旅支度
シャウエンブルク公国からの正式な「公国を仲介役とした講和会議開催の提案」が来たのと、クラクフスキ公爵領にいるマヤさんから捕虜の選定が終了したと報告が来たのは、大陸暦638年3月28日のことだった。
東大陸帝国との戦争を正式に終わらせ、かつ講和条約を結ぶことを目的としたこの重大な会議。開催場所はシャウエンブルク公国の首都エーレスンドにある城で行われる。
シレジア王国側の主な出席者は国王フランツ・シレジアを筆頭に、第一王女エミリア・シレジア、外務尚書ヴァルデマル・グラバルチク子爵他、各尚書政務官・秘書官、総合作戦本部次長、在公国特命全権大使などなど錚々たるメンバーが公国へ向かうことになっている。
もう一方の主賓たる東大陸帝国の出席者はフィーネさん、もといオストマルク帝国情報大臣リンツ伯からの情報によると国務大臣、軍事大臣とその各大臣政務官・秘書官、皇帝官房長官、在公国弁務官、そして……、
「帝国宰相セルゲイ・ロマノフが、病床にある皇帝イヴァンⅦ世の代理と出席する模様です」
「……やはり来ますか」
「えぇ。東大陸帝国の次期皇帝を拝むいい機会となりますでしょう」
何度目かのオストマルク大使館での情報交換の席、フィーネさんは東大陸帝国の出席者名簿を見せてくれた。当たり前だが、全員が皇太大甥派だ。いよいよセルゲイと会うことができる……のはまぁ格式の上から殿下だろうが、でも遠目から見ることはできるかも。こう言うと誤解を招くかもしれないが、ちょっと楽しみだ。
けど悪名高いレディゲル侯爵も来るのはアレだな……。
「それで、オストマルクや他の国からも出席者は来るのですか?」
「来ますよ。開催国であるシャウエンブルク公国は除外するとして……現状判明しているのは、リヴォニア貴族連合とカールスバート復古王国、そして我が国です」
「どのような地位職責の方なんです?」
「少し待ってください……っと、ありました。リヴォニアは外務省の高級官僚と在公国の特命全権大使が出席、カールスバートは外務大臣政務官と国王官房、それとやはり在公国特命全権大使ですね。我が国からは、第二皇子グレゴール殿下、外務尚書クーデンホーフ侯爵とその秘書官、そして情報省審議官が派遣されます」
と、フィーネさんはそこまでの情報を噛まずに言い切った。地味に凄い。にしても、
「結構な人が来るのですね。リヴォニアやカールスバートの派遣人員が少ないのはまぁ予想の範囲内でしたけど、オストマルク帝国は第二皇子のグレゴール殿下まで来るのですか? いくら当事国とはいえ、皇族が来るような案件ではないと思うのですが……」
俺がそう疑問を呈すと、フィーネさんは肩を竦めながらこう言った。
「別に、帝位継承で揉めるのはシレジアや東大陸帝国の専売特許ではないですので」
「あー……」
つまりは外交の場に色々出て他国の支持を取り付けようとしてるってことね。どこの国もそう言う問題を抱えてるわけか、大変だなぁ……。
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シャウエンブルク公国へは主に海路で行くことになる。陸路が使えないわけじゃないが仮想敵国であるリヴォニア貴族連合領を通らなければならないし遠回りになるのでかえって時間がかかる。というわけで、シレジア王国唯一の海軍基地があるグダニスクから海軍の船を使うことになった。
……って、シレジアって海軍持ってたんだ。
「あるにはあるんだが、内海用の小型巡防艦を数隻持っているだけだ。それに正式には海軍ではなく、シレジア王国軍の船舶司令部だよ」
と、マヤさんが教えてくれた。あ、ちなみに彼女も今回の講和会議にはエミリア殿下の護衛を兼ねて付き添うことになり、クラクフから来てもらった。代わりと言ってはなんだが結婚を認められたラデックと特権商人になったリゼルさんがクラクフに戻った。そのリゼルさんは、
「早速結婚式を挙げたい……のですが、やはりユゼフさんやエミリア殿下に出席してほしいと思うので皆さんが帰ってきてからにします」
とのことである。会議が長引くとお腹の子が大きくなって結婚式どころではなくなるし、もしかしたら式は出産後になるかも、とも言っていた。
まぁラデックもげろ事案はさておいて、船の話に戻ろう。
「でも士官学校には船舶関係の兵科はありませんでしたよね?」
「当たり前だ。海のない士官学校に船舶部門を置いてどうする」
「ごもっともです」
「船舶部門の士官を育成するのは、グダニスクにある王国軍船舶司令部隷下の海兵学校だよ。そこを卒業すれば、海兵准尉になれる」
なるほど、タメになる。
まぁ俺は海軍戦術はからっきしダメだし、第一シレジアは地理的に海軍は重要視されないから、こう言う機会でもなければ縁がないまま退役したと思う。たぶん。
その王国軍船舶司令部と外務省、そして宮内省の折衝により、会議出席者一行の出立は4月4日と定められた。王都からグダニスクまでが2日、グダニスクから公国首都エーレスンドまでが4日、つまり4月10日に会議場に着く。
東大陸帝国は公国までに距離が離れているため、到着には時間差がある。ということは、その間に公国首都を観光……もとい情報収集の時間が与えられると言うことだ。
今回は、護衛役としてサラとマヤさん、情報提供・分析役として俺とフィーネさんがエミリア殿下に同行する。あと当然親衛隊の人もついてくる。
まぁ、なんにしても久々の外交という名の戦場である。元外交官として気合入れないとな。




