表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/111

2.カーラと兄と王太子(中編)


「絶対、諦めない」


 カーラは決意する。

 しかしその気持ちは、エドワードらの緊張感のない声によって(さえぎ)られた。


「――で? 結局相手は誰なんだ?」

「どこの家門? 美人か?」


 二人の問いに、カーラはより一層苛立ちを感じつつも――答える。


「……サウスウェル伯爵家の、アメリア様よ」


 すると、エドワードとブライアンはあからさまに驚いた。


「アメリアだって……?」

「まさか彼女がウィリアムの相手なのか⁉」

「いやいやさすがにそれは……。――え、本当にそうなの?」


 カーラの表情からそれが事実だと悟った二人は、釈然(しゃくぜん)としない様子である。

 そんな兄の顔を、カーラは交互に見上げた。


「アメリア様を……知っているの?」

「まぁ。知ってると言えば……知ってる、かな」

「ああ。彼女は有名だから」

「有名? 確かに、とてもお美しい方だったけれど」

「美しい? 確かに美人ではあるが……。そうか、お前は知らないんだな」

「彼女の噂……いや、あれは噂以上だ」

「噂って何ですの?」


 二人の様子から、あまり良くない噂ということは読み取れる。

 しかしいったいそれは何なのか。昨夜のアメリアしか知らないカーラには想像もつかない。


「いや……知らないなら知らないままでいた方がいい」


 エドワードはブライアンに目で合図を送る。


「そうだな。少なくともお前のその様子からすると、昨夜は大丈夫だったみたいだし……」

「いったいどういう意味ですの……?」


 ――自分には教えられないということだろうか。


 何かを隠している様子の二人に、カーラは苛立ちを募らせる。


「そういやウィリアムって、昔から女の趣味悪かったよな」

「あー。確かに言われてみると。やたら気の強い女とか、全然愛想のない女とかな」

「ほら、覚えてるか? お前、寄宿学校(パブリックスクール)でウィリアムが部屋で独りのときを狙って、高級娼婦をけしかけたことあっただろ」

「あぁ! あったあった。一晩200ルクスのいい女。それでもあいつは抱かなかったな」

「そうそう! あの女、十分も経たずに部屋から追い出された腹いせに、俺の顔を()ったんだぜ。お前と間違えて! とんだとばっちりだ!」

「ははっ、確かにあれは酷かったな。三日も痕が消えなくて、失恋したって噂になったっけ」

「笑い事じゃない! 父さん以外に()たれたのは後にも先にもあのときだけだ!」


 ――いったい何の話をしているのだ、この二人は。


 エドワードとブライアンの会話に、カーラの顔が怒りで赤く染まっていく。


 そしてその怒りが絶頂に達しようという――そのときだった。


「ほーお。お前たち、神聖な(まな)()でそんなことをしていたのか」


「クリスお兄さま!」

「げっ、兄さん」


 突如として聞こえてきた低い声に三人が同時に振り向けば、そこには険しい表情でこちらを睨む兄の姿がある。


「……いやぁ、兄さん。今のは言葉の(あや)というもので……」

「それに卒業してもう四年も経ってるし、今さら良いも悪いも……」


 双子は先の失言を誤魔化そうとするが、クリスに通用するはずもなく……。


「馬鹿者がッ! スペンサーの名を汚す気か、この恥曝(はじさら)しが! 少しはウィリアムを見習ったらどうなんだ‼」


 四人兄妹の長兄クリストファー・スペンサーは、ただでさえ鋭い目つきをさらに細め、エドワードとブライアンを怒鳴りつけた。


「お前たち、昨夜は夜会をすっぽかして何をしていた? 主催が不在の夜会など前代未聞だ!」


 クリスのただならぬ形相に、双子は頬を引きつらせる。


「やー、でも主催は父さんだし、あとは母さんと兄さんがいれば十分かなって。――な?」

「ああ。――で、でも俺は、本当は参加するつもりでいたんだ! けど……エドワードがどうしてもって言うから」

「なっ……違うだろ⁉ 最初に言い出したのはお前の方だろ⁉」

「でもその後やっぱりやめようって……明日にしようって俺は確かに言った!」

「はあ⁉ お前――ふざけるな!」

「そっちこそ、勝手に記憶改ざんするなよ!」


 二人の不毛な言い争いに、とうとうクリスはぶち切れる。


「いい加減にしろ! ウィリアムは昨夜婚約したぞ! お前たちもそろそろ身を固めたらどうだ!」


 まるで問い詰めるかのような口調でそう告げるクリス。

 けれどその言葉に反応したのは双子ではなく、妹カーラの方だった。


「クリスお兄さま、教えてください! ウィリアム様のお相手のアメリア様とは、いったいどのようなお方なのです!」


 彼女はクリスを見上げ懇願する。


「エド兄さまとブライアン兄さまが、アメリア様には良くない噂があるって。でも、それ以上教えてくれなくて。クリスお兄さまなら、知っているでしょう?」

「それを知ってどうする。ウィリアムに忠告でもする気か?」

「それは……内容次第ですわ」


 カーラはそう言いつつも、その言葉とは裏腹に躊躇(ためら)いがちに瞼を伏せる。

 そんな妹を、クリスは一瞥(いちべつ)した。


「カーラ、お前ももう十六だ。子供ではない。自分の品位を(おとし)めるようなことは考えるな。愛だの恋だのと、そんな不確かなものに(うつつ)を抜かすのは止めろ」

「……っ」


 兄のあまりにも冷たい言葉。そしてその憐れむような視線に、カーラはそれ以上何も言えずに押し黙るしかなかった。


 すると、エドワードとブライアンはそんな妹の姿を不憫(ふびん)に感じたのだろうか。カーラを庇うように兄クリスを睨みつける。


「兄さん、さすがにそれはないんじゃないか」

「ああ、言い方ってものがある」

「何だと? そもそもお前たちがそんな風に甘やかすから、カーラも分別(ふんべつ)が付かなくなるんだ。ウィリアムとて願い下げだろうな」

「な――、兄さん! 言っていいことと悪いことがあるだろう!」

「それ以上言ったら俺たちが許さないぞ!」


 二人はクリスを責めるが、けれどクリスは冷笑(れいしょう)するのみ。


「そういうことは一人前になってから言うんだな」


 馬鹿にするように吐き捨てて、弟らを飽きれた顔で見下ろすのだ。


 もはやエドワードとブライアンでは太刀打ち不可能な状況に思えた――そのときだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