3.真夜中の庭園で(後編)
「アメリア様、僕はあなたに謝らなければなりません。あなたたちがこんなことになってしまったすべての原因は僕にある。僕と……かつてのアーサー様が、すべての元凶なのです」
「……え?」
「申し訳……ございません」
あまりにも辛そうなルイスの横顔に、私はそれ以上なんと言ったらいいかわからなかった。
彼の言葉は真実なのだと悟らざるを得なくて。
私は彼を真っ直ぐに見据える。
「ルイス、お願いよ、これだけは教えてほしいの。前にあなたは私に言ったわ。ウィリアムの命を必ず助けると。でも今のあなたの話が本当なら……もし本当にエリオットが生きているのだとしたら……私がずっと追いかけてきた彼は何だったの? あなたが助けたいのは、本当にウィリアムなの? 私はいったい何を信じればいいの?」
もしも――もしも本当にエリオットが生きているなら――彼が私の前に現れたら、私は間違いなくエリオットを選んだだろう。
少なくとも……ルイスと契約するあの日までは。――なのに。
今の私はウィリアムを愛してしまっている。エリオットとは別の人格のウィリアムを。顔や形、そしてその魂は、エリオットと同じ……そう信じて疑わなかったウィリアムを。
それなのに、もしそれが間違いだったとしたら、私は何を信じたらいいのかわからなくなってしまう。
これからどうやって彼を愛したらいいのかわからなくなってしまう。何も、信じられなくなる。
けれど、ルイスは私の問いには決して答えようとはしなかった。
彼はただ、夜色の瞳を切なげに揺らすだけ。
その表情に、私は悟る。
「わかっているわ。あなたには、すべてを伝えられない理由があるのよね。だけど、これだけは言わせて……。私は、あなたとした約束、ちゃんと守ったわ。ウィリアムを愛して愛された。だからあなたも守ってちょうだい。私がこれからウィリアムを裏切ることになっても、彼の命だけは助けてちょうだい」
「それは、あなたがエリオットを選ぶ……という意味でしょうか」
「違うわ」
私は首を振る。
「私たちは契約したでしょう? あなたと共に行くか、あなたの命を奪うか。だから、私はウィリアムも、エリオットも選ばない。私、もしもウィリアムが偽物だったとしてもかまわないの。だって、私は今、確かにウィリアムを愛しているもの。千年追いかけ続けてきた……それが今のウィリアムよ。たとえ彼が本物のエリオットじゃなかったとしても、わたしが追ってきたのは今のウィリアムの魂なの。その時間は……嘘じゃなかった」
ルイスの目が驚きに見開かれる。
「私……あなたと行くわ。覚悟はできている。だからそんな顔しないで。あなたとアーサー様に何があったのか知らないけど、私、最後まであなたに従うわ。そういう、契約よ」
「…………っ」
私の言葉を聞いた瞬間、ルイスの顔が微かに歪んだ。
まるで、涙を堪えているのを、必死に隠すかのように。
「話してくれなくていい。あなたの全てを知りたいなんて言わない。……私、本当に感謝しているの。あなたのお陰でもう一度人を愛することができた。この気持ちは、本物だから」
「……アメリア……様」
ルイスが俯く。
そして彼は、絞り出すように、告げた。
「そんなこと、言わないでください。僕はあなたにそんな言葉をかけて貰えるような、いい人間じゃないんです」
彼は自嘲気味に口角を上げる。彼の前髪が、わずかに瞼にかかる黒い髪から覗く暗い瞳が――嗤う。
「僕はあなたを騙してる。僕はウィリアム様を裏切った。僕は――アーサーを心の底から憎んでいる。全部全部、すべてをぶち壊したくて堪らないんですよ。もう、全ての準備は整ってしまいました。僕は――僕らはもう本当に、後戻りはできない」
「……ルイス」
「僕はアーサーを亡き者にする為に生きてきたんです。彼の中に眠っている、あのころの彼を……。僕はその為にウィリアム様に近づいた。僕は、その為にずっとずっと堪えてきた。何年も、何十年も、何百年も……。僕の心にはもう……彼への恨みしか……ないんです」
俯いたルイスの表情は、まるで息の仕方を忘れてしまったように、もがき苦しんでいるように見えて……私はどうしようもなく悲しくなった。
彼はずっと苦しんできたのだ。千年の間、過去の記憶に縛られてきたのだ。かつての私と同じか……もっと、それ以上に。
「僕はね、もうすぐ死ぬんですよ。何度も生まれ変わる間に力を溜め込み過ぎて……彼への恨みが強すぎて……余り長くは生きられない。肉体が堪えられないんです。だからあなたを焚きつけて事を急いだ。つまり僕は、あなたに殺されなくても死ぬってことです」
「――っ」
「ですからどうかお早く、真実に辿り着いていただきますよう。ウィリアム様か、エリオットか……あなたがどちらを選ぶにせよ、選ばないにせよ……僕は……あなたの選択を尊重しますから」
泣き出しそうに滲む闇色の瞳が、月光に反射し悲しく煌めく。
彼の心の奥の闇を垣間見たような気がして……私は言葉も忘れ、ただ立ち竦んだ。
「そんな顔しないでくださいよ。死なんて怖くない。慣れてますよ。あなただってそうでしょう?」
その笑顔は、あまりに悲痛で、今にも壊れてしまいそうだった。
「さぁ、そろそろ部屋にお戻りになってください。あなたが居ないことにウィリアム様が気付いたら、きっとお騒ぎになられますから」
ルイスが背を向ける。
「待って! ……一緒に、戻りましょう?」
私の呼びかけに、彼は足を止め――振り返りもせずに首を横に振った。
戻る場所など、自分にはもう無いのだと言うように。
「おやすみなさいませ、アメリア様」
月明かりの下、怖いほどに穏やかなルイスの声だけが闇夜に響く。
それはまるで湖の水面に一枚の葉が舞い降りたかのように――冷えた空気を静かに優しく、震わせていった。




