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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
234/496

王政復古

 大陸暦638年3月1日。

 国王カレル・ツー・リヒノフによってカールスバート王政の復活が宣言された。王政復古とカレル陛下の戴冠に伴い、陛下の姓も変わった。格好としては旧王国のスラヴィーチェク朝を復活させたことになるので、陛下の新しい名はカレル・スラヴィーチェクとなる。


 名目的な政権移譲は、エドヴァルト・ハーハ亡き後暫定大統領の地位を引き継いだ国粋派の誰かさんからさらに受け継いだ形となる。つまりカレル陛下は数分だけ暫定大統領だったこともあるということだな。


 カレル陛下の最初の仕事は、旧弊の一掃。つまり軍事政権下において悪事を働いた者、特に積極的に共和派・王権派の弾圧と虐殺に勤しんだ軍及び官僚の処罰だった。軽い禁錮刑から公開処刑まで。元暫定大統領エドヴァルト・ハーハは既に死体となっていたが、ハーハを描いた絵画を燃やして「処刑」した。


 また、国民からの怨嗟の声が集まっているヘルベルト・リーバルの公開処刑も実施された。彼は軍から除籍され、そして見せしめと政治宣伝のために、共和派が大量虐殺されたレトナ国立公園において刑が執行された。

 斬首された後の彼の首は1日中衆目に晒され、国粋派に対する恨みと王国の政治的・倫理的正当性を主張するに役立ったそうだ。


「と、後世の歴史教科書にはそう書かれることになる。リーバル中将生存説なる陰謀論が、たぶん数百年後くらいに勃興すると思うけど」

「ユゼフ少佐、それは陰謀論ではなく歴史的事実の間違いでは?」

「まぁ実際そうなんですけどね」


 今俺は、フィーネさんと共に今後の方針を話し合っている。とりあえずカールスバート第二王政はシレジアとオストマルクからの政府承認を得られるとして、問題なのは暗躍する東大陸帝国の内情に関する情報収集が要となる。


「それで、あのリーバルを我が帝国に押し付けると?」

「押し付けるんじゃありませんよ。彼は自由意思によって帝国に亡命するんです」

「はぁ……」


 フィーネさんはややウンザリ顔である。良いじゃない、オストマルクの望み通りシレジア人が前線で血と汗を流したんだから。それに東大陸帝国の内情に詳しそうな人間をお土産にするのはむしろリンツ伯に喜ばれると思うよ。たぶん。

 それに、リーバルをシレジアで引き取ることはできない。というのは、彼に与えるポストがないのだ。対外諜報・工作機関として適当なのは軍務省と外務省だろうけど、軍務尚書は中立、外務尚書は恐らく大公派。なのでポストを用意できない。

 こういうのは地位職責が過小だと裏切る可能性がある。だから帝国の外務省か情報省で……そうだな、審議官くらいの地位を与えてやればいいと思う。


「まぁ、良いでしょう。どうせ悩むのはお父様です。『ユゼフ少佐からのお土産です、どうぞ受け取ってあげてください』と言っておきます」


 やめて! そんな皮肉たっぷりの笑顔でリンツ伯に言うのはやめて! なんかすごい嫌な予感しかしないんだけど!?


「それはさておき、少佐はどうするおつもりですか?」

「そうですね……とりあえずはシレジアに戻って東大陸帝国との講和の準備でもしますかね……」


 春戦争の講和条約はまだされていない。法務省や財務省、一部貴族を中心に早期講和条約締結の論が高まっているが、何を企んでいるのか宰相や外務省がその動きを止めている。エミリア殿下を通じてフランツ陛下に直訴して条約を結ばせた方が良いだろう。

 と、フィーネさんに言ったのだが、


「いえ、そっちではないです」

「え? じゃあどっちなんです?」

「あっちです」


 と彼女が指差した方向を見ると、なぜか廊下の曲がり角から顔を半分だけ曝け出している赤髪の近衛騎兵がいた。何だろうあれ。「メイドは見た」的な何かを感じるのだが。


「何やってんだサラさん……」

「嫉妬でもしてるのだと思いますよ?」

「嫉妬?」


 嫉妬されるようなことあったっけ?


