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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
220/496

他国の意思

 1月6日。

 昨日のリーバル中将から聞いた話を、フィーネさんに明かした。


「カロル大公、ですか」

「えぇ。彼はそう言っていますが……」


 だがそれは推測らしい。リーバルも確証があったわけでもなく、だからこそ「どうする?」と俺に聞いてきたのだ。

 推測と言うのも、結構あやふやだ。

 まずこの内戦のきっかけとなった大統領府炎上事件。エドヴァルト・ハーハの暗殺を企図したのは明らかだが、リーバルによれば「犯人は不明」らしい。そして状況から考えて、共和国内の各勢力のいずれかの犯行とは考えづらい点があるのだという。


 国粋派の犯行だとすれば、あまりにもやり方が雑だ。なんてたって、大統領自身が本当に死にかけているのだから。事実彼は軽傷だが火傷を負っている。地下室があったから助かったものの、もし本当に国粋派が自演をしたければ、わざわざ大統領を殺しかねない時期や方法を選ぶだろうか。

 それにもうひとつ、この大統領府炎上事件で共和派に対する弾圧を強化したが、共和派はそれをされる前に首都で一斉に蜂起し、リーバルがそれを鎮圧するまで国粋派は共和派に負けっぱなしだった。もっと確実に、効率的に共和派を殲滅できる時機に自演すればいいのに、いざ事件が起きたら共和派に良いようにやられているのは不自然だ。


 共和派の犯行だとするのも変。事件当初、大統領府には多くの職員が詰めており、火災発生後多くの死傷者を出している。共和派の掲げる主義主張を考えると、無関係の人間を大量虐殺するような手段を使うだろうか。それに大統領府は共和派にとっても象徴的な建造物、簡単に放火するとも思えない。


 そして王権派もあり得ない。王権派のトップであるカレル陛下がクラクフに来たのは11月1日、大統領府炎上事件は10月27日。シレジアに支援を求めたのが事件が起きた後なのだ。

 もし王権派が手段を選ばず共和国の実権を握りたいのならば、シレジア王国に支援を求めて、その後に時機を読んで大統領府を燃やせばいい。そうすれば、二大勢力たる国粋派や共和派が混乱しているうちに電撃的に王権派が要所を押さえることも出来たはずだ。


「つまりあの事件の犯人は国粋派でも、共和派でも、ましてや王権派でもない。おそらくは他国の策謀である、と。リーバル中将はシレジア王国の介入を疑ったみたいです。確かにどの国内勢力でもないとすれば、国外を疑うのは当然です」


 あるいは誰かが突発的にやったこと、というのも考えたけど可能性としてはそれほど高くない。仮にもハーハが演説中の大統領府に怪しまれずに侵入し油を撒いて火を着けることができる実行力とその組織力は、生半可な勢力ではできないだろうし。

 同様の見解に辿りついたフィーネさんも、深く頷いた。


「なるほど。そして要塞で少佐らに会う、あるいは事前にシレジア王国が介入していたことを知って、事件の犯人をシレジア王国だと予想したということですか」

「そう言うことです。加えて言うのであれば、シレジア王国はハーハ大統領に戦争を吹っかけられた過去がありますからね。暗殺する理由としては十分でしょう。例の『ご存知でしょう』は『君達が火を着けたのだから知ってるだろう』ということだったのです」

「そして介入してきたのが王女派であるのを知って、カロル大公が真犯人だと確信したと?」

「おそらくは」


 やっとこさリーバル中将の行動原理が読めてきた。最初からそれを言え、と言いたくなる。まぁ言ったところで信用はしなかっただろうけどね。


「降伏してきた理由については、何かおっしゃっていましたか?」

「いえ、それは話しませんでした。でも何回か言葉を交わしているうちにわかりましたよ。どうやら彼は、生粋の国粋主義者のようですね」

「と言うと?」

「彼が望んでいるのは多くの国粋派の人間と同じ、強いカールスバートの復活。そしてハーハ大統領にそれを実現するだけの力量がない。そんなことを、結構遠回しに言っていましたよ」


 となると、国粋派の勢力を一気に減じさせる要因にもなる話だ。国粋派を殲滅するのではなく、王権派の方が彼らの利益になると教えればいい。その上で、カレル陛下をこちらの統制下に置くことが出来れば……。うん、国粋派に妥協した王権派、軍部王朝と言ったところの完成か。


「しかしユゼフ少佐。少佐は、リーバル中将を信用しているのですか? 罠という可能性もありますが」


 フィーネさんからそんな質問。彼女の言う通り、あんな詐欺師みたいな男を信用しろというのは確かに無理がある。


「無論、信用していません。しかしだからと言って、彼の言葉を全て聞かなかったことにすることはできません。もしも彼の言う通りカロル大公がこの内戦に一枚噛んでいるとしたら、色々腑に落ちる点があります」

「……それは?」

「フィーネさんは覚えていますか? 我が王国外務省からエミリア殿下に届いた書簡の内容を」


 俺がそう問うと、フィーネさんが少し俯いて考え込む。恐らく彼女のことだから書簡の内容は覚えているだろう。そしてそれをカロル大公と組み合わせると、ある予測が立つ。


「なるほど、エミリア王女を国外に追い出すための口実と言うわけですか」


 フィーネさんは、俺と同じ結論を見出した。

 王国外務省から送られてきた書簡は「クラクフスキ公爵領軍事査閲官の責任において最善と信じる方法で対処すべき」である。


 カロル大公がシレジア王国内で何か派手なことをしたい場合、国内にエミリア王女がいると何かと妨害される危険がある。クラクフスキ公爵領軍事査閲官として私兵をそれなりに抱えているし、内戦を回避したいカロル大公にとってエミリア王女は目の上の瘤だ。

