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大陸英雄戦記  作者: 悪一
第60代皇帝
240/496

計画

 大陸暦637年11月1日。

 帝国宰相セルゲイ・ロマノフは、自身の執務室に軍事大臣アレクセイ・レディゲル侯爵と、内務次官のオリェーク・ナザロフ子爵を呼び、彼が考案した政策について相談をしたのである。


 セルゲイがこれから行おうとしている政策は、かなり大胆な物である。

 彼の政策は3つのものを柱にしている。東大陸帝国内においてイヴァンⅦ世どころか歴代の59人の皇帝でも比較的軽んじられていた民政や、軍制、外交政策の大改革である。


 無論このような大改革をセルゲイ1人では実行できない。そこでセルゲイは信頼できる人物にこの政策の相談をしたのである。


 だが相談を受けた側の人物の一人である内務次官ナザロフ子爵は、セルゲイの相談に乗ることはできなかった。というのも、ナザロフの理想とするところの全てが、若き帝国宰相から手渡された資料に書かれていたからである。


「……私といたしましては、文句のつけようがございません。ほぼ完璧です、殿下」


 ナザロフ子爵はセルゲイをそう称賛したが、称賛された側のセルゲイはそうもいかなかった。


「そうか、ほぼ完璧か。ではどうしたら完全に完璧となるのだ?」


 この男は貪欲だった。

 凡人ならば子爵の言に満足し、そのまま国璽を押して実行するところだっただろうが、彼はそうしなかった。


「……では、ひとつだけ。ここまでの大改革となりますと、既得権益にしがみつく貴族、特に殿下の政敵たる皇帝派貴族が五月蠅いでしょう。多少根回しや妥協をするか、あるいは段階的な改革を実行すれば良いと思われます」

「そうか、確かに卿の言う通りだろう。検討しておく。今日は下がってよい。感謝するよ、内務次官」

「はい、では失礼し……」


 とナザロフが退出しようとした時、セルゲイが「言い忘れていたことがあった」と言って彼を引きとめた。


「ナザロフ子爵。恐らく近いうちに陛下は逝去する。そうなれば自動的に余が皇帝となる。その時の閣僚人事で、卿を大臣にするつもりだ」


 大臣への内定。それを聞いたナザロフ子爵が多少狼狽するのも無理はない。

 確かにナザロフは皇太大甥派貴族の中では有能ではあるが、彼の自己評価はそれほど高くなかったからである。故に、この人事には些か不安だった。

 だがセルゲイは、ナザロフの内心を把握していた。そして少し笑みを浮かべつつ、ナザロフに説明する。


「卿が帝国貴族の中にあって珍しく民政の改革を唱えてきた人物で、尚且つ経済に詳しい。余としては、そんな人物をいつまでも次官職に留まらせておくのは勿体ないと思ってな。どうだ?」


 セルゲイは、ナザロフが自分で思っているよりも有能であることを知っていた。もっとも。現在は閣僚の人事権に関しては未だ皇帝イヴァンⅦ世が握っているための措置だった。


「……身に余る光栄、感謝の極みにございます。不肖の身なれど、殿下に、いえ次期皇帝陛下に忠誠を尽くす所存です」


 ナザロフは深く礼をし、そして宰相執務室から去った。

 それを確認したセルゲイは、笑みを消してもう1人相談相手、レディゲル侯爵に向き直る。


「……さて、お待たせして済まないレディゲル侯。2つほど相談がある。1つ目は今渡した政策資料についてだが」

「その点につきましては、大枠では小官に異論はありません」

「そうか。細かなところは卿に委任しよう。その方が良いだろうからな」

「畏まりました、殿下。して、2つ目の御相談とは?」


 レディゲルからそう聞かれたセルゲイは、一瞬不敵な笑みを浮かべる。


「卿も予想してるのではないか? 昨日ベンケンドルフ伯と会っていたそうじゃないか」

「これはこれは、御存知でしたか」


 ベンケンドルフ伯爵。皇帝を補佐する皇帝官房長官であり、帝国唯一の政治秘密警察である皇帝官房治安維持局の局長である。

 レディゲルはそのベンケンドルフという人物と度々会っており、セルゲイが宰相となった10月31日にも会談していた。


「卿のことだ。春戦争に参加しなかった皇帝派貴族の粗探しでもしていたのだろう。それで、どうだったのだ?」

「御賢察、恐れ入ります。ベンケンドルフ伯の調査によると、春戦争に参加しなかった皇帝派貴族97家の内、73家が帝国刑法もしくは民法、あるいはその両方に反する行為をしていた模様です。詳細はこちらです」


 と、レディゲルは一束の資料をセルゲイに手渡した。その資料はベンケンドルフが作成したものだが、その厚みはとてつもないものである。


「ふむ。典礼大臣のペクシー男爵が宮廷予算の一部を着服していたのか。あの野郎、宮内省と散々予算獲得競争をしたあげくに、増額された予算をそのまま自分の懐に入れてたのか。クズだな」