「恋人としては普通の反応だと思いますよ。2人きりで、しかも話し相手が女性だと言うのは」

「え? 何の話ですか?」

「えっ?」

「えっ?」


 なにこれ怖い。


「ユゼフ少佐とマリノフスカ少佐は、そう言う仲なのでは?」

「え? いや、まぁ良き戦友ですが……」

「はい?」


 え、なにどういうこと。もしかしてあれかな、漫画でよく見る「勘違いすんなし! べ、別に付き合っているわけじゃないんだし!」って奴かな。なんでそうなった。


「付き合ってはいないのですか?」

「私の記憶が正しければ、そうですね」

「……でも、私がクラクフ総督府で婚約話を持ち込んだとき、大ゲンカになりましたよね? あれってそういうことなのでは?」


 あぁ、うん、なるほどそういうことね。サラがいきなり襲い掛かってくるのに慣れてしまったもんだからそこら辺の感覚が抜けてたわ。

 確かに、旗傍から見れば「彼氏が知らない女性に婚約話を持ってこられたのでキレて彼氏に襲い掛かる恋人」という図式になるわな。フィーネさんはそういう特殊事情を知らないから勘違いしたと、なるほどなるほど。


「そういうんじゃないですよ。あれは一種の……習性みたいなもんです。慣れればどうってことないですよ」


 この説明であっているかどうかは知らないが、間違ってはいないと思う。

 で、説明を受けた方のフィーネさんはと言えば、困っているような恥ずかしがっているような呆れているような、そんな微妙な顔をしていた。


「どうしました?」

「……いえ、自分がバカらしくなっただけです」

「はぁ……」


 何があったんだろうか。あまり深入りしてはいけないような気もするが、彼女の自己評価が低くなるのは何か不味い気もする。


「すみません少佐、少し野暮用を思い出したので失礼します」

「あ、はい。わかりました……、と、フィーネさん」

「はい?」

「相談事があれば、いつでも聞きますよ?」


 いつぞやのフィーネさんが俺に言った言葉を、そのまま彼女に返してみる。フィーネさんはそれに気づいたのか、ちょっと驚いた顔をしていた。その後、頬をポリポリと書きながら口を開いた。


「では、ひとつだけ」

「はい」

「私との婚約話、ご検討いただければ幸いです」

「いやそっち方面の相談は受け付けてないんで」


 だからいい加減諦めてください。

 フィーネさんは俺の返答が想定内だったのか、そのまま肩を竦めながら「意気地なし」とボソッと言ってその場離れた。そう言われても、あの場で「はいわかりましたじゃあ結婚しましょう」とはなる男はいないだろうよ。……いないよね?


 さて、と。

 未だあそこに張り付いて動かない人をどうにかしないとな。とりあえず近づいて呼びかけを試みる。


「サラさん何やってんの?」

「……」


 俺が呼びかけても、サラは割と無反応だった。大人しいサラって結構レアだよ。出来ればこのままでいて欲しいと言う気持ちがなくはないが、騒がしさも彼女の利点なのでそれはそれで困る。


「おーい、サラさーん?」

「……さん付け禁止」


 ぺちん、と軽くデコピンされた。いや軽くと言っても地味に痛いんだけどね。

 サラはやや俯きながら、彼女らしくもなくボソボソと小さい声で俺に話しかけてくる。


「ねぇユゼフ。あんた結婚するの?」


 さすが地獄耳のサラである。フィーネさんとの会話は全部聞かれているようだ。


「面倒だからしないよ」

「……そうなの?」

「そうだよ?」


 そう言うと、なぜかサラさんが不思議そうな顔をしている。これはアレだな、いつぞやの戦術の居残り授業で見た「何言ってんだお前」って顔だ。


「婚約者なのに?」

「そもそも婚約者じゃない」


 あっちが、というよりリンツ伯だけがノリノリの案件なのだ。フィーネさん自身はどう思ってるかはわからないし、第一オストマルクの貴族社会ってシレジアよりめんどくさそう。民族的なアレな意味で。


「それに、フィーネさんと結婚したらサラさんと離れる結果になりそうだしね」


 サラだけでなくエミリア殿下やラデック、マヤさんとも離れることになる。数少ない友人と離れるのはちょっと寂しい。

 一方、サラは顔を真っ赤にしてエサを求める金魚のように口をパクパクさせていた。ふむ。ちょっとキザっぽかったかしら。確かに俺に似合わない恥ずかしい台詞だったかな。これは後で思い出して死にたくな……あちょっと待ってサラさん、右腕を思い切り振り上げないで拳を握らないで! さん付けしたのは間違いだから!


「こ、このバカ!」


 サラは怒りと共に、その拳を俺の脳天目がけて振り下ろした。直前で拳の力を弱めたせいか、軽いチョップみたいな感じになった……けど、痛いです先生。


「心配したのがバカみたいじゃないの! もう!」

「な、何が?」

「なんでもないわよ! あと、さん付け禁止!」


 ちょっと聞いてみただけなのに、もう一度俺はデコピンを貰う羽目になった。一時のように鳩尾目がけてえぐりこむように殴るわけじゃないのが唯一の救いだっただろう。

 その後、ストレスを発散させることができたせいなのかは知らないが、サラはそのままちょっと笑顔で場を立ち去った。


 ……うん、その、なんだろう。

 毒舌じゃなくて暴力的でもなくて素直で大人しい平民の女の子ください。


 俺の知り合いの中じゃ、それに該当するのがユリア(推定6歳)しかいないのが何とも悲しい。

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