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7.ライオネルとの再会(後編)


 ライオネルは今度こそ確信した。


 アメリア・サウスウェルという女性は、ただの令嬢ではないのだと。


 首を絞められ殺されかけたにもかかわらず、涙一つ流さない。それどころか、その事実を無かったことにしようとしている。普通の人間なら絶対に取らない行動だ。――だが、いったい何のために。


 ライオネルにはわからなかった。どうしてそんなことをする必要があるのか。アメリアが何を考えているのか。その全てに見当がつかず、ただ困惑するほかない。



 アメリアはライオネルのことなど気に止めず、首の痣を綺麗に消し去る。


 そして横たわる少年――ニックに目を向けた。


 彼女は、太ももに髪飾りが刺さっていないことを見るやいなや、手帳とペンを取り出し何かを書き綴る。それを、ライオネルの眼前に突き出した。


 そこには「何も見なかったことにして、ここから立ち去ってほしい」と書かれていた。


 ライオネルは混乱する。


「……どうして? この子は人のものを盗んだ。確かにまだ子供だけど、警備隊に引き渡さなきゃいけないよ。それに、君を保護するのも僕の役目なんだ。それをまさか見なかったことにして立ち去るなんて、そんなことできるわけないじゃないか」

『なら、私も一緒に捕まえるのね。だって、この子をこんな風にしてしまったのは私なの。それに、私はこの子に怪我を負わせた。この子の足に刺さっていたでしょう? あれは私の髪飾りよ』

「……君は……いったい……」


 ライオネルを見つめるアメリアの瞳――それは怖いほどに冷静で、彼はますますわからなくなった。アメリアという存在が――。


 それ以上何も言えないライオネルに、再び手帳を見せるアメリア。――そこには。


「――っ」


 瞬間、ライオネルは憤る。


「この子を側に置く? 駄目に決まってるだろう! 殺されそうになったことを理解していないのか⁉ この子の仲間は、さっきの男のように危険な奴らなんだぞ! 何があるかわからない!」


 ライオネルは今度こそ――自分の感情を押し殺すことができず――アメリアの肩を掴んで戒める。


「アメリア、君はこの子とどういう関係なの? 君は伯爵家の娘だろう? それなのに、あんな……あんな髪飾りを持ち歩いたりして……」


 ライオネルの顔が歪む。


 このままアメリアをこの少年と共にここに残し立ち去るなど……アメリアがこの少年を側に置き、彼の世話をするなどと、決して受け入れられるはずがない。そんなことを認められるわけがない。


 それは騎士団の一員としてなのか、たった二日であったがアメリアの友人のように過ごしたあの日の自分のせいなのか、あるいはもっと別の感情なのか、彼自身にもよくわからなかった。


 けれどそのどれかが、あるいはその全てが、アメリアのしようとしていることを強く否定していることは事実だった。


「無理だよ。僕には聞けない。この子供は、警備隊に引き渡す」


 ライオネルは少しも引く気を見せず、アメリアを見据える。


 すると、さすがのアメリアも諦めたのか。悲しげに俯いて――再びペンを取った。


『そうよね、ごめんなさい。あなたの言うとおりよ。――でも、これだけは聞いてほしいの』

「……何?」

『首を絞められたことは誰にも言わないで。特に、ウィリアムには絶対に。心配をかけたくないの』

「……っ」


 その言葉に、ライオネルは目元を引きつらせた。

 小切手を突き付けられたときの、ウィリアムの不愉快極まりない態度を思い出したからだ。


 ――君は、あの男を本心から慕っているのか……?


 ふと、そんな疑問が湧き上がる。


 今のアメリアの態度から、彼女がウィリアムを想っていることは明白だった。


 けれどそれでも、ライオネルにはウィリアム・セシルという男のどこがいいのか理解できなかった。ルイスや自分に対するあの横柄な態度が、たとえ貴族として当然のことであるとしても、人間性を疑わざるを得なかった。


 だがそんなことを伝えるわけにもいかず、彼はしばらくの間沈黙する。そして、仕方なく頷いた。


「……わかった、約束する」


 すると、アメリアはようやく安堵の表情を見せた。

 その裏表のない微笑みに、ライオネルもほっと息をつく。


「ええと――じゃあ……そろそろドレスを整えようか。実は僕、君があまりに息苦しそうだったから……その……」

「……?」


 ライオネルの視線が、ゆっくりとアメリアの肩へ向けられる。


 その視線を追ったアメリアは、やっと自分があられもない姿であることに気が付いた。


「――っ!」


 これにはさすがのアメリアも顔を赤くする。するとそれに釣られて、ライオネルの顔が真っ赤に染まった。


「ご、ごめん! 僕、後ろを向いてるから……! ああ、でも、コルセットも緩めちゃったから、君だけじゃ直せないかもしれない」

「…………」

「やっぱり、誰か女性を呼んできた方がいいよね……。かと言って君を置いていくわけにもいかないし……誰か通ってくれるといいんだけど」


 そう言って、通りの様子をうかがうライオネル。


 するとそんな彼の腕をぐいっと引き寄せて、アメリアが唇を動かす。


『あなたが締めるのよ』――と。


 そのまさかの内容に、ライオネルの顔が真っ赤に染まる。


「なっ……なっ……何を……!」


 当然、ライオネルは断った。コルセットなんて締められないよ! ――と。


 けれどアメリアは承知しない。


『大丈夫。紐を引っ張るだけだから』

「……いや……だって……コルセットって……異性には見せないものだろう?」

『それを緩めたのはあなたでしょう?』

「……でも」

「――ね、お願い。こんな姿、他の誰にも見せられないわ」

「……っ」


 ここまで言われては観念するほかない。


 ライオネルは覚悟を決めて、アメリアの背後に回った。

 

 長い髪の隙間から覗く白いうなじに、どうしようもなく反応してしまいそうになる自身を押さえつけ、背中の紐に手を伸ばす。



「――いい? 締めるよ。少しでも苦しくなったら言ってね」


 アメリアは壁に両手を付き体重をかける。

 それを合図に、左右の紐を同時に引っ張るライオネル。


「……これぐらい?」


 首を横に振るアメリア。ライオネルは再び腕に力を込める。


「じゃあ……これでどう――かな」


 けれどアメリアは頷かない。


「ええ……もっと?」



 本来ならば脚を使って締めるもの。


 けれど異性の、ましてアメリアの夫でも恋人でもないライオネルには脚を使うなどという選択肢は存在せず――アメリアがいいと言うまで相当な時間を要したのは、言うまでもない。


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