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大陸英雄戦記  作者: 悪一
第60代皇帝
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道、未だ長く

 セルゲイの問いに、エミリア殿下は明確な答えを出せなかった。まぁ唐突にこんなことを聞かれてホイホイ答えられる人間というのは限られているし、第一質問の内容が曖昧過ぎる。


 でもセルゲイは答えが得られなかったのに、笑顔を崩さずそのまま退出した。それが社交辞令なのかはわからないが、本当に単に聞いてみたかっただけなのかもしれない。


 そんな肩の凝るイベントを終えたので、さっさと自室に戻るか。

 と、思ったが、


「ユゼフさん。よろしいですか?」

「……なんでしょう、殿下」


 エミリア殿下は、先程までセルゲイが座っていた席に俺に座るようジェスチャーした。長い話になる、ということなのだろう。

 この状況下でなにを話すかは、見当がつくが。


「先程のセルゲイ殿下の問い、ユゼフさんならどう答えましたか?」

「『平和は、実現できるか?』、ですか?」

「……はい」


 真剣と困惑と自信のなさを混ぜたような目をしていた。

 王族として外交の場に来たのに、セルゲイの問いに対して明確に答えを出せなかったことを悔やんでいるのだろうか。


「そうですね……まずは『平和』の定義がわかりませんね」

「定義?」

「えぇ。なにを以って『平和』とするか、ということです」


 平和とは何か。

 とりあえず麻雀の役ということではないのは確かだ。それなら実現は割と簡単だよ、たまにタンヤオと間違えるけど。


 冗談はともかく、「平和」の定義って難しい。

 単に戦争してない状態と言うのなら、シレジア王国は今平和だ。仮想敵国が強大化しようとしていても、戦争はしていない。


 世紀末救世主伝説並に治安が悪化しても戦争してなければ平和なのかとか、国内所得格差が酷くて貧民街スラムが広がっている状態も平和なのかとか。


 シレジア王国一国だけの話なのか、それとも大陸全土に亘る話なのか。一時的なのか、恒久的なのか。


 そこをどうするかで、話が変わってくる。


「……おそらくセルゲイ殿下が言っているのは、大陸全土から戦争がなくなり、恒久的な平和が訪れる時が来るのか、可能なのか、という意味だと思いますが……」


 まぁ、妥当なところか。東大陸帝国だけが一時の平和を甘受したいというのなら話は簡単だからね。そのまま内政に勤しんで大陸統一の夢など捨ててしまえばいい。


「おそらく、無理でしょうね」

「……無理ですか」

「無理です。恒久平和なんて、大陸中の政治学者がウンウン悩みながら理論を構築していますが、結局どれも机上の空論でしたから」


 今でも戦争しているこの大陸が証明しているし、前世世界でも戦争はなくならなかった。歴史上の偉人がいろんな理論を出したが、結局はどこかで必ず戦争はしていた。


 この世界で一番平和に近かった時代は、大陸帝国全盛期だ。宗教、言語、文化、度量衡、暦、あらゆる差異が否定され、統一され、繁栄を謳歌した時代。

 でもその時代でさえも平和とは呼べない。暴動や蜂起は多かったし、結局は大陸帝国の巨大な軍事力によって民衆の不満を抑えつけていただけだからだ。その弊害は大陸暦302年に始まった大陸帝国内戦で一気に噴出した。シレジア王国独立の原因も、その軍事的圧力に耐え兼ねたシレジア伯爵と領民によるもの。


「…………恒久平和は来ませんか」


 エミリア殿下は、そう言って目を伏せた。エミリア殿下は王族と言う立場から、彼女なりに恒久平和を目指していたのだろう。為政者としては正しいことだし、尊敬もする。俺なら即刻投げ出していたかもしれない。


「でも悲観することはないでしょう。恒久平和が無理でも、一時的な、部分的な平和は実現可能です」


 数十年間、戦争をしなかった地域や国というのはある。無論そんな状態でも、国内外に緊張はあった。だけど戦争をして人命が大量に失われるという事態は避けられた。


「しかし、そんなちっぽけな平和でさえ、私たち政治家や軍人が身を粉にして、あるいは多大な流血によって成し遂げねばならないこと。道は長いですよ」

「……そうですね。ふさぎ込んでいる場合ではありませんか」

「はい。まずは、できることからちょっとずつ始めればいいんですよ。恒久平和なんてあるかどうかわからないものより、目前の平和に全力を尽くすのが、今の私たちの仕事ですから」




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 条約改訂案が各国に提示されたのは翌々日の4月28日の第四回本会議、そして各国に承認を得て採択されたのは、さらに3日後の5月1日の第五回本会議の事である。

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