フィーネの疑問
シャウエンブルク公国は武装中立国家だ。
東にはスカンジナヴィア半島、そこを統治する東大陸帝国があり、南にはリヴォニア貴族連合。この軍事大国に挟まれているというのは、ある意味ではシレジアに似ている。
でもシレジアと全く異なるのは、この公国は軍事的には比較的には強国である点だ。
まず公国の首都エーレスンドが位置するのは島であるため軍が通行しにくい。上陸戦を実行しようにも公国が有する強力な海軍に阻まれ、成功しても今度はエーレスンドの都市自体がかなり要塞化されているために落とすのは不可能と言われている程。
おかげで公国は中立を維持できている。リヴォニアと東大陸帝国にしても、滅ぼすより交易の拠点としての価値の方が高いため攻めることはない。
「ですがシャウエンブルク公国も、最近は東大陸帝国、リヴォニア貴族連合両国の軍事拡張を危険視しているようです。確かに公国は軍事力はありますが、無敵というわけではありません」
「ふむ。なるほど、オストマルクがどうしたいのかわかってきましたよ」
「はい?」
フィーネさんがポカンとしている。これは「なぜわかった」的な反応なのだろうか。でも普通に考えてもその結論に到達すると思うんだけど……まぁいいや。とりあえず言ってみよう。
「恐らく、公国の中は2派に分かれているのでしょう? 今までの中立政策を捨て、東大陸帝国やリヴォニアに恭順する派閥と、中立政策を維持をしつつ他方面の味方を作る、――まぁこれを中立と言えるかはわかりませんが――その筆頭として最近東大陸帝国との溝が広がっているオストマルクがやってきたと」
「…………」
「フィーネさん?」
はずれか当たりかくらいは言ってくれないと恥ずかしくて死んじゃうんだけどなんか言ってほしい。
「……い、いえ、なんでもありません。気にしないでください」
「はぁ……」
彼女は目を逸らした。はずれか、はずれなのか? 俺がドヤ顔で間違っている意見を言ってるから哀れだと思ってるのか? なにそれ悲しい。
フィーネさんは一度咳き込むと「それはさておいて」と前置きして話を続けた。
「先程も言いましたが公国には自然な形で仲介を申し出る手筈になっています。それをするだけの動機は公国にはありますし、大公派や東大陸帝国にも不自然に思われることはありません」
「……わかりました。それで、オストマルクも会議に出席するのですか?」
「はい。一応当事国ではあります……と言っても大臣級の人間は来ませんね。私も一緒についていくつもりですが、恐らく在シャウエンブルク公国の全権大使か、あるいは本国外務省からそれなりの地位にいて信用の置ける人物も参……」
と、そこでなぜかフィーネさんが口に手を当てたままのポーズで固まってしまった。どうしたんだフィーネさん、今日の彼女はサラ並に挙動不審だぞ。
「フィーネさん? 呪いの魔法でもかけられたんですか? それとも蛇の王に見つめられたんですか?」
すると、ようやく彼女は動いた。のだが、右手で頭を抱えるようにして項垂れている。
「いえ、嫌なことを思い出しただけです」
そう言うフィーネさんの顔を覗き込んでみると、なんか頭痛に悩まされているような、そんな苦悶の表情を浮かべていた。頭痛ではないとしたら、よっぽど嫌なことがあったんだろうか。
「何かあったら相談に乗りますよ?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
フィーネさんは頭を上げて、いつもの冷静な表情に戻……ってないな、ちょっと表情が固い。
「まぁあまり個人的な話は聞かないことにしますけど……本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。少し、お父様の話を思い出しただけなので」
なるほど納得した。確かにリンツ伯の言葉を思い出すとなぜか頭が痛くなる。それは実の娘でも同じらしい。フィーネさんはこめかみを押さえて、またうんうん唸っている。
「何を言われたか聞いても?」
「……いえ、ダメです。少し内輪の話なので」
「はぁ……」
ということはリンツ伯爵家内部の問題……つまり貴族の内部問題。うん、この話は聞かなかったことにしよう。絶対面倒事に巻き込まれる。
「……話を戻しましょうか」
「そ、そうですね。……えーっと、私達何話してましたっけ?」
「講和会議の話ですよ、少佐」
講和会議ね、講和会議。うん、大丈夫大丈夫忘れてない。
「……フィーネさんの言ではシレジア側の出席者にエミリア殿下が含まれているのが良い、ということですよね?」
「そうですね。そして少佐の『作戦』のためには大公派も会議の席に入れて講和の内容の信憑性を上げなくてはなりません。大公か、あるいは外務尚書を連れて行くべきでしょう」
ふむ、なるほど。重要な会議である以上外務尚書が公国に行くのは確定だとして、問題はトップの人間か。たぶんカロル大公がしゃしゃり出てくるはずだ。親東大陸帝国派としては行きたいだろうし、彼らと情報交換をするためにもね。それだけの地位を持っている人でもあるし。
でも、それは防ぎたい。大公に動き回られると困る。内務省の監視下に置きやすいシレジア国内に居てくれた方が良い。となると……、
「やはりフランツ国王陛下が参列されるべき、でしょうかね」
会議の主導権は、できればこちらが握りたい。つまり格式高い人間を連れて行くべきなのだが、政治的な格式の高さではエミリア殿下はまだ高くない。殿下はまだ大佐で武官、政治的地位は持っていない。大公派の外務尚書より政治的格式が高く味方になってくれそうなのは、フランツ陛下しかいないのだ。
俺の考えに、フィーネさんも同意してくれた。
と言っても、俺に権限はない。恐らく実際に動くのはエミリア殿下になりそうだ。とりあえず誰を連れて行くかな。軍部の代表者とかも考慮に入れなきゃならんし……。
「その辺りについては、ユゼフ少佐にお任せしますよ」
と、フィーネさんはそう言った。丸投げとも言う。
「わかりました。とりあえずフランツ陛下とエミリア殿下と、後は護衛役としてマヤさんかサラさんを同行させることにしますかね……」
それに外務尚書と、軍務尚書か総合作戦本部長か参謀本部総参謀長辺りかな……。とりあえず一度殿下の下に戻って色々と相談せねば……と思ったとき、フィーネさんが「そう言えば」と口にした。
「少佐、少し話が逸れますがよろしいですか?」
「大丈夫ですよ。フィーネさんの話なら何でも聞きますよ」
ただし婚約云々の話は除く。
「……はぁ、まぁ、嬉しいです、けど」
「それで、なんですか?」
「あぁ、失礼。マリノフスカ少佐で思い出したんですよ」
「サラさんですか?」
「えぇ」
そう言って、彼女はなぜか窓の方を見る。なんだと気になって俺も窓の方を見てみる。別段何もない、いつもの王都の景色が見えている。なんだ?
「……もういませんか」
「何がです?」
「こちらの話です。ともあれ彼女について質問があるんですよ」
「?」
「彼女、マリノフスカ少佐は何かあったんですか?」




