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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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捕虜

 貞操の危機を脱した俺は、落ち着きを取り戻したサラと音源に向かって進む。対象にばれないように、物音を立てず、身を屈めて。


 慎重に山を登ってみると、ようやく2人の人間が見えた。対象との距離は目測で10メートルほどしかなかった。木や草が生い茂っていたせいで発見が遅れたが、たぶんそれは向こうも同じ。

 しかもこちらに背を向けていて気付いていないようだ。


 俺とサラは適当な草むらに隠れ、対象の様子を窺う。対象の服装は、散々見た事があるもの。つまり、カールスバート共和国軍の軍服だ。


「敵かしら?」

「たぶんね。(たすき)がないし」


 国粋派、共和派、そして王権派の各軍は同じ軍服を着ている。でもそれだと戦場で敵味方の区別がつかない。そのため俺らエミリア師団が内戦に介入した時に、王権派の連中に識別用に赤く幅のある襷を作らせておいた。

 ただ、数万人分の襷を一気に作ることなんてできなかったため、全ての兵に襷が行き渡ったのはつい先週のことだが。


 それはさておき、目の前にいる2人の共和国軍の軍服を着た2人の男は襷をしていない。つまり、王権派ではないということ。共和派がどういう識別方法を取っているか知らないが、まぁ情勢から考えて九分九厘国粋派、そしてシュンペルク所属と見て間違いないだろう。


 問題は、この男達をどうするかだが……。

 敵の斥候に出くわしたら殺すのが常道だ。もしかすると重要な情報を握っているかもしれない斥候を、生かして帰らせるわけにはいかない。


「どうする?」

「そうだね、倒す……いや、捕まえよう」

「捕虜にするってこと?」

「そういうこと。国粋派が陣を張っているシュンペルクについての細かな情報が欲しい。ま、2人共連れて帰るのは無理だから、1人だけ」

「……わかった。ちょっと待って」


 サラはそう言うと、軍服の下から護身用の、刃渡り15センチほどのナイフを取り出した。下手に魔術を使ってしまうと、下手すれば近くに居るかもしれない敵を呼び寄せることになる。それにここは森の中で、木が多く剣は使い物にならない。

 だから背後からの不意打ちで、かつ近接戦最強のナイフでもって肉薄できれば、反撃を受ける前に倒すことができるだろう。


「ユゼフ。右と左、どっちを捕まえた方が良い?」

「……んー、左かな。さっきから右の男に指示してるし、態度も見た感じ横柄だ。きっと上官だろう」


 階級が上がれば、当然持っている情報量も多いはず。尋問方法に気を付ければ、洗いざらい喋ってくれるかもね。


「じゃあ、少しやってくるわね。それまで、ユゼフはそこで隠れてて」

「あぁ。気を付けて」


 頼もしいなぁ……。さすが騎兵科次席卒業で、しかも剣兵科首席のマヤさん相手にも互角に戦える剣術を持っているだけある。

 でも、1対2だ。万が一ということもあり得る。一応、中級魔術「水砲弾アクアキャノン」の準備はしておく。


 そして俺が魔術詠唱を唱える直前、サラが飛び出した。


 背後の草むらから突然現れた謎の人物に対して、敵2人の動きは違っていた。

 左側にいた上官然とした男は咄嗟に腰の剣に手を当て、今まさに抜こうとしている。一方、右側にいた部下の方は完全に状況を掴めず狼狽していた。これでじゃ彼女の敵ではない。


 一気に距離を詰めたサラは、右の男の首に思いきりナイフを突き刺した。頸動脈からは、心臓の鼓動に合わせて赤い鮮血が噴き出し、そのまま男は倒れた。


 サラは首に突き刺したナイフを抜かず、そのまま捕縛すべき左の男に素早く向き直る。男の方は一瞬で倒れた部下に目もくれず、すぐに剣を……抜けなかった。

 抜こうとした時に、近くにあった木に引っ掛かってしまったのだ。サラみたいにナイフか短剣を使えば大丈夫だったろうに。


 男は剣を抜けないことに若干焦り、そしてそれを見逃すサラでもない。

 彼女はいつも俺相手にやってる以上の威力を持った拳でもって鳩尾を思い切り殴り抜き、男を吹っ飛ばした。漫画みたいに男は背後の木に打ちつけられ、そのまま蹲っている。こりゃたぶん気絶してるな。


 うんうん。その痛みわかるよ。この6年でどれほど俺が鳩尾を鍛えられたか……。いや、そもそも鳩尾は鍛えるもんじゃねーな。


 さて、無事魔術詠唱をした甲斐がなくなったな。


「大丈夫か?」

「ふん。こんな雑魚にやられる私じゃないわ」


 サラさんイケメン。抱いて。


「で、どうするの? これ?」

「ま、ここじゃどうしようもない。拘束して要塞まで持って帰ろう。話はそれからだ」


 さてさて、この……この……誰だろう、このオッサン。せめて名前聞いてから気絶させればよかったな。階級章を見ると、共和国軍曹長らしい。


 じゃ、曹長さん。ちょっと要塞でお話しましょうか(・・・・・・・・)




---




 16時50分。


 要塞に帰投し、そして捕虜を連れて帰った俺とサラを出迎えたのはフィーネさんだった。


「……ユゼフ少佐。その後ろにあるのは?」

「えーっと、これ?」

「それです」


 言うまでもなく、曹長さんのことです。


「えーっと、この人が私たちに協力してくれるようなので、ちょっとお話をしようかと」

「はぁ……。王国軍の軍紀では、捕虜の拷問は禁じられているはずですよね?」

「えぇ。ですので、平和的に人道的にお話をしますよ」

「……」


 フィーネさんの目が怖い。やだなぁ、拷問なんてそんな野蛮な真似するわけないじゃないか。HAHAHAHAHA。


「では少佐、私もその拷……コホン。尋問に付き合ってもよろしいですか? 一応、士官学校情報科で尋問の方法は習いましたので、役に立つと思いますが」


 今フィーネさん一瞬「拷問」って言いかけたよね。オストマルク帝国の拷問禁止法とはいったい……あ、いやでもアレはまだ成立してないのかな。半年ほど経つからそろそろ成立しててもおかしくないけど。


 まぁ、それはさておき。


「いえ、フィーネさんは朗報を待っていてください」

「……なぜです?」


 俺の言葉に、ちょっとフィーネさんが残念そうな、あるいはちょっと怒ってる様な顔をした。信頼されていないのか、とか思っているのかね。

 別にそういうんじゃないよ。


「フィーネさんみたいな綺麗な人に尋問されたら、それはもうご褒美じゃないですか」


 そう言うと、彼女は目をぱちくりさせて固まってしまった。

 よし、この隙に尋問を済ませるか。そう思って「ではまた」と軽く挨拶してサラと共にその場を立ち去る。


 捕虜の尋問はやったことはないが、確か王権派の中にそれが得意な奴がいたはずだ。そいつに任せよう。


「サラ、王権派の誰かに連絡して……って、どうしたその顔」


 なぜか彼女は、むすっとした顔をしていた。何? サラも尋問に参加したかったの?


「別に!」


 サラは、ふんっ、と鼻息を吹かすと、そのまま俺の足を思い切り踏み抜いて何処かへ行ってしまった。

 ……俺、何かしたっけ?

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