天才JKと幼馴染dkが異世界召喚されたようです
荘厳な石造りの大広間は、まるで中世の城を思わせる壮大さで広がっていた。
高いアーチ型の天井は、彫刻された梁が交差し、無数の燭台が吊るされた巨大なシャンデリアから放たれる橙色の炎が、柔らかく揺らめく光を投げかけている。
壁には色鮮やかなタペストリーが掛けられ、英雄たちの戦いを描いた刺繍が、金糸で輝きを放っていた。
床は磨き抜かれた大理石の石畳で、足元に冷たい光沢を湛え、かすかな埃の粒子が空気中を舞っている。
中央の玉座に座る老いた王の前に、二人の高校生が深く膝を折って跪いていた。
王の顔は深い皺に刻まれ、白く長い髭が胸元まで流れ、頭には宝石がちりばめられた黄金の冠が重々しく輝いている。
深紅のマントが肩から優雅に床まで垂れ、裾が微かな風に揺れていた。
周囲を囲む鎧姿の兵士たちは、磨かれた甲冑が光を反射し、槍の穂先が鋭くきらめいている。
ローブをまとった魔術師たちは、杖の先端に嵌められた宝石が淡く発光し、神秘的な空気を醸し出していた。
一人は女子高生、神崎理乃。
黒髪をポニーテールにまとめ、制服の白いブレザーとチェック柄のスカートが、この異世界の荘厳さに不釣り合いに映る。
彼女の膝は石畳の冷たさに震え、頰がわずかに紅潮し、瞳には混乱と驚愕の渦が渦巻いていた。
隣には幼馴染の佐藤拓也。
制服のシャツが汗で張り付き、ネクタイが少し乱れ、額に細かな汗の珠が浮かんでいる。
彼の呼吸は浅く、肩が微かに上下していた。
(魔法とか異世界とか……絶対に馬鹿げてる。そんなの科学的にあり得ない。でも、今この瞬間、ここにいる以上、信じがたくても認めざるを得ない。物理法則が崩壊してるみたいだけど、現実がこうなら受け入れるしかない。でも……頭が追いつかない。混乱する……心臓がばくばく鳴って、視界が揺れてるみたい)
理乃は内心で激しく繰り返し、必死に呼吸を整えようとしていた。
鼻腔に古い石と蝋燭の煙の匂いが混じり、耳には兵士たちのささやきが低く響く。
王は深く響く、威厳ある声でゆっくりと告げた。
「ようこそ、異界より来たりし勇者たちよ。我が王国アストリアは、闇の魔王の脅威に晒されておる。影のような軍勢が国境を侵し、民の叫びが夜毎に響く。君たちに魔王を討ち、平和を取り戻す大役を託したい」
二人は顔を見合わせた。
理乃の瞳に一瞬の怯えが閃き、拓也の喉がごくりと鳴る。
まだ数分前まで、馴染みの住宅街を歩いていたはずだった。
――すべては学校からの帰り道で始まった。
茜色に染まる夕空の下、住宅街のコンクリートの歩道を二人は並んで歩いていた。
秋風が木々の葉を優しくざわめかせ、遠くで子供たちの歓声が響き、街灯がぼんやりと灯り始めていた。
理乃はいつものように、目を輝かせ、頰を上気させて拓也に語りかけていた。
「ねえ拓也、今日読んだ論文でさ、量子もつれの新しい実験結果が出てて。ベル不等式の違反がこれまでで最も精密に確認されたんだよ。結局、隠れた変数理論は完全に否定されちゃうよね。光子が何光年離れていても、瞬時に連動するなんて、宇宙の不思議さを実感するよ」
拓也は少し眉を寄せ、頭を軽く掻きながらも、温かな笑顔で応じる。
「えっと……量子もつれって、離れた粒子が瞬時に影響し合うやつだっけ? なんかSF映画みたいでカッコいいけど、詳しくはわかんないな。でも理乃がそんなに興奮して話してるの見ると、俺もなんかワクワクしてくるよ。もっと教えて」
彼の返事は少しずれていたが、理乃はくすくすと笑った。
会話を楽しむ彼女の声が、夕暮れの空気に溶け込む。
