フィーネの相談
捕虜交換で仕掛ける、というのが決まった後は特に何もなかった。
とりあえずはどこの誰を作戦に使うかを選別しなくてはならないので、一度軍務省なり総合作戦本部なりに行って名簿を作成しなくてはならない。エミリア殿下は元高等参事官として、現本部長に協力を得られるかもと言っていた。
フィーネさんの方も、捕虜に関する情報収集に努めると約束してくれた。
「それでは、今回もありがとうございました。今度会うときは、ゆっくりお茶でもしましょうか」
エミリア殿下の言葉で、俺ら4人は立ち去ろうとしたのだが、
「ユゼフ少佐」
「はい? なんでしょう」
「少しお話があります、少し2人きりでよろしいでしょうか?」
嫌な予感しない。それと脳裏にリンツ伯のニヤニヤした顔がちらついてるのだけど、なんでですかね?
「何の話か聞いても?」
「……何を警戒しているかわかりますが、その話ではありません」
なら安心だね! リンツ伯の顔もどっかに行ったし、たぶん真面目な話だろう。
「了解しました。殿下、サラ。申し訳ないけど、先に行ってくれないかな?」
「わかりました。先に総合作戦本部の方へ行ってまいりますので」
そう言ってエミリア殿下らは退室……しようとしたのだが、なぜかサラはユリアと手を繋いだまま不動である。そしてなんかすごい睨んでくる。な、なに? 俺の顔になんかついてる?
「サラ?」
「……なんでもないっ。行きましょ」
ぷいっ、と顔を背けるとエミリア殿下を追い抜いて応接室から出た。あとユリアが若干引き摺られてたけど、あの子大丈夫かしら。
「距離感を掴みかねている、そんなところでしょうか」
サラたちが外を出たのを確認したフィーネさんはそんなこと言った。
「……なにがです?」
「さぁ、なんでしょう?」
そう言って微笑みながら紅茶を飲む彼女の姿は、いつ見ても様になっていると思う。だいたい悪い笑顔だけど。
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「っ~~~~~~!」
「あの、サラさん? どうしたんです?」
「なんでもないっ!」
サラさんは、まだここが帝国大使館の中だということを忘れてズカズカと行儀悪く歩いています。誰の目から見ても「機嫌が悪い」と感じる行動です。おかげで先ほどから大使館員が寄りつこうともしませんでした。
「あの、せめて静かに歩きましょう。じゃないと迷惑ですよ」
「……ごめん」
そう言ってサラさんは一気にシュンとなって肩を落とし、そのままトボトボと歩きます。大使館を出てから、サラさんに事情を聞いてみました。
「何があったんですか?」
「……うん、その、あのね」
サラさんは、彼女らしくもなくもじもじしながら、それを言ってくれました。ちょっと意外のような、そうでもないような、そんな内容です。
「……私って、ユゼフに嫌われてるのかしら」
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「では少佐、少し話をしましょうか」
「なんです? 婚約云々の話なら帰りますよ」
「違うと言ったじゃないですか……。真面目な話です」
そう言ってフィーネさんは紅茶のカップを机に置き、そしていつも以上に真面目な表情になってこう言ったのだ。
「現在、我が帝国に気になる話があるのですよ」
「気になる話?」
「えぇ。まだそれほど声は大きくないのですが……エミリア殿下を信用できない、という声があるのです」
「……どういうことです?」
俺がそう問うと、フィーネさんは自嘲気味に微笑みながら、その理由を話してくれた。
「難しい話ではありません。エミリア殿下はまだ今年で17歳、そのような子供が信用に足るのか。という問題です」
「それは……」
それは、前から言われていた話だ。
遡れば、シレジア=カールスバート戦争の頃から。ラスキノ戦でも、春戦争でも、カールスバート内戦でも、エミリア殿下は「若すぎる」ということで信用されてなかった。それは俺も同じことだし、そして俺や殿下より年下のフィーネさんにもわかるはずだ。
「無論、私は殿下を信頼に値する人物とは思いますし、それは父も、祖父も同じです。ユゼフ少佐を通じて、エミリア殿下が素晴らしい人間であると知っています」
「それは……どうも」
今のは俺のことも褒めたのか、それともエミリア殿下しか褒めてないのか判断に困る。どちらにせよ嫌な話しではないけど、それがどうかしたのだろうか。
「ですが、やはり詳しい事情を知らない貴族からしてみれば、彼女は単に『部下の手柄を横取りしている将軍まがいの小娘』でしかないのです。『それと手を結ぼうとしている外務大臣は何を考えているのか』という意見も出ています」
「…………」
仕方ない、とも言える話だ。立場が逆だったら、たぶん俺もそう思っていたかもしれない。
17歳の王女が、戦場の最前線に立って1個師団を率いて武勲を立てるなんて、普通じゃないのだから。
「それで、フィーネさんはなぜその話を私にしているのです?」
「2つあります。1つはエミリア殿下に直接言うわけにはいかないので、少佐1人に言っておく。そしてもう1つは、エミリア殿下を少佐が支えて欲しいのです」
「はぁ……それは言われるまでもありませんが?」
そんなことは士官学校時代からやってる。今更だ、問題ない。
「いえ、まだ話の途中です。これには続きがあるのです」
「続き?」
「えぇ。オストマルク諸貴族を納得させる場が、戦場以外でも必要になり、そこに殿下と少佐がいらっしゃればいい。そして先ほど、少佐は東大陸帝国との講和条約で罠を仕掛けると仰っていましたよね?」
「言いましたけど……」
「その条約を結ぶにあたって、まだ講和会議の場所は指定されていませんね?」
「そうですね。まだで……ってまさか、オストマルクでやるつもりですか? 貴族を納得させるために?」
俺が逆に質問すると、フィーネさんは肩を竦めた。
「そうです……と言いたいところですが無理ですね。我が国は春戦争の当事者であり中立ではない。講和会議は中立国でやった方が軋轢が少なくて済みます」
講和会議の場所というのは、案外重要だ。当事国の領土でやる場合があるが、よっぽど一方的な決着がついた場合でなければそうしない。大抵は中立国の仲介によって事が進む。そうした方が、対等の条件で会議ができると両国首脳が考えるからだ。
今回の春戦争の場合、当事国と言えるのはシレジア王国、東大陸帝国、そして非難声明を出したオストマルク帝国。
そのため、この辺で講和会議の議場となりそうな中立国はカールスバートかリヴォニアかということになるのだが、
「カールスバートは内戦が終わったばかり、そしてリヴォニアは反シレジア同盟参加国。どちらも会議場としては不適切ですね」
「少佐の仰る通りです。ですから、私が……と言うより、祖父が提案しました」
フィーネさんの祖父、つまり外務大臣レオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ侯爵の提案。なんだろう、ちょっと怖い。
「オストマルク帝国と多少協力関係にあって、そして春戦争で中立を保ち、当然反シレジア同盟国ではない国が近くにあります。その国に働きかけて、自然な形でそこで講和会議を開くよう秘密裡に工作しています」
そう前置きして、フィーネさんはその国の名を告げた。
それはリヴォニア貴族連合の北、北海とバルト海の境界となっている半島にある中立国。前世においてはデンマークと呼ばれた地域。
「シャウエンブルク公国です」
5日ぶりに更新、忘れられてないか不安です。
ちょっと暇が出来たので更新速度あげていけたらいいなって




