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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
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戦場の噂 その1

 ザレシエ平原には多くの死体が残されている。その数およそ10万、その死体の処理は大変難しい。

 華麗で、そして容赦ない包囲撃滅戦を演じた王国軍は、この戦場の掃除をすることになった。と言っても数が数であるためすべてを処理することは叶わない。使えそうな武器・装備の類を剥ぎ取った後は自然の摂理に任せるしかない。ザレシエ平原の周辺は人口が少なく、また戦争前に疎開をさせているため疫病の心配が少ないことが唯一の救いだろう。

 回収出来る遺体は味方、そして敵の高級将校だけだ。それでも1万近くあるため骨が折れる作業だ。


 その死体処理を引き受けるのは、迎撃司令部から派遣された補給参謀補ラスドワフ・ノヴァク中尉である。

 彼は後方基地から食糧及び消耗品をキシール軍団に引き渡し、そして空荷となった馬車に遺体を積み込んだ。


「……はぁ。事務仕事の後は死体の積み込みか。嫌になる」


 普通の人間であれば、精神の負担に耐えられる仕事ではない。彼が何とか正気を保っていられるのは、彼が幼い頃から死体を取り扱っていたからだろう。


 ラデックはシレジアではそれなりに有名な商家の次男である。幼少の頃から父に連れまわされシレジア全土を旅した。そして何度も盗賊に襲われ、何度もその盗賊の死を見届けてきた。彼自身も身を守るために人に刃を突き刺したこともある。


 そんな生活を送っていれば自然と慣れる。彼にとって死体とは、ごくありふれた物になったのだ。

 それでも、10万単位の死体を見るのはこれが初めてなのだが。


 ラデックは淡々と職務をこなす。キシール軍団から1個中隊程度人員を借りて、戦場の後片付けを指揮する。まだ息のある味方がいれば治癒魔術師を呼んで治療する。それが敵で、そして抵抗の可能性があると判断した場合は容赦なくトドメを刺した。


「んぁ、矢は引っこ抜いて回収しろよ。まだ使えるんだからさ」


 矢と言うものは消耗が激しい装備品のひとつである。基本的に使い捨てなのに、製造費用が高い。そのため戦場の後片付けでは優先的に回収するのだ。

 そして矢を回収した後、余裕があれば死体や剣、槍の回収に移るわけだが、残念ながらラデックの補給部隊はそこまでの余裕はなかった。


 ラデックが一通りの作業を終えシドルツェの迎撃司令部に戻ろうとした時、彼はそこで士官学校時代の友人と再会した。


「ラデック、久しぶりね!」

「ん? あぁ、マリノフスカ嬢か。久しぶり。……あと、エミリア様もお元気そうで何よりです」

「ラデックさんも、ご壮健そうで何よりです」




---




 ラデックらが友人たちと歓談している間、それを遠くから見ている2人の男がいた。彼らはどちらも職業軍人で40代、そしてヨギヘス中将の指揮する師団に所属している。


「……なぁ、あの良い男と女誰だ?」

「ん? あぁ、赤い髪の女は知ってるよ。確か近衛師団の士官だそうだ」

「にしては随分若くないか? たぶん俺の息子と同い年くらいだぞ?」

「お前の息子って何歳だ?」

「18歳。あと4日でな」

「おぉ、それはおめでとう」

「ありがとさん。ま、誕生日は祝えそうにないな。帝国のせいだ」

「誕生日祝いは敵将の首にしておけ」

「趣味の悪い贈り物だな」


 彼らは冗談を言いつつ戦場の遺体を調べ回っている。真新しい槍があればそれを拾って自分の物としようと考えていたからだ。


「で、もう1人の金髪の御嬢さんと、金髪のあの良い男は誰だ?」

「兄妹……って感じでもないな。遠いからわからんが、顔はそんなに似てないし」

「じゃあ……恋仲か?」

「恋仲ならもうちょっとくっついていても良い気がするが……。あぁ、そういや妙な噂を聞いたぞ?」

「噂?」

「あぁ。なんでも、フランツ国王陛下の娘、エミリア王女殿下が戦場にいるって噂だ」

「そりゃいくらなんでもあり得ないだろう。王女殿下は引き籠りの箱入り娘、15年間全く宮殿から出ていないって聞いたぞ?」

「それは表向きで、実は10歳の時に士官学校に入学したって話だ。王族って言っても女の子で、しかも陛下の唯一の子供だから秘密裏に入学したらしい」

「んなわけないだろう。女の子だぞ? 貴族学校ならわかるが士官学校ってのは……。あぁ、そういや俺も変な噂聞いたな」

「お前もか」

「あぁ。シュミット師団の奴から聞いた話で、そいつはシュミット師団の幕僚から、そしてその幕僚はシュミット少将から聞いたらしいんだがな」

「怪しすぎだろそれ」

「噂ってのはそんなもんだろ?」

「まぁな。で、どんな噂なんだ?」

「えー、となんだっけな。確か、今回の作戦を考えたのは若い女子で、しかも公爵令嬢って話だ」

「本当かそれ?」

「まぁ、あくまで噂だ」


 そこまで語ると、彼らは再び例の三人組を見た。

 金髪の色男や赤髪の美少女と楽しそうに歓談する金髪の少女。


「「……そんなわけないよな」」


 その二人はほぼ同時に、そう呟いた。

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