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大陸英雄戦記  作者: 悪一
第60代皇帝
248/496

治安警察局の日常

 3月20日15時15分。


 俺、エミリア殿下、サラ、ユリア、そしてフィーネさんは王都の在シレジア王国オストマルク帝国大使館にお邪魔している。

 王都についたのは午前中だったが、その後大使館に直行というわけではなく、先に王都で情報収集をしていたのだ。殿下とサラ、ユリアは外務省に、俺は内務省に行ったためにこんな時間になった。それが済んでから、この大使館に来たのだ。

 オストマルク大使館を利用したのは、大公派の目を盗めて情報漏洩の心配がなくなる場所と言えばこことクラクフスキ公爵家くらいしか思いつかないからだった。シレジアの王女様にとって絶対安全の場所が、シレジア王国の主権が及ばない他国の大使館の中というのは皮肉な話である。


 大使館の応接室に通され、来客用3人掛けソファに上座から順に殿下、サラ、俺が座り、フィーネさんがその対面に座る形となっている。ユリアはサラの膝の上です。


 ちなみにラデックは軍務省に、リゼルさんは婚約者の実家、つまりノヴァク家の御屋敷にいる。できちゃった結婚の許可をもらうためだろう。


 にしても。


「…………」

「…………」

「…………」


 大使館に来てからというものの、殿下とサラとフィーネさんの間に流れる空気が重い。凄い重い。例えるなら離婚調停中の夫婦の間を取り持つ仲介人になった気分。重すぎて俺はコーヒーを飲むことしか出来ないのだ。ユリアもサラの膝の上でくつろいで我関せず、と言った表情。

 殿下は黙って出された紅茶を飲み、サラはなぜか俺とフィーネさんを交互に凝視し、フィーネさんはすました顔でただ座っている。


 でも、時間は貴重だ。この陰鬱な雰囲気のまま時間を消費するのは非合理極まりない。無理矢理でも、なんとか道をこじ開けなければ……。


「ふぃ、フィーネひゃん」


 早速噛んだ。

 そしてそれがなぜかフィーネさんのツボに入った模様。口を押えてぷるぷる震えていらっしゃる。それがきっかけとなったのか、つられてエミリア殿下もちょっと笑った。サラは口を尖がらせたまま。


「コホン。失礼しました。少し大人げなかったですね」


 ユリアに次いで若いフィーネさんが「大人げない」と言い、一番年上のサラさんがむすっとしてるのはこれはフィーネさんによる高度な威嚇……なのか?

 そんなサラさんの様子を見たエミリア殿下が、たまらずサラに話しかけた。


「サラさん」

「……なに」

「我々は敵対関係ではありません。穏便に行きましょう」

「……そうね」


 そうね、と言いつつむすっとしたまま顔を逸らしたサラさん。とりあえず敵意たっぷりの目を俺とフィーネさんに投げるのはやめたようである。何があったのかは知らないが、何も知りたくないです。


 そんなこんなありつつも、フィーネさんが話を始めたのである。


「あの内戦の後、私は帝国情報大臣から新たな辞令を受けました。シレジア王国第一王女エミリア・シレジア殿下と情報交換、そのための連絡将校として随行する。それが私の任務です」


 そう言って、優雅に紅茶を飲むフィーネさん。情報交換とは懐かしい。次席補佐官時代を思い出すよ、まだ1年も経ってないけど。あの喫茶店まだやってるかなぁ。値段設定は高かったけど、味はそれに見合ってたんだよねぇ……。


「こちらも、先ほど内務省に行き子細な情報を聞いてきました。それなりに対価を与えることはできると思います」


 と、エミリア殿下。殿下の言葉の中に「外務省」という単語はなかったのは気のせいではない。教えてくれなかったんだもん。

 まぁそんな外務尚書の怠慢はともかくとして、とりあえずはこちら側から情報を提供することになった。内務尚書ランドフスカ男爵の娘、イリア・ランドフスカさんからの情報である。




---




 少し時間を巻き戻し、11時30分。

 王都シロンスク行政区画に存在する内務省庁舎はちょっと古臭かった。シレジア王国初代国王イェジ・シレジアの時代からこの庁舎は存在する。単純計算、築180年程度ということだ。

 まぁ、暴風雨や地震と言うものが少ないシレジアでは経年劣化の具合は少なくて済むだろう。


 それはさておき、その内務省には治安警察局という組織がある。軍が警察業務を兼ねるのが普通なこの大陸、治安警察局が一般刑事機構なはずもない。つまりは政治秘密警察である。政治秘密警察の是非はともかくとして、内務省治安警察局の諜報能力はそれなりのものである。


 だが、大公派と王女派で別れて水面下で陰謀を張り巡らせているせいで、やや機能不全に陥ってる節がある……と、イリアさんは嘆いていた。


「国内の不穏分子の監視というのが治安警察局の一番の目的なんだけど、大公派勢力の横やりが入るのよね。割としょっちゅう」


 イリアさんの本来の身分は軍務省魔術研究局の研究員。現在の階級は魔研大尉で、普段は研究室に籠って魔術の解析や新理論の構築を目指している。だが内務尚書の娘として、そして王女派貴族の娘として、こうして治安警察局に対して情報を提供したり、エミリア殿下に情報を渡したりしているのである。


