勇気の風鈴
エー総合病院小児病棟のとある一室には、20個の小さな風鈴が吊るされていた。
外の路上には残雪が積もっており、締め切られた窓の内側で色とりどりの風鈴達が静かに眠っていた。
「柚ちゃん、もうすぐ手術だから頑張ろうね。元気になったらお友達と一緒に遊べるよ」
「いやっ! 柚、やっぱり手術受けたくない!」
病室中に少女の叫び声が響く。ベッドの隣で母親が宥めるように少女の手を握る。
「ようやく見つかったドナーなのよ。もう次は見つからないかもしれないの。だからお願い柚ちゃん、もう八歳のお姉さんなんだから我慢できるでしょう? お母さんとお医者さんを信じて、一緒に頑張ろう」
少女はゆっくりと頭を振る。腕に繋がれた点滴のチューブが静かに揺れた。
「あたし、聞いちゃったの。お母さんと先生が話してた事。……手術、成功率は80%なんだよね? 20%の確率であたし……し、死んじゃうんだよね?」
少女の目に涙が浮かぶ。母親は少女の肩を撫でながら優しく語りかける。
「そう……聞いてたのね。そうよ、絶対に成功する訳じゃないの。でも今もし手術を受けなかったら、柚ちゃんはいつか死んじゃうんだよ。……大丈夫、ここのお医者さんは日本一腕の良い先生なんだから、ちゃんと成功するよ」
「お母さんは手術を受けないから平気なんでしょ? 手術を受けるのは柚なんだよ? 死んじゃうの……怖いの……柚、このままでもいいもん……」
少女は震えながら俯いている。
母親はおもむろに立ち上がると、窓の傍に歩み寄った。
「柚ちゃん、見て? この風鈴、綺麗でしょ?」
「風鈴? それがどうしたの?」
「これはね、柚ちゃんと同じ病気になって、手術をして成功した子たちが退院する時に作った物なの。みんな柚ちゃんと同じ……ううん、柚ちゃんよりも大変な手術だった子たちも大勢いるんだって。でもみんな勇気を出して手術を受けたの」
母親は風鈴をそっと撫でながら語りかける。
「……お母さんも怖いの。柚ちゃんを失う事が、柚ちゃんに何もしてあげられない事が怖くて、悲しいの。……でも柚ちゃんは一人じゃない、お母さんも、手術を受けたみんなも、柚ちゃんの味方なんだよ」
少女はゆっくりと顔を上げた。カラフルなシールの貼られた風鈴達は日光を反射させて、少女の膝元を鮮やかに照らし出していた。
◇
数か月後。
エー総合病院小児病棟のとある一室、爽やかな風が吹き込む部屋の中では、21個の小さな風鈴達が綺麗な音色を奏でていた。




