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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
205/496

オルミュッツ要塞攻略作戦 ‐攻城戦‐

 フラニッツェ会戦において、シレジア王国軍は3000名の国粋派を捕虜にとった。しかしその内数名、正確に言えば8名が脱走に成功し、そして2日間の逃走劇を経てオルミュッツ要塞に辿りついたのである。

 彼らは要塞に着くなり、王権派の脅威を声高に叫んだ。その叫びは要塞司令官クドラーチェク少将の耳にも届き、守備隊9000名がクドラーチェクの直接指揮の下出撃していったのである。


 クドラーチェクにとって不幸だったのは2つある。

 1つは、この国の元首である暫定大統領エドヴァルト・ハーハからの信頼が篤いノルベルト・バレシュ少将が行方不明だったこと。これによりクドラーチェクは、ハーハから粛清されないよう戦術や戦略と言った点を無視して動かざるを得なかったことにある。

 クドラーチェクの任務はあくまで要塞の守備にあり、バレシュを救うために遠征する義務はないのである。もし彼がハーハに怯えるような人間でなければ、バレシュを救わず情報収集に努め、首都や近隣の駐屯地に増援を要請することも選択肢のひとつだった。


 そして2つ目の不幸は、脱走に成功した国粋派捕虜8名の内、3名が王権派の幹部だったことである。




---




 12月2日14時丁度。


 エミリア殿下の下に、オルミュッツ要塞から守備隊が出撃したという情報が偵察部隊よりもたらされた。


「予定通りですね、ユゼフさん」

「えぇ。あとは潜入しておいた工作員が仕事をするのを待つだけです」


 工作員の仕事は3つ。

 1つは、要塞守備隊を出撃させるよう偽の情報を流すこと。これは半ば成功しており、あと半日待てば守備隊は要塞から見えない場所に到着するだろう。


 2つ目は、要塞の正門を開くことである。要塞に肉薄して魔術でぶっ壊しても良いけど、先ほど出撃した守備隊にできるだけ勘付かれたくないから派手なことはできない。だからできるだけ静かに侵入できれば万々歳だ。


 そして最後の仕事は、俺らが要塞に近づいても要塞から反撃されないように内部で騒動を起こすことである。ここら辺は工作員の善処に任せている。要塞にいる士官の暗殺でも、反乱でもなんでもいい。ともかく俺らに構ってられないような事件を起こして欲しいのだ。

 というのも、オルミュッツ要塞には戦術級魔術師、あるいは要塞級魔術師がいる可能性があるのだ。戦術級魔術の威力派凄まじく、1発で1個大隊から1個連隊を消滅させることが可能だ。空き家を強奪するために俺らがのこのこやってきたときに、要塞から戦術級魔術が撃たれたら……恐ろしい。それを阻止するのが工作員の役目だ。


「問題は、彼がちゃんと仕事をするかだな」


 そう不安を口にしたのはエミリア殿下の脇に立つマヤさんだった。いや、不安というより言ってみただけって感じの方が強いかもしれないけど。


「潜入した彼らが、要塞にいる奴らに感化されて裏切る、という可能性もあるのではないか?」


 マヤさんは意地の悪そうな笑顔で俺に聞いてくる。なんかそれ「おいユゼフ、焼きそばパン買ってこいよ」って言いそうな顔ですね。


「まぁ、大丈夫だと思いますよ」

「理由は?」

「マヤさんも覚えているでしょう、あの作戦会議」


 俺がそう言うと、マヤさんは「あぁ、なるほど」と言って大きく頷いた。これだけでわかってくれるのがさすがだな。


「どういうことよ?」


 一方、わかってなかったのは俺の隣に居たサラさんである。彼女がこういう状況を理解してないのは割といつも通りのことだ、問題ない。感覚的に戦況を読み取る能力は高いから差し引き0だ。