 マリノフスカ事件、サラに対する冤罪事件が成功していればそんなことを気にする必要はなかっただろう。だけど、今はまさに身から出た錆となってしまったわけだ。


 だからカロル大公が行ったのが、カールスバートに放火することだ。もしカールスバートで内戦が起きれば、俺たちはシレジアにとって有益となる共和国にするために介入するだろうと踏んだ。あるいは軍務省や外務省辺りに手をまわして「介入しろ」と命令するつもりだったかもしれない。いずれにしても、エミリア殿下は合法的に、自発的に動かせるだけの私兵と軍を以って国境を越えたのだ。

 つまり、現状はカロル大公が「何か」をするにはとても動きやすい環境が整ったということになる。それは俺らにとってはまずい状況に違いない。


「カロル大公が何をするのかはわかりませんが、私達を外国に追い出す為にわざわざこんなことをしたというのであればかなり大規模なことをやるつもりかもしれませんね」

「そうですね。考えられるのは、東大陸帝国との接触、あるいはもっと踏み込んで講和条約の締結とかですか……」

「いや、もっと重大なことかもしれません」


 まぁもっと重大とか言いながら、俺の考えた事態は規模が縮小されてるのでこの表現は正しくないかもしれない。フィーネさんも首を傾げているし、もしかしたら大陸全土を巻き込んだ思考をしているかも。


「国王の暗殺、とか」


 俺がそう言うと、フィーネさんは納得したように頷いた。


「そしてエミリア王女がカールスバートの地に拘束されているうちに王冠を戴くわけですか。有力貴族の支持を得ていれば、数が少ない王女派の妨害は無視できますし」

「そうです。あるいはエミリア殿下に戦死してくれれば、とも思っているかもしれませんね」


 王女の影響力や意思が国外に向いていれば、気付いたら王国が大公のものになっていたという事態になっているかもしれない。となると、早い段階でカロル大公の策謀に気付けたのは僥倖ぎょうこうだ。


 だが問題は、これが真実かどうかだ。


「これはリーバル中将の推測に、我々がさらに仮説を立てたもの。証拠はありません」


 物的証拠は何もなし。状況証拠も怪しい。そもそもの仮定がリーバルが提出したものだからね。そもそもの大統領府炎上事件が、カロル大公の策謀によるものという証拠はないのだから。


「しかしやることは変わらないと思いますよ、少佐」

「……そうですね。この内戦を如何に早く終わらせるかです」


 最悪、エミリア師団を退かせるのも手だ。要塞があるし、国粋派の戦力もだいぶ削れたはずだ。暫くは拮抗するだろう。このまま内戦状態を維持するだけでもカールスバートの脅威は減るというものだ。


 でも、今はまだ良い。とりあえずは王国内の監視を強化するよう、イリアさんを経由して内務省治安警察局に要請を……。

 と考えていたとき、フィーネさんがなぜかこちらをジロジロ見ていた。なんですかそんなに見つめて、顔になんかついてます? それとも間違って俺に惚れたんですかね? あぁ、なぜだろう。なんか鳩尾あたりが痛くなってきた……。


 などと俺が鳩尾を押さえていると、フィーネさんの口が開いた。


「少佐。質問よろしいですか?」

「……どうぞ?」

「なぜ、私にだけこのことを話しているのですか? 話の内容からして、エミリア王女にも伝えた方が良いと思うのですが」


 うん、まぁそうだね。実を言えばここまでは前座だ。これから話すことが本題で、そしてそれがちょっとアレな話なのだ。


「あぁ、えーっとそれはですね、ちょっと変なことを考えていまして」

「はい?」

「なんていうか、その、今からフィーネさんに話そうとしていることがエミリア殿下とかに知られると、ちょっと本気で軽蔑されそうな内容ですので」

「……私なら問題ないと?」

「というより、こういう話をすんなり出来るのはフィーネさんくらいしかいないんですよ」


 サラに言ったら殴られそう、エミリア殿下やマヤさんに言ったら白い目で見られそう、ラデックは政戦謀略関係については詳しくないから話せない。王権派連中に気兼ねなく話せる人はいない。

 でもフィーネさんはあのリンツ伯爵の娘だ。そういうことには耐性があるだろうし、それに俺はオストマルクでは何回かこういうことやったからね。


 そんなことを舌足らずな口で、そして遠回しに説明したら、フィーネさんは納得したか納得してないのかわからないような表情をしながら、頬をポリポリと掻いていた。そんな仕草をする彼女を初めて見たが、まぁいい。


「……わかりました。とりあえず『話そうとしていること』とやらを聞かせてください」

「はい」


 そうして、俺は考えていたことをフィーネさんに話した。俺が説明下手ということもあって10分くらいかかったが、何とか彼女は理解してくれたと思う。

 さらにはフィーネさんは俺の意見にドン引きせず――いやちょっと引いてたかも――助言もしてくれた。ありがたい。


 そして最後に、良い笑顔でこんなことを言うのだ。


「やはりユゼフ少佐は妙なことを考えますね。内戦これが終わったらオストマルクに来て、情報省で働きませんか? 今なら適当な地位と職も用意できると思いますが」


 ……これが褒め言葉なのか、ちょっと判断に困った。


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