「そうそう! 簡単に言うと、情報が光速を超えて伝わるように見えるけど、実は因果律は守られてるの。アインシュタインが『不気味な遠隔作用』って呼んで嫌がってた現象だよ。最近の量子コンピューティングへの応用がすごくて、将来的に今の暗号システム全部が一瞬で破られちゃうかも。想像してみて、世界中のセキュリティが崩壊する光景」
拓也は苦笑しつつ、必死に頷く。
言葉の半分が霧のようにぼやけているのに、決して会話を投げ出さない。
ただ理乃の輝く表情と、熱っぽい声に引き込まれていた。
「へえ、暗号破られるってマジで怖いな……。理乃の話、俺には難しすぎるけど、聞いてるだけで頭が良くなった気がするよ。もっと詳しく聞きたい」
二人は笑い合いながら、いつもの角を曲がった瞬間だった。
突然、空気が重く歪み、耳をつんざくような低音の唸りが響いた。
地面から青白い光の輪が急速に広がり、渦状の輝きが二人を包み込む。
まるで空間がねじれ、裂け目から強烈な吸引力が生まれ、吸い込まれるような感覚。
風が荒れ狂い、視界が白く爆発し、身体が無重力のように浮遊する。
吐き気と眩暈が一気に襲い、抵抗する間もなかった。
理乃の悲鳴が一瞬聞こえたが、すぐに渦に飲み込まれた。
次に意識が戻った時、二人は冷たく硬い石畳に倒れ伏していた。
周囲は荘厳な大広間。
鎧の兵士たちが槍を構え、金属の甲冑がカチャリと音を立て、ローブの老臣たちが興奮した声を上げ、杖を振り回している。
玉座の王がゆっくり立ち上がり、歓喜の表情を浮かべ、髭を撫でながら近づいてきた。
「召喚の儀式、成功だ! 勇者たちが来られたぞ! 皆、礼を尽くせ!」
慌てて身を起こし、状況を把握した二人は、兵士たちの視線に圧倒され、膝を折って跪いた。
そして今、王の言葉を聞いている。
拓也が震える声で先に言った。
「え、僕たちただの素人ですよ。そんな魔王とか、倒せません……。剣なんか触ったこともないんです」
理乃も冷静を装いつつ、声を絞り出す。
「そうです。私たちは武芸の心得などない、ただの平民です。戦うことなどできません。どうか、勘弁してください」
周囲がざわめく。
兵士たちのささやきが広がり、魔術師たちの目が輝く。
一人の白髪の老臣が、杖を突きながらゆっくり前に進み出た。
ローブの裾が床を擦り、杖の宝石が淡く光る。
「おそれながら勇者様。それはご謙遜というもの。我々の世界より遥かに重力の強い、力の満ちた世界からおいでになったお方ですから、神々しい力が宿っておられるはず。どうか、お試しくださいませ。そこの椅子や壁で」
半信半疑の二人。
拓也が恐る恐る、近くにあった重厚な鉄製の椅子に手を伸ばす。
黒く鈍く光る脚部に指先が触れた瞬間、まるで発泡スチロールのように軽く、片手で軽々と天井近くまで持ち上がった。
驚愕して手を離すと、椅子は床に激突し、金属がねじ曲がり、火花を散らしながら粉々に砕け散る轟音が大広間に響き渡った。
埃が舞い上がり、周囲の者たちが後ずさる。
理乃も息を呑み、近くの石壁にそっと掌を当てる。
粗い石の感触が伝わるが、軽く押しただけなのに、厚い石壁が蜘蛛の巣のように無数のひび割れを起こし、巨大な塊がゴロゴロと崩れ落ち、埃の雲が巻き上がる。
彼女の手は傷一つなく、ただ微かな振動と温かみが残るだけだった。
壁の崩落音が反響し、大広間全体が静まり返る。
二人は自分の手を見つめ、息を詰めて言葉を失った。
確かに、常識を超えたとんでもない力が、身体に宿っていた。
心臓の鼓動が速くなり、興奮と恐怖が混じり合う。
王との謁見が終わった後、神崎理乃と佐藤拓也は、恭しい使用人の案内で城の回廊を歩いていた。
