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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ狂騒曲
299/496

一家

 東大陸帝国皇女エレナ・ロマノワ。

 東大陸帝国帝位継承権第二位ヴィクトル・ロマノフⅡ世。


 シレジア王国にとって最も好まざる来客者であったことは間違いない。こいつらがしてきたことと言えば、妄想に取りつかれてシレジアに亡命し、流言をばら撒き俺の仕事を増やしたこと。そんな奴らにシレジア王国への移住なんてもってのほかだ。


 ……というのは半分冗談として、


「世の中で起きているの事の全てが何者かによる謀略だ、と考えてしまったことに我々の敗北があるのでしょうか」


 いつの間にか俺の隣に立っていたエミリア殿下が、遠ざかる貴族用馬車を眺めながらそう言った。馬車は街道を南下し、東大陸帝国でも、シレジア王国でもない場所へ行こうとしている。


「シレジア王国のためには仕方ないと、自分に言い聞かせてきましたが……それでも間近で我々の謀略によって被害を受けた者と会うとなると、結構つらいです」

「そうですね……でも、あるいは本当に誰かの策略だったのかもしれませんよ。でもそれを確かめられるだけの能力が私たちにはありませんが」


 エレナ皇女とヴィクトルⅡ世の亡命申請は却下された。受け入れた所で百害あって一利なし。感情的には同情できるが、ただそれだけだった。

 でもまぁ有用な道具……げふんげふん。えー、何カトテモシレジアノ為ニ働イテクレルッテ言ッテタノデ、彼女たちには別の仕事を用意してある。


 大陸情勢は未だ複雑怪奇。使える物は使ったほうがいい。貧乏人の発想である。


「敵国とは言え皇族を政治利用するだなんて、大それたことをしますね」

「殿下、人聞きの悪いことを仰らないでください。私はただ新天地を用意してあげただけですから」


 その新天地の住人が彼女らをどう処遇するかは保障しないがね。


 とりあえずクラクフを南下したら……当然だがオストマルク帝国がある。彼の国の人たちに、まさかこのことを伝えないわけにはいかないか。


 あと、情報省第四部の人にも釘刺しておこう。今回の事件の原因の3割くらいがあいつらのせいだ。


 ……はぁ、なんか疲れた。帰って寝たい……けど、やらなきゃいけないことはたくさんある。


「殿下。このことに関する資料は全て廃棄しましょう。公爵領にあるものは勿論、内務省、国家警務局、帝国領ベルス駐在所にあるものも全て。このことは徹底的に隠蔽し、大公派に漏らさぬようにしましょう」


 やってることがアレなので徹底的に証拠隠滅する。エミリア殿下に危害を加えたくないし。関わった人間もこの秘密を墓場まで持っていくよう指令する。と言っても人の口は本当に防げないから、数ヶ月か数年経てば「辺境に流布している妙な噂」となって漂うのだろうな。


「公式にはエレナ皇女たちはシレジア王国に来なかったことになる。彼女たちは東大陸帝国から直接彼の国へ亡命した、と歴史書に書かれるのですね」

「そういうことです」


 まぁ、いつかタイムマシンが完成すると思うから、その時歴史書は改訂されるんじゃないかな。




---




 ヘンリクさんや内務省の人と別れ、クラクフ市街に戻ってきたのがその日の夕方のこと。

 本来であれば報告書を作るのだろうけど、公式資料には残さないという方針だしエミリア殿下は事の次第を把握しているので口頭報告も簡易なものでいい。オストマルク帝国には私信という形で、クーデンホーフ侯爵あたりに連絡することにする。リンツ伯には「情報省第四部のせいで大変だったから今度なんか奢れ」というようなことを着飾った文章で送ることにするかね。


 ……本来であれば、クラクフのオストマルク領事館にいるフィーネさんに要請するのが簡単なのだろうけど、どうも彼女には今会いたくない。感情的な意味で。


 べ、別に構わないし。別に情報交換も何もせず、そして有り余る元気でもって突撃してタマゴの殻を食わせられることもない。仕事に集中できるからよし。


 寂しくない。いや本当に全然寂しくない。はっはー、空が綺麗だなー。

 なんて色々考えていたら、入り口から声が聞こえた。


「ユゼフくん、何をそんな珍妙な顔をしているんだ」


 アイエエエエエエ!? マヤさん、マヤさんナンデ!?


「マヤさん、いつの間に部屋に入ってきたんですか。ていうか入るなら一言くださいよ」

「これでもノックして一言言って入ったのだがね。君が面白い顔をしていたから気づかなかったんだろう」

「面白い顔って……」


 ちょっと傷つく。


「コホン。まぁ私のイケメン顔はさておき」

「イケメン……?」

「あのそこで疑問持たないでください本当に辛いです」


 だから心底不思議そうな顔をしながら首を傾げないでください。


「ユゼフくんに良い事を教えてあげようか?」

「いや、その前になんで入って」

「教えてあげようか?」

「オシエテクダサイ」


 この流れ、結構前にもあった気がする。つまりいつまでたっても俺はマヤさんには勝てないということだ。とてもつらい。


「まぁ簡単な話だ。イケメンの定義は顔ではないよ」

「……よく聞く話ですね」

「あぁそうだ。そして君はイケメンではない。2人の女性を同時に泣かせることができる人間がイケメンだとは到底思えないからね」


 …………。


「というわけだユゼフくん、ちょっと私に付き合いたまえ。悪いようにはしないさ」

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