「サラ、作戦会議で王権派が悪口言ってたのは覚えてるよね?」

「えぇ。1発殴りたかったわ」


 サラはむくれた表情をしていた。本当にイラついてて殴りたいのはよくわかるけど、我慢してくれてよかったよ。


「あの時、カレル陛下からお叱りを受けたはずの幹部連中は、気まずい顔をした程度で怒ってはいなかったんだ」

「そうなの?」

「うん」


 叱られるのは、誰だって嫌だ。相手が美少女だの美女だのだったらかえってそれはご褒美になるかもしれないけど、普通なら多少の怒りは湧くものだ。

 でも彼ら王権派幹部は、そう言った感情を見せなかった。それは、彼らがカレル陛下に忠誠を誓っている事の証左であろう。


 だけど、マヤさんはそれでも多少の不安感が抜けないようだ。


「でも、それはカレル陛下に対して忠誠を誓っているだけだろう? 私達の命令に従ってくれるかどうかとはまた別問題だ。しかも『このシレジア人どもめ』と言っていたしな」

「その点は確かに不安ですが、でも先のフラニッツェで我々は完勝しました。それを目の前で見せたのですから、多少は信頼してくれると思いますけどね。それに」

「それに?」

「それに、俺は彼らにこう言ったんですよ。『貴方たちの手で、カレル陛下に要塞をご献上致しましょう』ってね。そしたら彼らはやる気満々でしたよ」


 行き過ぎた忠誠心と言うのは扱いが難しく、時にその忠誠心故に部隊の行動を制限してしまうことがある。だが今回は、その忠誠心が役に立っているのだ。


「だから、あとは成功を祈るのみです。成功したら、我々は要塞が手に入る。失敗しても特に被害は受けない。それだけです」


 出撃させた守備隊が罠に気付き、要塞に戻ってくるまであと1日半と言ったところか。その間に要塞の正門が開いたら、それは何もかも上手くいったという合図だ。戦術級魔術に怯える必要もない。裏切りが起きたら……という不安も持ってないわけじゃないが、それは可能性は高くないとは思っている。味方の裏切りを前提とした作戦なんて、俺には立てられないし。


「失敗したら被害は受けない……か。だが、我々は潜入させた王権派幹部を失うことになるぞ?」

「確かにそうですが、それが問題ですか?」

「何?」


 マヤさんは訝しむような顔をしていた。まぁ、それも当然か。人の命をなんだと思っているんだって感じだよな。

 俺はそんなマヤさんに対して、彼女にだけ聞こえるよう声を絞ってこう言った。


「少し酷な言い方になりますが、失敗したら彼らが無能だったということ。忠誠心だけ異様に高いけど実績が伴わない佐官など不要です。そんな人間、忠義の戦死を遂げて二階級特進させた方が何かと幸せでしょう」

「…………」

「冗談ですよ」


 これは割と本心だったけど、やっぱり言わない方が良かったかな。ちょっとマヤさんに白い目で見られた。

 でも、大丈夫ですよマヤさん。彼らはたぶんやり遂げると思う。それは信頼というよりは、主君に対して忠誠を誓って何かをやろうとする彼ら王権派幹部の姿勢に、ちょっと親近感を湧いただけだ。


 ちょっとだけだけどね。




 そして翌12月3日の夜明け前。

 オルミュッツ要塞の正門が、開かれた。それを見た俺は、思わずガッツポーズして


「よし!」


 と叫んでしまった。するとエミリア殿下に「余程嬉しいみたいですね」と少しからかうような口調で言われてしまって我に返った。恥ずかしい。


「でも、本番はこれからです殿下」

「えぇ、存じています」


 そうなのだ。正門が開かれただけでは、占領した事にはならない。ここからは実力行使だ。エミリア殿下は部隊を素早く展開させて要塞に肉薄する。正門にまでたどり着くまで、戦術級魔術が飛んでこないかと不安だったが、どうやら工作員の工作は上手くいったようで、散発的に飛んでくる矢や中級・上級魔術などの微弱な抵抗を受けたのみだった。


 そして正門に辿りつくと、そこに居たのは潜入させていた工作員3名の姿があった。うん。どうやら二階級特進をさせてやる必要はなさそうだな。


 到着早々、エミリア殿下は手早く命令を下す。


「マヤ!」

「ハッ、御前に」

「マヤ。あなたに剣兵1個大隊を与えます。あなたが先陣を切って、要塞の主要施設を制圧してください」

「仰せのままに!」


 マヤさんはそう言うと、手早く部下を纏めて出撃の準備を整えさせた。さすがの手腕である。


「マヤさん。よろしいですか?」

「ん、ユゼフくんか。なんだ?」

「フィーネさんから渡された、要塞内部の構造は頭に入っていますか?」


 オルミュッツ要塞はオストマルク帝国が建設した要塞。そのため、要塞に関する情報はフィーネさんを経由して王権派にもたらされている。要塞は突入をされた後でも抵抗できるように、中を迷路のようにしているのだが、この情報のおかげで効率的に攻略ができる。


「あぁ、問題ない。中央指令室の位置から司令官の隠し金庫の場所までキッチリ覚えているよ」


 マヤさんはそう笑ってみせた。うん、たぶん大丈夫だろう。問題は、フィーネさんがくれたオルミュッツ要塞内部の地図には隠し金庫の位置なんて記載されていないということなのだが。


「頼みます」


 俺がそう言った後、マヤさんは要塞に入って行った。マヤさんは剣術の達人で、統率力もある。たぶん大丈夫だろう。

 だから、俺も出来る限りのことをやろう。


「サラ!」

「ん、何?」

「うん、第3騎兵連隊の一部の部隊を散開させて、周辺の偵察を……」


 と言ったところで背後に気配を感じた。振り向くと、そこにはエミリア殿下の憮然とした顔が。やばい。


「……えーっと、周辺の偵察をさせた方が良いと小官は存じ上げますがどういたしましょうかエミリア殿下」


 参謀に命令権はない、ってつい先日言われたばかりだったからね。反省反省である。


「良いと思いますよ。お願いします」

「わかりました。と言うわけでサラ、お願い」

「……あんたも大変ね」


 サラはそう言いながら馬に跨ぐと、旗下の部隊を率いて何処かへと消えてしまった。

 うん、大変ですよ。本当に。

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