お土産の効果
フィーネさんがクラクフに戻ってきたのは7月9日のことである。
そして今、俺と彼女は総督府の応接室で面と向かっている。あぁ、サヴィツキくんが入れてくれた珈琲が今日も苦い。美味しいけど苦い。
カステレットで色々あったから会いにくい……とも思ったのだが、今回彼女がここにやってきたのはクラクフ帰還の挨拶ではなく、情報交換。つまりフィーネさんはフィーネさんらしく、いつも通りの冷静な情報士官だった。
今回の情報交換、今までとは違ってシレジア側にも大きなアドバンテージがある。カールスバート内戦を通じて構築したカールスバート国内の情報網、そして東大陸帝国に対する捕虜を使った一連の情報収集、及びそれを踏み台にした情報網の構築。まだ規模は大きくなく情報量も少ないが、オストマルクに頼らない情報活動ができるというのは素敵なことだ。
「それに我々は、東大陸帝国内務大臣という情報源を失いました」
「……というと?」
「去る5月28日、東大陸帝国内務大臣ユスポフ子爵は、不幸な事故によって死亡しました」
少し怖い笑みを浮かべながら、フィーネさんは隣国の大臣の訃報を伝えた。これが意味するところは容易に想像できる。
「死因は?」
「帝国政府の公式声明では『焼死』となっています。5月28日の夜22時30分頃、ユスポフ子爵邸にて火災発生。懸命の消火活動にもかかわらず、邸内にいたユスポフ子爵は焼死。そして身元不明遺体5人が発見されました。恐らく彼の妻と子供2人、子爵に仕えていた近侍か執事と思われる……とのことです」
「おやおや、帝国政府は随分詳しく発表したんですね?」
「いえいえ、我がオストマルク情報省第四部の能力をもってすれば、これくらいは簡単でしょう」
自嘲気味に、彼女は同僚を褒めた。これはもう確定である。
フィーネさんが随分前に言ったことがある。情報省の主な活動は、4つの部に任せられていると。
対外情報活動を担う第一部、国内情報活動を担う第二部、第一部と第二部が集めた情報を多角的・包括的に分析する第三部、それらの情報を下に国内外で工作活動を行う第四部。
そして今彼女が褒めたのは、第一部ではなく第四部。つまりは、そういうことなのだろう。
どうしてそれをしたのか。これも簡単だ。
機密漏洩を防ぐため、亡命してきたときの政治的問題を回避するため。他にも色々あるかもしれないが、これで十分だろう。
……どうやらオストマルクは敵に回さない方が良いようだな。特にリンツ伯は。いや本当に怖い。
「第四部とやらには優秀な人材がいるようですね。会ってみたいものです」
「きっと第四部の部長も喜びます。感動の再会になると思いますから」
クスクスと、フィーネさんは笑って見せた。
感動の再会? つまり俺が知ってる人物ってことか?
俺が知っているオストマルクの人間は意外と少ない。フィーネさん、クラウディアさん、リンツ伯、クーデンホーフ候、ジェンドリン男爵、ベルクソン、アンダさんくらいだ。暫く会ってないとなると、ジェンドリン男爵とアンダさんと言うことになるが、ジェンドリン男爵のことは深い仲と言うわけでもないし、アンダさんは能力に見合わない。
となると誰だろう……。
そんな俺の密かな疑問を感じ取ってくれたのか、フィーネさんがヒントをくれた。
「ユゼフ少佐は、第四部部長の事をかつて『お土産』と称していましたね」
「お土産……?」
「えぇ。隣国の内戦が終わった後に」
「…………」
あー……ちょっと待ってね。今すっごい嫌なこと、というか嫌な人物のこと思い出してるから。
「その人は元中将で元首都防衛司令官で内戦終結後晒し首にされた人じゃないですよね?」
「その人は元中将で元首都防衛司令官で内戦終結後晒し首にされた人ですよ? 名前は変わっていますが」
…………。うん、前言撤回。絶対に第四部の人とは会いたくない。
あの人に工作活動なんて天職過ぎるでしょう。しかも内戦の時と全く変わらず女子供に対しても容赦ない。これ以上に恐ろしい人はいないだろう。
「そして少佐、その第四部部長クルト・ヴェルスバッハ氏より伝言を預かっています」
「聞きたくないです」
「そうは言っても、伝えないわけにはいきません」
フィーネさんは懐からメモ用紙程度の小さな紙を取り出すと、いつもの冷淡な声でそれを朗読した。
「『24時間の晒し首にされたことはよく覚えているよ。また機会があったらゆっくりと話をしようじゃないか』……とのことです」
怖い。文脈から漂う謀略さが怖い。
「………………フィーネさん」
「なんでしょうか?」
「これ、確実に私殺されますよね?」
「大丈夫ですよ。私が護ってあげますから」
フィーネさんは真顔でそう宣言した。その宣言をする前に、私が第四部部長に会っても殺されないという確約が欲しかったんだが……。
「これじゃ、暫くエスターブルクには行けませんね」
「それは困ります。お父様への結婚報告は早めに済ませたいですから」
いや本当に行きたくないです。




