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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
309/496

仲の良い2人

 クラクフを発し、途中気まずくなりながらも2日間の旅程でエスターブルクにつく。

 道中の宿場町で相も変わらずサラとフィーネさんは互いに会話をしない状態が続いていた。怒っているという雰囲気は感じ取れなかったが、深く追及する気にもなれない。火事の原因は明らかに俺であるのだから。


 まぁそれはさておき。

 日付は大陸暦638年8月14日。時間はフィーネさんの懐中時計によれば13時17分だ。


 俺にとってはだいたい1年ぶりの帝都エスターブルク。相変わらず大都会で、街並みは相変わらず芸術的である。


「少佐、どうしますか?」

「……どうしましょうね」


 慣例に習うのであれば、在帝国シレジア大使館へ赴き挨拶、そして帝国軍務省と外務省、余裕があれば情報省へ行って挨拶するのだろうが、ぶっちゃけ言ってしまえばどこにも行きたくない。

 大使館に行けば駐在武官のスターンバック准将やダムロッシュ少佐に、外務省に行けばフィーネさんの祖父クーデンホーフ侯爵に、情報省に行けば勿論リンツ伯爵やヴェルスバッハもとい嫌われ者のリーバル元中将に会ってしまう。どいつもこいつも会いたくない人たちだ。


「ですが行かないわけにはいかないでしょう? 礼儀的にも、政治的にも、情報的にも」

「……そうなんですよねぇ」


 サラが代わりに行くと言う手もないわけではないが、でもそんな負担になるようなことをサラに押し付けるようなことはしたくない。


 はぁ、仕方ないか。俺とサラは一旦エスターブルクの中心市街で下車し、フィーネさんにちょっとしたお使いを頼むことにした。


「とりあえず私とサラは大使館に挨拶をします。その間フィーネさんはリンツ伯爵やクーデンホーフ侯爵に根回ししてください。あ、無理そうなら全然かまいませんから」


 特にリンツ伯爵とヴェルスバッハさん。あとついでに再集合時間と場所も決めて、と。


「わかりました。お父様には他の予定を投げ捨ててでも会いに来るように言っておきますので」


 やめて。本気で胃に穴が開くから!

 しかしそんな俺の願い虚しく、フィーネさんを乗せた馬車はさっさとエスターブルクの行政地区へ駆けて行った。


「はぁ……」

「……大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも」


 苦手な人たちとの挨拶三連荘とはなんとも不幸な話だ。サラが傍にいてくれるからまだマシだろうけど。


「ねぇユゼフ。私礼儀とか何も知らないけど大丈夫?」

「……大丈夫じゃないかも」


 王女護衛の近衛兵が礼儀知らずと言うのは何の冗談だという気がしなくもないが、護衛対象が親友のエミリア殿下だし何よりサラだしなぜか納得できる、かも。

 が、スターンバック准将やらダムロッシュ少佐やらに会うのにそれはまずい。特にダムロッシュ少佐なんて次席補佐官時代何回も衝突した仲なのに早々に階級が同列になってさらに憎しみ倍増となっているはず。あちらさんとしても会いたくないんじゃないか?


「相手も嫌がってるなら別に無理して会わなくても……」


 とサラは提案するのだが、それはそれで問題である。


「エミリア殿下に味方するオストマルク帝国のシレジア大使館が殿下の政敵である大公派によって占められているのだから、情報収集的な意味でも挨拶しに行った方が良いんだよねぇ」

「……大変ね、相変わらず」

「まぁね。でもいくら嫌で大変だからと言ってエミリア殿下に泥を塗るわけにもいかないから、行くっきゃない」

「じゃあ、私も行くわ」

「えっ、いやあの、大丈夫なの?」


 礼儀的な意味で。


「……ユゼフが手本見せてくれたら、たぶん」


 あぁ、うん、まぁ、俺も礼儀に関しては専門家と言うわけでもないし、バリバリの武官であるサラということもあって大目に見てくれるかもしれないし、それに何より1人で行くのはちょっと胃に負担がかかる。


「まぁ、サラが良いのなら」

「私は全然かまわないわ」

「そっか。……じゃ、一緒に行くか」

「うん」


 そう言って、さりげなくサラは俺の手を掴んでくる。ユリアとサラと一緒に買い物に出かけたあの日以降、2人で街中を歩くときはこんな風にすることが多くなったが……何度やってもこれは恥ずかしい。




---




 ユゼフとサラがシレジア大使館へ挨拶に行っている頃、オストマルク帝国情報省にある応接室において、2人の人物が会談をしていた。


 1人は、情報大臣ローマン・フォン・リンツ伯爵。

 もう1人は、帝国軍務大臣グラーフ・ヨルク・フォン・ヴァルトハウゼン伯爵。


「わざわざ呼び出してすまないねグラーフ」

「ローマンに当日になって唐突に呼び出されることには慣れたからな。士官学校時代からずっと」

「それでも律儀に来てくれる君には感謝しているよ」


 2人は貴族特有の言い回しもせず、敬語も使わず、ざっくばらんに会話をする。ヴァルトハウゼン伯爵の言う通り、この2人は士官学校時代からの友人であり、同期の中で最も出世している人物でもある。


