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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ狂騒曲
291/496

箝口

「じー……」

「…………あのー、どうしましたか?」


 フィーネさんと食事することになってしまい、さてどうしたものかと悩みながら執務室を出ると、そこにはエミリア殿下の姿があった。珍しくマヤさんの姿はなく、殿下1人である。


 そしてなぜか見つめられている。マジマジと。穴が開くほど見つめられている。数十秒ほどそれが続いた後、エミリア殿下が口を開いた。


「フィーネさん、少しユゼフさんをお借りします」

「元々私が殿下よりお借りしているのです。問題はありません。ただ早めに返して戴ければ幸いです」


 俺の処遇に関する話なのに俺の意見を全く気にしない両者。ちょっとは聞いて欲しいなぁ……決定権ないんだろうけどさ。

 そんなこんなを思いつつ、俺より背が小さいはずのエミリア殿下に俺は引っ張られて引き摺られるのである。


 なんだこれ。




---




「ユゼフさん。お話があります」


 つい先日までの俺の職場だった軍事査閲官執務室、つまりエミリア殿下の職場まで連行された。そしてここにもマヤさんの姿はない。つまるところ俺は金髪碧眼美少女の王女様と2人きりということになる。


 しかしそんな心躍るシチュエーションでもない。執務机で手を組みつつズッシリと威厳ある座り方をする殿下はそれだけで女王たる資格を持っている。簡単に言うと目が怖い。


「……怒ってます?」


 そう聞かざるを得なかった。

 いつもと雰囲気が違い過ぎるし、突き刺さる視線が生優しいものではないのだ。


「…………怒っているかそうでないかで言えば、怒っています」

「申し訳ありません」


 俺はすぐさまその場で土下座した。知らぬうちにエミリア殿下に不敬な事をしてしまった……と思ったのだ。

 まぁこれを見たエミリア殿下が慌てた声で「あの、そこまでしなくていいですから……」と仰ったので、どうやらいつもの殿下なのだということはわかった。


 殿下からのお達しがあったので俺はスッと立ち上がって……、


「……なぜ怒られているのか、わかるんですか?」


 再び土下座した。忙しい。


「臣の不徳の至るところながら、全く事情が呑み込めておりません。出来ればこの不肖の身に対し、エミリア殿下から御教授を戴ければ幸いと思っております」


 いや本当なんで怒られているか全くわからない。とりあえず謝っておけと思ったから土下座したのだけど、理由がわからないのでは逆効果かもしれない、と思っての行動だ。


 そして二度目の土下座を見た殿下は、目頭を押さえて眉間に皺を寄せていた。


「全く変わりませんね」

「どうも、私は成長しない人間でして」

「それだから、2人の女性に板挟みになって身動きが取れなくなるんですよ」


 と、殿下は笑いながら俺に立ち上がるように命令する。

 ていうか、うん、まぁ予想はしてたけどエミリア殿下も事情知ってるんだね。またサラあたりの相談とやらなのだろうか。年下に恋愛相談するのってどんな気持ちなんでしょうかね。


「どうです? あれから進展はあったんですか?」

「……無回答ノーコメントで」


 下手に答えると変に勘繰られそうになる。ここは何も答えないでおくのがいい。俺には黙秘権がある。そんな概念があるかは知らないが。


「無回答無選択が、いつまでも貫き通せればいいですね?」

「……どういう意味です?」

「サラさんもフィーネさんも、『今はまだ』ユゼフさんの自由意思に任せている、ということですよ」


 なにそれ怖い。

 つまりエミリア殿下は「辟易した2人が強硬手段に訴えてくるかもしれない」ということだろうか。サラの場合は暴力的な手段で、フィーネさんの場合は権力的な手段だろうな。うん。


 これを逃れる術はないものか。いっそ誰かさんみたいに亡命するしか……。


「ユゼフさん。また妙な事考えている顔になっていますよ」

「……」


 目を逸らした。逸らさずにはいられなかった。

 まぁ俺が亡命することはない。愛国心ではないが、まだこの国にはいたいのだ。


「で、どちらを選ぶかは決めたんですか?」

「……決めていたら、こんなに悩んでいませんよ」


 どちらも選ばずに「私たち親友でいましょうね」が一番楽な気がする。どうにも表現がしにくいが、そういう関係でいるのが割と楽しいのだと思う。

 だからグイグイ来る向こうからの攻勢をどう凌ぎ切るか。これに尽きる。


「凌ぎ切るのは無理だと思いますが……」


 エミリア殿下は溜め息がちにそう言う。ま、まだ可能性あるし。


「それならまだ、どちらも選んで両手に花、という方が可能性ありますよ」

「……マヤさんとは逆のことを言うんですね」


 マヤさんは「独占欲が強いからやめろ」と言っていた。でも殿下は、むしろそれを推奨してきてるようにも聞こえる。


「私にも、色々思うところはあるのですよ」

「色々?」


 なんだろう、微妙に会話が成立していない気がする。

 そしてエミリア殿下は俺の質問に答えず、顔を背けてぶつぶつ言っている。なんかの呪文なのだろうか。


「まぁいいです。今回呼んだのは別の事なので」


 そう言って、エミリア殿下は俺に席に着くようジェスチャーした。長い話になるということなのだろう。俺は近くにあった軍事参事官の席、つまり俺が先日まで座っていた席を引っ張り出してそこに座る。


 しかし、「まぁいい」と言うことはなんで怒っているのかとか、そう言うことは教えてくれないということなのだろうか。エミリア殿下に嫌われるのは嫌だから教えて欲しい。俺はどうも鈍感なんで。


 そんな願いは当然通じず、そして口に出せる訳もなく、エミリア殿下は話し始めた。フィーネさんから俺を借りているという状況にあるため、殿下が口を開いた瞬間が本題だった。


「これから話すことは最高国家機密に該当します。ユゼフさんを信用してお話しますが、このことはサラさんやマヤ、ラデックさん、フィーネさんらにも含めて他言無用でお願いします」


 不穏な前置きだった。

 そしてそこまで徹底して隠すとなると、どういうレベルの話なのかも想像がついた。


「……承知しました。天地天明、エミリア殿下に誓って他に漏らすことは致しません」


 なんなら血判も用意できる。

 だがエミリア殿下は誓約書にサインしろなどとは言わず、頷いただけ。そこまで信用してくれているのは、ちょっと嬉しい。


 だが、エミリア殿下が放った言葉は、とてつもない重さを持っていた。


「……東大陸帝国帝位継承権第二位の、ヴィクトル・ロマノフⅡ世が我が国に亡命してきました」

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