。婚約となればなおのことである。……これについても、色々根回しをしなければならないだろう。まぁ、なんだ。好きな子の為となれば多少のやる気が出るってもんだ。


「困りましたね。オストマルクもシレジアも重婚は法律違反ですから……」

「だからフィーネが諦めて」

「いえ、私と結婚した方がユゼフ少佐のためになります。伯爵家の義理の子供となるのですから、文字通り『伯』がつきます」

「で、でも私の方が先に……!」

「先とか後とかは関係ありませんよ。事、恋愛に関しては。それともマリノフスカ少佐は、もし私が先にユゼフ少佐と会っていたら、彼の事を諦めるんですか?」

「……ッ。そんなわけない、わ!」

「なら、それは私も同じこと……」


 街のど真ん中で、俺を挟んで喧嘩する2人。お察しの通り周囲からの目は痛い。無論、俺が浮気野郎で加害者でクズという目で見られているわけだ。いや、実際その通りなのだけど。

 結婚云々の前に、この2人の仲をどうにかする方が先かな。


 街中でこのような喧嘩をいつまでも続けるわけにもいかず、気が進まないながらも周囲からの痛い視線を浴びるよりもマシということで、俺たちは軍務省・情報省へと足を急ぐのである。


 ……いや本当、これどうすればいいんでしょ。

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