回廊は石畳の床が続き、壁に嵌められた松明の炎がゆらゆらと影を踊らせ、遠くから微かな風の音が響く。
使用人はローブを翻し、静かに二つの部屋の前に二人を導いた。
部屋は隣り合っており、重厚な木製の扉に金色の取っ手が輝いていた。
「こちらが勇者様方の居室でございます。何かお用があれば、いつでもお呼びくださいませ」
使用人が深く頭を下げると、拓也が軽く手を振って下がらせる。
「ありがとう。今日はもう大丈夫だよ」
使用人が去ると、二人は扉の前で立ち止まり、互いの顔を見合わせた。
夕暮れの光が窓から差し込み、廊下を淡い橙色に染めている。
理乃のポニーテールがわずかに揺れ、拓也の額に残る汗が光っていた。
「これから、どうなるんだろう……」
拓也がぼそりと呟いた。
声に不安が滲む。
「家族に会えなくなるのかな。両親共働きで、弟の面倒見てるんだけど……幼稚園のチビ、俺がいないと寂しがるよな」
理乃も頷き、胸に手を当てた。
彼女の瞳には、混乱の残滓が浮かんでいる。
「私も……家族とは仲いいし、夢だってあるのに。物理学の研究機関に入って、量子力学の謎を解きたいと思ってたのに。こんな知り合いのいない場所に投げ出されて、しかも悪人の集団かもしれないのに殺し合いなんて……不安で仕方ないわ」
二人は沈黙した。
力が強くなった体は確かに実感するが、心の重さは変わらない。
異世界の空気が、肌に冷たくまとわりつくようだった。
拓也がふと話題を変え、軽く笑みを浮かべて言った。
「まあ、でも魔法があるなんて、理乃の科学思考も否定されちゃったな。面白いけどさ」
言葉はキツくなく、むしろからかうような優しさを含んでいた。
理乃は少し肩の力を抜き、くすりと笑う。
「否定されたわけじゃないわ。おそらくここは物理法則の異なる異世界。でも存在する以上、物理定数は極端に変化してないはずよ。重力や電磁相互作用、強い・弱い核力の定数がほぼ同じだから、私たちの身体が機能してるし、星や大気が安定してるんだから」
拓也が首を傾げた。
「なんで異世界だってわかるんだ? 同じ宇宙の他の惑星じゃダメか?」
理乃は廊下の壁に寄りかかり、冷静に説明を始めた。
「今後反証が出てきたら仮説は変えるけど、さっきの身体能力の極端な変化と、『力の強い世界から来た』って発言からよ。弦理論やブレーン宇宙論を応用して考えてみたの。私たちの宇宙は11次元時空のブレーン(膜)の一つで、エネルギー密度が高い高次ブレーンに存在してる。この世界はエネルギー密度の低い下位ブレーンで、召喚によってブレーン間を移動したから、質量・エネルギーの等価性が微妙にずれて、私たちの筋繊維や骨格が相対的に超人的な力を発揮しているんじゃないかしら。絵空事に近いけど、現象を説明するのに一番整合性がある仮説よ。
「また、情報論的な観点から分析すると、ホログラフィック原理に基づいて、ブレーン世界では宇宙の情報がブレーンの表面積に比例してエンコードされるわ。」
「私たちの元のブレーンはエネルギー密度が高いため、情報ビット密度が濃く、身体の量子状態がより多くの情報を保持しているの。この世界の低密度ブレーンに移行すると、その情報が再スケーリングされ、相対的に物理的強度が増幅される形になる。筋力や耐久性がこのように強化されるのも理にかなってるわ」
拓也が目を丸くした。
「へえ……じゃあ、帰れるのか?」