 レディゲルが目の前に居ると言うのに、セルゲイはペクシー男爵を罵った。レディゲルは特に何も言わず注意することはなかったが、内心は「有能なのは確かだが、まだ年相応なのだ」と思っていた。確かにセルゲイはまだ18歳であり、レディゲルとは親子以上の年齢差がある。


「それで、いかがなさいますか殿下」


 レディゲルは平静を装ってそう聞いたが、セルゲイの怒りはまだ収まらなかった。


「そうだな。どうやら証拠もあるようだし、着服した予算の全額返却を要求する。もし銅貨1枚でも支払いが欠けていたら、男爵位を剥奪して一般市民用の刑務所に入れる。司法大臣とも相談せねばならん。それと、典礼省はもう廃止で良いだろう。宮内省に業務を引き継がせればいい。どうせ残したって碌な事しないだろうからな」


 彼は行儀悪く肘を付きながら、典礼省の廃止とペクシー男爵の処罰を夕飯の献立を決めるかのような態度で決定したのである。

 そしてセルゲイは、犯罪者貴族名簿に飽きたのか資料を執務机にだらしなく放り出し、次の案件に移る。


「ベンケンドルフ伯で思い出したが、カールスバートの件はどうなった?」


 カールスバート共和国は4日前、つまり10月27日に大統領府炎上事件が発生している。その事件は後に共和国憲兵隊、そして内戦に介入したシレジア王国によって真相が暴かれることとなるのだが、この時はまだ当然のことながらセルゲイもレディゲルもそのことは知るはずもない。


「伝書鳩での連絡となるので詳細は不明ですが、どうやらハーハ大将の暗殺には失敗したようです」

「ふむ……そうか」

「申し訳ありません、殿下」

「いや。大丈夫だ。今回の件はハーハに教えるためにあるようなものだ。計画が実行に移された、それだけでも半分は成功したことになる。陳謝は無用だ」


 そう言うと、セルゲイはハーハ大将の生死に興味をなくし「それよりも」と前置きしてレディゲルに尋ねた。


「レディゲル侯爵、卿は今回の我々が放火したカールスバートの内戦。どの勢力が勝つと思うか?」

「……順当に行けば、国力と兵力の差から言って国粋派でしょう」

「ふっ、そうだな。順当に行けば、な」


 セルゲイは、鼻で笑ってそう言った。順当に行かせるつもりはない、とでも言いたそうな表情である。

 不思議に思ったレディゲルが問いただすと、セルゲイは隠すこともなく直球でその胸の内を晒した。


「今回の内戦、隣国の王女様に介入させたらどうなるかなと思ってな」

「隣国の……まさかエミリア・シレジア王女のことですか?」

「そうだ。聞けばなかなかの軍事的才幹があるらしいじゃないか。彼女に内戦に介入させるのも面白いことが起きるんじゃないか?」


 面白い事がある。そんな理由で、セルゲイはレディゲル侯爵とベンケンドルフ伯爵を使って、シレジア王国宰相カロル・シレジア大公を操り、エミリア王女に内戦介入させることにしたのである。


 勿論、そんな酷く低俗な理由だけでエミリアに内戦介入を勧めたのではない。

 セルゲイらが目論む大陸の統一の為には、シレジア王国宰相カロル大公の協力が不可欠である。だがここ最近は国内勢力が二分しつつあり、多数派工作の必要性がある。そこでエミリアを王国から合法的に追い出し、カロル大公に工作の時間を与えることにした。

 そしてもうひとつ理由がある。


「おそらく彼女は王権派とやらに味方する。そして、彼女の才覚をもってすればカールスバート王国の再建も叶うだろう」


 カールスバート王国の再建は、東大陸帝国にとっても不利益はない。むしろ大陸統一に際しては、利益になる場合がある。それを間接的に成し遂げてくれる、敵国の王女に彼は期待したのだ。

 だがそのセルゲイの予測に対して、レディゲルが疑問を呈した。


「そんなことが可能だとお思いなのですか? たかが16歳の王女に?」

「侯爵も知っているだろう。彼女が春戦争最大の立役者であることを」

「ですが何者かが裏で考えたという可能性の方が高いと思われますが……」


 レディゲルの予測は、確かに一般常識から外れるものではない。

 16歳の少女とも言えるエミリアが、数に勝る東大陸帝国軍を打ち破る作戦を独自に立てたなどということはにわかには想像できない。

 だが、セルゲイの見解は違っていた。


「いや、恐らくそれはないな。そんな人間が士官学校に入ろうとするものか。恐らく彼女は本物だ。半分は私のカンだが」

「……殿下がそう仰るのであれば、小官は何も言うことはありません」


 レディゲルは不承不承と言った感じで引き下がった。

 後にカールスバート内戦が終結した時、レディゲルはこの時の会話を思い出すのだが、そこに至るまではまだ5ヶ月程の時間を要するのだった。

35000pt越え+累計ユニーク20万越え+感想1000件到達です。

皆様本当にありがとうございます!

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