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1.疾走


「――まったく!」


 ルイスは、アメリアを追って路地裏を駆け抜けていた。



 ウィリアムとアメリアを尾行していたハンナとルイスは、突然走り出したアメリアの姿を目撃していた。

 加えてルイスは、アメリアが走り出す直前に何を見ていたのかにも気付いていた。


 アメリアが見ていたもの――それは、一人の少年がスリを働くその瞬間。

 ルイスは、アメリアがそれを見た瞬間の、大きく見開かれた目を見逃さなかった。それは驚愕と、悲しみに満ちた瞳。――同時に路地裏に身を隠す少年、それを追うアメリア。


 そんなアメリアの行動にルイスは確信した。あの少年は、アメリアの知り合いなのだろうと。


「アメリア様は私が! あなたはウィリアム様と合流してください!」


 ルイスはハンナにそれだけ告げると、路地裏を駆け出した。



 けれどアメリアの足は予想以上に速かった。あの細い足でいったいどうしたらそんなに速く走れるのかというほどに。

 きっとアメリアはこの街をよく熟知しているのだ。どこをどう通ったらどこに繋がるのか――それ故迷いが無いのである。


 しかしそれはルイスとて同じこと。

 ではなぜルイスがアメリアに追いつけないのか。それはルイスの体力に理由があった。


 十五分ほど走ったところで、ルイスの速度が極端に落ちてくる。肩は大きく上下し、額から噴き出る大量の汗。――その顔色は、まるで病人のように青白い。

 それでも彼はしばらく走り続けたが、結局は足を止めざるを得なかった。


 これ以上走れば身体が持たない――そう悟った彼は、仕方なく体を壁に預ける。


「――は……っ」


 気付けば路地幅は細くなり、人がギリギリ行き違えるかどうかというほどになっていた。

 それに建物は高く、空は狭い。太陽の恩恵は少なからず受けられているが、それも今が真昼だからだ。少しでも日が傾けば、ここはすぐに暗闇に包まれるであろう。


「……最悪だな」


 ルイスは自分の動かなくなった足を睨むように見つめ、苦々しげに悪態をつく。

 それは誰に対してか――この状況に対しての言葉なのか。

 少なくとも、ルイスの眉間に寄せられた皺が強い苛立ちを表していることは確実だ。


「……べネスは……」


 ルイスは天を仰ぐ。――が、すぐに諦め顔を伏せた。

 このような狭い場所では、べネスは降りてこられない。


「せめて開けた場所があれば……」


 仕方なく、ルイスはゆっくりと歩き出す。

 けれどそんな都合のいい場所が簡単に見つかるはずもなく。


 そもそも、この辺りに開けた場所はないと記憶している。一度大通りへ戻らない限り、べネスを呼ぶことは不可能だろう。


「……仕方ない」


 ルイスは周囲をぐるりと見まわして、誰の気配もないことを確かめる。

 そしてゆっくりと目を閉じた。


 自身の視界を遮断し、どこか上空を飛んでいるはずのべネスに意識を集中する。べネスの意識に、自身の意識を介入し――その視界を自分のものとするのだ。



 そして次にルイスが目を開けたとき彼の瞳に映ったのは、スリの少年と対峙するアメリアの姿だった。


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