 有り体に言えば、リンツ伯爵とヴァルトハウゼン伯爵は悪友だったのだ。


「で、ローマン。急に呼び出して何の用だ? これでも俺は隣国が戦争吹っかけてきたせいで忙しいんだが?」

「あぁ、その戦争についてだよ」

「ん?」


 リンツ伯の言葉に、ヴァルトハウゼン伯が差し出されたコーヒーを飲もうと伸ばしかけた手を止めた。


「シレジア王国から軍人が2名、観戦武官として前線に来ることになった。軍事顧問として口を出すことになると思うが、彼らを適当な部隊に入れてくれないか?」

「……また急に言うなよ」

「だからこうしてお願いしているのさ」


 お願いしているように見えないリンツ伯の言動に、ヴァルトハウゼン伯は大きく溜め息を吐く。彼にとって初めての事ではないから慣れっこだが、だとしてもそれは慎んでほしい行動でもある。もっともヴァルトハウゼン伯にとってリンツ伯は代えがたい友人でもあり恩人でもあり仕事仲間でもあるため、彼はリンツ伯のその言動を安易に受容してしまうのだが。


「ったく……その2人、階級は?」

「両名ともに少佐、身分は騎士。17歳の青年と19歳女性だ」

「……また扱い辛い人間を受け入れたな」


 騎士階級というのは、聞こえは良いものの殆どは貴族扱いされない。名目上の貴族、実質上の平民という塩梅なのだ。しかも年齢はどちらも20にも届いてない若さにも拘らず階級は少佐と高めである。

 これらの要素を配慮に入れながら最適な部隊へと配属させるのは並大抵の事ではない。


「……ちなみにその2人、恋仲なのか?」


 17歳の男と19歳の女。いわゆる年頃の男女であれば、誰しも自然とそう疑問に思うだろう。ヴァルトハウゼン伯もその例外ではなく、脳内で彼らどこの舞台に立たせるかを考えながら、そう質問したのである。


「7年来の友人だとは聞いたが、最近の子細は知らないな。報告役から手紙が来なくてね」

「報告役?」

「私の娘だ」

「あー……フィーネちゃんだっけか?」

「そうだ。そして17歳男の婚約者でもある」

「……は?」


 リンツ伯の言葉にヴァルトハウゼン伯は一旦思考を停止せざるを得ない。

 フィーネ・フォン・リンツの存在は、ヴァルトハウゼン伯もよく知っている。そして貴族の令嬢である限り婚約者がいても別段不思議ではないが、その相手が7年来の友人である女を連れてオストマルクにやって来る、というのは些か問題なのではと思ったのである。


「そいつ、頭大丈夫なのか?」

「恐らく君よりは大丈夫だと思うよ?」

「17歳の子供に負けるほど俺は頭弱くねぇ」

「ハッハッハ。まぁグラーフが疑問に思うのはもっともだ。実はフィーネとの婚約については、まだ相手方は承知していない現状なんでね」

「そういうことか」


 ヴァルトハウゼン伯はそのリンツ伯の言葉を聞いて、その17歳の男性士官がどういう感情にあるかを推測できた。つまるところ7年来の友人とやらの事を友人以上に思っているのだろうと。

 だとすれば、その男性士官がフィーネとの婚約を呑まないのもよくわかる、と。普通に考えれば、伯爵令嬢との婚約は大出世だ。如何にフィーネの父親がロクデナシでも、と。


 となると、ヴァルトハウゼン伯としてはその19歳女性士官の方を応援したくなった。理由は簡単で、単なるリンツ伯に対するからかいと嫌がらせである。


「事情はわかった。軍部に連絡して彼らを適切な部隊に配置しよう。……そうだな、マルク・フォン・クライン大将の軍団が良いだろう。クライン軍団は確か司令部の増員を求めていたからな、丁度良いだろう」

「うむ。賛成だ。それにクライン大将閣下も騎士リッターだったな。なら彼らのことを良くわかってくれるだろう」

「そういうことだ」


 まぁ、それ以外にも理由はあるんだけどな、というのはヴァルトハウゼン伯は口にしなかった。その代わり口に出したのは、こんなことである。


「この件に関しては今日中に文書にするとして……それで、だ。ローマン、お前のお願いを聞いてあげたんだから、何か対価あるよな?」

「勿論。親しき仲にも貸し借りありだよ」

「相変わらず食えない奴だよお前は」


 これも慣れたけどな、と彼は続けた。

 いったい何を要求してやろうかと彼が思案していた頃、リンツ伯の方から対価を提示してきた。


「対価は……そうだな。先月の頭に君が、出張と称して奥さん以外の女性――確か金髪で巨乳だったな――と2人きりでヴェネーディヒへ旅行に行ったことは、グラーフと俺だけの秘密だ」

「…………」

「それとミラの別荘はもう少し遮音性に気を付けることをお勧めするよ。緑髪さんとのお熱い夜を愉しむのならね」

「………………」


 その後数分間にわたる長い沈黙の末、ヴァルトハウゼン伯はようやく口を開いた。


「なぁローマン」

「なんだいグラーフ」

「……俺、お前と親友になれてよかったって心底思うよ」


 ヴァルトハウゼン伯のその言葉を聞いた親友ローマンは、思い切り良い笑顔で答える。


「俺もだ」

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