5.伝えたい想い(後編)
すると私のその想いに応えるように……今まで空気しか出なかった私の喉が――まるでこの時を待ちわびていたかのように――ようやく言葉を、発した。
「ウィリ……アム」
「――ッ!」
擦れた声に、ハッと顔を上げるウィリアム。その顔が、今にも泣き出しそうに歪んだ。
「アメリア……声が……!」
「そうみたい。……王子様のキスで、呪いが解けたのかしら」
そう言って私が微笑むと、彼は一瞬肩を震わせて、再び私を抱きしめる。
「キスをしてきたのは君の方だぞ」――と、安堵の息を吐きながら。
そんな彼が愛しくて、私は背中に腕を回す。トントン、とあやすように彼の背中を叩くと、それに応えるように、彼の腕の力が強くなった。
「本当に……良かった」
「あなたのおかげよ。実は私、声なんて出なくてもいいって、心のどこかで諦めてしまっていたの。でも、あなたが抱きしめてくれたから……」
「…………」
「あなたの気持ちに答えたいって、そう思ったら声が出たの。――だから、本当にありがとう、ウィリアム」
「――っ」
刹那――どういうわけか身体を強張らせるウィリアム。
彼は私を抱きしめたまま、耳元でそっと囁く。
「もう一度……名前を呼んでくれないか」――と。
「……え? 名前?」
「そうだ。俺の名前を……呼んでほしい」
「名前を呼べばいいの?」
「ああ」
「……ウィリアム……?」
「もう一度」
「……ウィリアム」
「もう一度だ」
「……私、あなたを心から愛しているわ、ウィリアム」
すると、彼は満足したのだろうか。
ウィリアムはようやく顔を上げ、熱を帯びた瞳でじっと私の顔を覗き込む。そして、私をベッドに押し倒すと、そのまま深く口づけた。
「――んっ」
何度も、何度も――奪うような口づけを繰り返す。
それは私の知らない彼の姿で――。エリオットよりずっと大人の口づけに、まるで全身を侵されていくような感覚に襲われる。
頭の芯が痺れて、指先一本力が入らなくて……もう何も……考えられない……。
「アメリア、君を愛している」
「……ん、――ぁ……わた……し、も……っ」
「知っている。君が俺を愛してくれていることは……ずっと前から知っていた」
キスの合間に愛の言葉を囁いては、時折首筋に吸い付いてくる。彼の唇が、徐々に肩から胸元へと、私の肌に赤い華を咲かせていく。
気付けばバスローブの紐は解かれ、私の身体は秋の夕暮れの冷えた空気に晒されていた。
けれど寒さは少しも感じない。それはきっと、ウィリアムの唇に犯されているせい。彼の唇が触れたところ全てが、やけどのように熱を持っているから……。
「今夜は、寝かせてあげられそうにない」
熱っぽい瞳で私を見下ろし、熱い吐息を漏らすウィリアム。
そんな彼に見つめられ、私の胸は張り裂けそうに音を鳴らす。
全身が燃えるように熱くて、自分で自分がわからなくなる。身体と思考がバラバラになってしまいそうで……。
「……っ」
――ああ、熱い。身体が………熱くて。
まるで自分の身体じゃないみたいに、私の意識が、遠のいていく――。
「まっ……て……わた、し……」
「待てない」
私の下腹部に伸びるウィリアムの手のひら。それは先ほどまではあんなに熱いと思っていたのに、どういうわけか冷えていて、その冷たさに私は思わず身を縮めた。
すると彼ははたと手を止め、眉をひそめる。
「熱すぎないか?」
そう呟いた彼の右手が、私の額に当てられる。――と同時に顔色を悪くするウィリアム。
どうか、したのだろうか……。
「……ウィリ、アム……? 何か……」
「――熱」
「……?」
「君、熱があるぞ」
「……え?」
その言葉に、私は妙に納得した。先ほどからの頭痛はそのせいか。
それを自覚したら、今度は寒気を感じるような……。
けれど私はウィリアムに心配をかけたくなくて、朦朧とする意識の中で必死に唇を動かす。
「……平気。人間、誰しも熱はあるものよ」
「こんなときに冗談を言うやつがあるか! 今度こそ医者を呼ぶからな。――誰か! 誰かいるか! 医者を呼べ、今すぐにだ!」
私の冗談を叱り飛ばし、部屋の外に向かって声を張り上げる彼。
いつもなら決してあり得ない罵声に近いウィリアムの声に、廊下を歩いていたメイドは驚いたのだろう。「ガシャン!」と何かを床に落とし、その後数秒遅れて、「すぐに呼んで参ります!」と叫んで駆けていく。
その返事を聞いたウィリアムは、私の手を優しく握ってくれた。
「大丈夫だ、すぐに良くなる。うちの医者は、名医だから」
それはまるで彼自身に言い聞かせているような言葉で、私は真に理解する。
彼は本当に私を大切に思ってくれているのだと。私に何かあったらと、不安に思ってくれるのだと。
私はそれがとても嬉しかった。けれど同時に、とても苦しかった。
彼には、私のせいで傷ついてほしくない。私のせいで、悲しい思いをさせたくはない。
だから、私はどうにか笑みを作る。これぐらい平気だと、そう伝えようとした。
けれどそれは叶わなかった。酷い眠気に襲われて、声を出せなかったのだ。
――ああ、目を開けていられない。瞼が……重い。
全身から力が抜け、指一本動かせなくなる。
「……アメリア?」
ウィリアムの声が遠い。
私の名前を呼ぶ彼の声が……まるで夢の中のように、ぼんやりと聞こえる。
「どうした……! 俺の声が聞こえるか⁉ 聞こえたら返事をするんだ、アメリア!」
酷く取り乱したような彼の声が、私の意識をつなぎ留めようとする。
けれど、やっぱり眠気には勝てなくて。
深い海の底に沈むように、全身の感覚が消えていく。彼の声が聞こえなくなる。思考が闇に覆われて、何も考えられなくなる。
「――アメリア!!」
彼の叫び声を最後に、私の意識はぷつんと途切れた。