「魔法で来られたから、理論上は帰れるわ。召喚儀式がブレーン間のワームホール的なトンネルを一時的に開いたんだろうから、逆方向のエネルギー注入で再現可能。でも、無数の並行ブレーンやパラレルワールドが存在する可能性が高いから、正確な座標を特定するのは極めて困難。実現するには、魔法のエネルギー操作を量子力学的に解析して、科学と融合させるしかないかも」
拓也が頷き、頼むように言った。
「なら、帰れるよう頼むよ。弟の面倒見なきゃならないし……」
理乃の表情が曇る。
「これはもしかしたら一生、いえ、何万年何億年かけてもできないことかもしれないのよ。コンピューターなんて便利な代物もないわ。」
拓也は優しく微笑み、理乃の肩に軽く手を置いた。
「俺は頭悪いけど、理乃の頭の良さは知ってるよ。君ならできると信じるさ。できなければ責めないよ。異世界を安全に旅するのも、楽しそうだろう?」
その言葉に、理乃の胸が温かくなった。
不安が少し溶け、信頼の絆が心を支える。
子供の頃から、彼は優しく、頭のいい自分が他の子供たちと溶け込めるよう取り持ってくれた。
そんな彼が、異世界でも変わらない姿を見せてくれるのが、幸せだった。
話題は自然と魔王に移った。
拓也が真剣に言った。
「この世界には魔王って奴らがいるけど、そいつらが本当に悪いのかわからないよな。もしこの国からの一方的な戦争で魔王が悪い奴らじゃなかったら、この国から逃げよう。お互いが互いに憎み合ってるなら、なんとか仲良くなれるよう取り持とう」
拓也の目が覚悟の光を帯びた。
「もし魔王が相互共存できない敵なら……その時は倒すさ。悪い奴でも殺したくはないし、召喚されたことに文句は言いたいけど、罪のない人々を殺してる奴らなら、それを救うために立ち向かわなきゃ」
理乃が笑う。
「いつもの調子が出てきたわね。貴方が不安でも戦うと言うなら、私も戦わせてもらうわ」
拓也も微笑み返す。
「それじゃ、今日はもう部屋で休みましょう」
二人はそれぞれの部屋に入った。
理乃は扉を閉め、ベッドに腰を下ろすと、にんまりと微笑んだ。
彼は子供の頃から優しく、頭のいい自分が仲間に入れるよう取り持ってくれた。
そんな彼が好きで、異世界でも変わらない姿を見ていると、幸せになる。
(この世界の人たちにも、召喚されたことに文句は言いたいけど……救わないとね。本当に一方的な虐殺で、女子供まで無差別殺戮されてるなら、罪のない人々を救いたい。文句を言うなら召喚を決定した国で、それもこちらからしたら拉致だけど、あちらからしたら窮余の一策だから、情状酌量の余地はある。そこまで憎むべきじゃないわ)
彼女は心の中で警句を思い浮かべた。
「神なき知恵は知恵ある悪魔を作ることなり」。
科学技術の悪用を防ぐため、唯物論的な視点だけでは不十分で、倫理や畏敬の念が必要だという教えだ。この言葉を知るからには倫理を捨てることはできはしない。
虐殺や民族浄化する主人公など小説の中のみでたくさんだ。
この国が一方的な対外戦争に利用したい場合も、逃走するのみにとどめよう。
国は悪くとも国民に罪はない。
国王や官僚を殺せば国が崩壊し、無辜の民が苦しむことになる。
彼と共にこの世界を生き抜き、元の世界に帰ろう。
ただし戦いに身を投じるにせよ、できれば倫理を捨てたくはない。
理乃はそう思い、窓から見える異世界の星空を眺めた。
この場所は明確に別の宇宙——エネルギー密度の異なる下位ブレーン——の世界で、基本的な物理定数はほとんど変化がない。
だからこそ、科学と魔法を融合させて、帰還の道を探れるはずだ。
彼女の瞳には、強い倫理観と優しい決意が宿っていた。
ブレーン宇宙論のくだりをかけりゃよかった、異世界召喚で力の強い世界から来たから発揮できる力がすごいんだについて




