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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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祭の片付け

 大陸暦638年2月16日。

 カールスバート共和国内戦における最大規模の、そして最後の会戦であるスヴィナー会戦が終わった時刻と言うのは正確には判明していない。

 シレジア王国軍の戦闘詳報によれば、2月16日の22時30分に追撃を終了したとある。だが、まだこの時正式な政府を持たず、反乱勢力のひとつでしかなかったカールスバート王権派が何時まで追撃をしたのかというのは正確な記録が残っておらず不明であった。捕虜になったある国粋派の士官によれば、2月17日になっても王権派騎兵隊が連合軍を追い回していた、と回想している。


 しかし戦闘終了時間がどうであれ、国粋派・共和派の被害は甚大だった。


 スヴィナー会戦開戦時10万5800名を擁していた連合軍は、その内約4割にあたる4万3000名の戦死傷者を出し、さらに4万5000余名が王権派の捕虜となってしまった。戦死者名簿の中には、連合軍右翼を指揮しユゼフの罠にかかったハルヴァート中将、連合軍副司令官にして共和派のペトルジェルカ中将らの名もあった。そして生き残った、あるいは虜囚の身とならなかった者の数は1万8000弱、その約半数、ハーハ大将以下9000名が首都ソコロフに帰還することができ、残りの半数は何処かへと逃げ去った。

 対して開戦時兵力7万4000余名を擁していた王権派の被害は、戦死傷1万3500余名であった。捕虜も数千人出ていたが、連合軍の後方拠点であるリトシュミルを王権派が占領したため、捕虜は解放されている。

 王権派は、連合軍を追撃するとともに占領地を広げることができた。獲得した捕虜や、国粋派勢力圏内に留まっていた兵の中には、王権派に翻って国王カレル・ツー・リヒノフに積極的に協力する者も現れた。


 スヴィナー会戦によって王権派は多くの将兵を手に入れ、王権派の兵力は11個師団にまで増大した。共和国の3分の2をその手中に収め、統治の公正さから住民の信用も獲得しその基盤を確固たるものにすることにも成功した。

 一方、最盛期18個師団を誇っていた国粋派の兵力は残余5個師団にまで討ち減らされ、共和派に至ってはスヴィナー会戦にほとんどの兵力をつぎ込んだために2000名しか残っていなかった。


 だが1つ問題があった。事ここに至っても、暫定大統領エドヴァルト・ハーハ大将が降伏を認めず、交渉に応じなかったのである。


「全軍で首都に立て籠もれば、まだなんとかなる。確かに我々は劣勢であるが、まだ負けてはいない」


 ハーハはそう言ったが、確かに軍事的にはその通りである。

 残り5個師団とはいえ、首都に立て籠もれば数ヶ月は抵抗できるだろう。首都を包囲する側となる王権派は補給の問題を気にする必要があるし、何よりリヴォニア貴族連合の内戦介入を許してしまう可能性もある。


 決戦を行い、国粋派を交渉の机に引き摺り出す。それが王権派の戦略目的であったが、このままではその戦略目的を達成することができない。王権派の幹部は頭を悩ませた。


 が、その幹部の中で1人呑気な者がいた。

 エミリア師団作戦参謀、ユゼフ・ワレサ少佐である。




---




「ユゼフさん」

「? なんでしょうか、殿下」


 国粋派の暫定大統領ハーハを交渉のテーブルにどうやって引き摺り出すかの会議が結論有耶無耶のうちに終わった時、エミリア殿下に呼び止められた。


「『なんでしょうか』ですか。それは私の台詞ですね」


 はて?

 俺なんか変なことしたっけ。


「ユゼフさんは優秀なのは良いのですが、もう少し私に相談とか、報告とかしてほしいものです」

「それは……どうもすみません」


 なんか殿下がプンスカしてらっしゃる。金髪ロリ美少女なエミリア殿下が不貞腐れておられる。可愛いです。

 などと、俺がやや不敬なことを考えていた時、王権派の下士官が敬礼もそこそこに俺に話しかけてきたのである。


「ワレサ少佐宛てにお手紙があります」

「あぁ、どうもありがとう」


 俺が手紙を受け取ると、彼はそのまま別の仕事があるからと言って立ち去った。ちょっと態度が余所余所しいのは殿下がいるからなのか、それともやっぱり遥かに年下の人間が遥か格上の上司であるのは話しづらいのか……悲しい。まぁ我がエミリア師団では最年少のエミリア殿下が指揮っているけどね。


 それはさておき、手紙か。例のアレが上手くいったのかな。まぁ彼女のことだから上手くやって……


「なるほど、これを待っていたのですね」


 手紙をエミリア殿下にひったくられた。殿下はそのまま封筒を観察し、そして差出人がないことを確認するとすぐに封を開けたのである。


「あ、あの、殿下!?」

「ふむ……差出人の名はありませんが、筆跡は覚えがあります。フィーネさんですね」

「あのー、殿下。手紙を返して貰えませぬか?」

「私がすべて読み終わったら返します」


 王女殿下兼大佐からそう言われてしまうと立場上何もできないんですが……。

 封筒に入っていた手紙は、俺が脇から覗いてみた限り確かにフィーネさんの筆跡だった。内容は、俺が彼女に頼んだことの成果報告だ。


「ユゼフさん」

「はい、殿下」

「報連相はしっかりしてください」

「申し訳ありません」


 と、言われてもこういうことって話辛いんだよね。評価云々よりも、殿下からの好感度が落ちそうで怖い。いやでも殿下の今の様子見ている限り、報告しないことによって好感度が下がっているような……。


「ユゼフさん。私はそんなに上官として信用できないでしょうか?」

「い、いえ、そんなことは!」


 上目遣いでうるうるしないでください、さすがにそれは卑怯です。


「本当ですか?」

「はい。エミリア殿下以外の方を上司とすることは考えられないほどには!」

「……そうですか。では、次からはしっかりと事前報告をしてくださいね」


 エミリア殿下がそう言った途端、うるうるしていた殿下の目が普段通りに戻った。え、アレは嘘泣きだったんですか? 王女ってそう言う芸当ができるの? なにそれ怖い。


「ところで殿下、質問よろしいですか?」

「伺いましょう」

「……なぜ私が隠し事をしているのかがわかったんですか?」


 俺がそう言うと、エミリア殿下は目をパチクリさせた。「お前そんなこともわかってないの?」と言いたげな目である。わからないから聞いてるんですけどね。


「んー、これを言ったらユゼフさんの言葉の、嘘と本当を見分けることができなくなりますね……」


 え、なに、そんなにわかりやすいの俺。

 殿下は本気で悩んだようで、数十秒後ようやく口を開けた。


「勿体ないので、内緒です」


 そう言って、微笑みながら人差し指を唇に当てたのである。そんなのを見せられたら、これ以上の追及はできない。

 もしかして、そう言うのを見越してこういう行動をしたのだろうか……。王女、恐るべし。

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