「それで、なにかわかりましたか?」

「ユゼフくんってばせっかちねぇ……。もうちょっと労わってくれない?」

「えーあー……何をすれば?」

「そうねぇ……。例えば『有給休暇365日分』とか」

「わかりました。軍務省監察局に行って『イリア・ランドフスカが公金横領している』と告発して」

「待って、それ有給休暇じゃなくて悠久休暇になってるよ!?」


 無論冗談であるが、反応を見るにイリアさんもそれはわかっているだろう。イリアさんとの交流はそんなに深くないけど、彼女は軽いように見えて根はしっかりしってるから公金横領なんて真似はしない。単にノリが良いのだ。お酒に弱くて酔うと妙な方向にノリがいくのが玉に疵だが。


「はぁ。じゃ、ユゼフくんに告発されたくないから情報を提供しようかな」

「ありがとうございます。後日その辺の喫茶店でお茶を奢りますよ」

「ありがと。……さて、肝心の情報なんだけどね。2つある」

「2つも?」

「うん。と言っても1つ目は情報とは言えないよ。賢人宮(フィロゾフパレツ)の中では有名な話になってるから」


 そう前置きしてイリアさんが取り出したのは、1通の手紙だ。封筒には「カロル・シレジア大公御成婚の報せと披露宴の開催について」なる文字が。


「え、大公が結婚するんですか?」

「うん。ずっと独身貫いてきたんだけどね。あのお方はもう42歳、子供を作るならそろそろ頑張らないとってことなんじゃないかな。まぁエミリア殿下と対立していなければ、素直に手放しで喜べるんだけど」


 まぁ、今の状況じゃ素直に喜べない。何か政治的な裏があると考えるべきだ。


「相手は?」

「パヌフニク侯爵の娘、名前はマルセリーナだね。ちなみに今年で21歳」


 21歳差婚……まぁ、子供を産むなら若い子の方が良いはずだからその点は問題ないけど、でも親子ほどの差はあるか。とりあえずカロル大公のことはこれからロリコンと呼ぶかな。

 にしてもパヌフニク侯爵か、知らないな。侯爵と言うことはそれなりの領地か官職を持っていると思うが……。

 そう悩んでいると、イリアさんは察してくれたのかパヌフニク侯爵について補足してくれた。


「パヌフニク侯爵はシレジア王国北部の領地を治めているよ。領都はオルシュティン、経済力と人口は心許ないけど、侯爵自身の経営能力が劣っているわけじゃない。そもそもこの地方の人口と産業がないだけだからね」

「で、大公派貴族ですか?」


 俺が聞くと、イリアさんは軽く頷きながら「勿論」と言った。そりゃそうか。王女派の人間が敵対勢力に娘を差し出す訳ないしな。

 でもこの時点では特に怪しい点はない。侯爵程の地位の人間が娘を差し出すことに違和感はないし、カロリコン大公との繋がりをより強固にしたいというのであれば問題もなし。パヌフニク侯爵の能力が良ければ、カロリコン大公が至尊の地位を得た後に侯爵が宰相となることも可能だ。


 うーん、わからん。もしかしたら政治的意図はないのかな……。


「ま、ここまでは前座だ」

「え? カロリ……じゃなかった、カロル大公の結婚が前座なんですか?」

「ユゼフくんがなんて言いかけたかは知らないけど、そうだよ。重要なのはここからだ」


 イリアさんがそう言うと、今度は1束の資料を取り出した。厚みはそれなりにあるが、厚いか薄いかで言えば「薄い」と言える範囲の量だった。


「さてユゼフくん。話は変わるけど、ヴィクトル・ロマノフⅡ世は知ってるかな?」

「……知ってますよ。それがカロル大公と関係があるのですか?」

「うん。大いに」


 ヴィクトル・ロマノフⅡ世。東大陸帝国第59代皇帝イヴァン・ロマノフⅦ世の曾孫、帝位継承権第2位の皇太子である。年齢は、今年で2歳。母親であるエレナ・ロマノワのお腹に居た頃から大陸の歴史を動かし続けたと言う、ある意味では凄い才能を持った人間である。


「それで、まだまともに会話できないであろうヴィクトルⅡ世がどうしたんですか? というか生きてるんですか?」

「生きてるよ。虫の息とはいえ、まだ皇帝はイヴァンⅦ世だからね。セルゲイがヴィクトルⅡ世を鬱陶しく思っても、まだ殺そうなどとは思わないはずだよ。それよりも、だ」


 そう言って、イリアさんは資料を数枚めくってあるページ、ある部分を指差した。そこに書いてあるのは、一番上に人の名前と、そしてその人物と親戚関係のある人間の一覧。

 そして、イリアさんからの一言。


「ヴィクトルⅡ世の父親が判明したんだ」


 イリアさんが指差した、リストの一番上に書いてあった人物は聞き覚えがあった。そしてそれがただならぬ人間であることも理解できた。


「……なるほど。内務省がこの情報を掴み得た理由がわかりましたよ」

「うん、そういうことだ。まさかこういうことになるとは、私もビックリだった。それだけに、この情報をどう扱えばいいかもわからない。だから早馬でクラクフに手紙を送って、そして君達に王都に来てもらったんだ」


 内務省治安警察局は、前述のように大公派の妨害を幾度となく受け業務に支障を来していた。そこで治安警察局の人間が、あるいは内務尚書が、大公派の粗を探そうとやっきになるのは無理からぬことだし、結婚の噂が立つ人間の身辺を調べ上げようなどと考えてしまうのは当然のことだろう。

 そして、治安警察局はそれを見つけた。いや、見つけてしまったのである。




---




「ヴィクトルⅡ世の父親の名前は、ルドヴィク・パヌフニク。シレジア王家より侯爵位を賜る人物にして、王国宰相カロル・シレジア大公の義父でもあります」

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