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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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『くつ』がなくては、どこにも行けないから

条件:「く」「ぐ」「つ」「づ」「っ」を使用してはならない

 興奮(こうふん)した様子(ようす)で、(はは)電話(でんわ)をかけてきた。()()である祖父(そふ)(いえ)(とびら)()いていたらしい。単身赴任中(たんしんふにんちゅう)(ちち)留守(るす)である。(いえ)()たとはいえ(おな)県内(けんない)()んでいる(わたし)電話(でんわ)してきたのはナイス判断(ないすはんだん)だ。


泥棒(どろぼう)がいるかもしれない。そちらに()かうから、(いえ)(なか)にひとりで(はい)ろうとしないで」


 (いそ)いで(いえ)()()した(わたし)も、意外(いがい)混乱(こんらん)していたらしい。スマホ(すまほ)()わりにエアコン(えあこん)リモコン(りもこん)をかばんに()れていた。本当(ほんとう)(なさ)けない。


 ひとまず(はほ)とともに二階(にかい)から部屋(へや)(なか)(たし)かめる。()()れから、お風呂場(ふろば)トイレ(といれ)まで。(ひさ)しぶりに雨戸(あまど)()けたせいで(おどろ)いたヤモリ(やもり)(わたし)足元(あしもと)(はし)りぬけ、(おも)わず悲鳴(ひめい)をあげる。散々(さんざん)大騒(おおさわ)ぎをしたにもかかわらず、泥棒(どろぼう)姿(すがた)(かげ)(かたち)もない。


 ()()とはいえ、電気(でんき)水道(すいどう)使用可能(しようかのう)だ。エアコン(えあこん)テレビ(てれび)なども祖父(そふ)()きていた(ころ)のまま。泥棒(どろぼう)ホームレス(ほおむれす)なら(ひそ)かにここに()むこともできたはずだし、家電(かでん)()()して()(はら)うこともできた。それなのにとりたてて被害(ひがい)がないのなら、やはり母自身(ははじしん)(かぎ)をかけ(わす)れたのではないだろうか。


 (かんが)()んだ(わたし)(となり)で、(はは)(ちい)さな(こえ)をあげた。(うら)()いていたゴム長(ごむなが)見当(みあ)たらないと()うのだ。いまどきのお洒落(しゃれ)なものとは(ちが)う、年代物(ねんだいもの)のずしりと(おも)ゴム長(ごむなが)


ゴム長(ごむなが)か。おじいちゃんが(うら)(はたけ)(よう)にしていた、あれのこと?」

「そうそう。時々(ときどき)、お(とう)さんも()いているの。どうせなら、(はたけ)様子(ようす)()にいこうかなと(かんが)えたところで(おも)()したのよ」

「わざわざ他人(たにん)(いえ)侵入(しんにゅう)して、中古(ちゅうこ)ゴム長(ごむなが)(ぬす)むとかどういうこと?」

「それ以外(いがい)履物(はきもの)は、処分(しょぶん)していたからかしら」

(なに)をうなずいているのよ。あら、これは」


 (あわ)てていたせいで見落(みお)としていたが、(ふる)びた十円紙幣(じゅうえんしへい)一枚(いちまい)(とびら)内側(うちがわ)ガムテープ(がむてえぷ)()られていた。


 さすがに現金派(げんきんは)()祖父(そふ)も、こんな年代物(ねんだいもの)紙幣(しへい)()(もの)はしていない。そもそもこれは、日常的(にちじょうてき)出回(でまわ)タイプ(たいぷ)のお(かね)ではないのだ。このお(かね)躊躇(ちゅうちょ)せず使用(しよう)できるのは、この時代(じだい)()きていたひとなのではないだろうか。


「この十円紙幣(じゅうえんしへい)、おじいちゃんのかしら?」

「いやあ、()(おぼ)えはないよ。そもそもおじいちゃんたちに(ふる)紙幣(しへい)記念硬貨(きねんこうか)収集(しゅうしゅう)する趣味(しゅみ)なんてないしね」

「そうよねえ」


 ぼろぼろの十円紙幣(じゅうえんしへい)()ていると、なんだか不思議(ふしぎ)気持(きも)ちになる。ゴム長(ごむなが)のお(だい)()いて、泥棒(どろぼう)もどきはどこへ()かうのだろうか。


「この絵柄(えがら)なら戦後(せんご)()られたものだから、泥棒(どろぼう)さんは兵隊(へいたい)さんじゃないのかしら?」

「……さあ? どうだろう? そもそも()きているんだか、()んでいるんだか」

履物(はきもの)がないと、あの()()かうのも(むずか)しいのかしらね」

「こんな面倒(めんどう)なことをせずとも、そのまま()いて()けばいいのに」

「たぶん、自分(じぶん)泥棒(どろぼう)じゃないと主張(しゅちょう)しているのよ」

「やり方が最初(さいしょ)から全部ダメ(ぜんぶだめ)でしょう。不法侵入(ふほうしんにゅう)した(あと)()われても(こま)るよ」


 (はは)(わたし)も、めいめいの(かんが)えを()べながら、(ねん)のため、(いえ)掃除(そうじ)をする。(いえ)(なか)には()がらないでおいたのか、あるいは幽霊(ゆうれい)だから(あし)がないのか。理由(りゆう)はわからないが、廊下(ろうか)(よご)れているということもない。正直(しょうじき)(しろ)いぞうきんが、(きたな)らしい(いろ)()わるだろうと想像(そうぞう)していたので、ひとまず(むね)()()ろした。


「まあ、こういうこともあるでしょ」

「かもね。とりあえず危険(きけん)がなさそうなら(なん)でもいいや」


 (あさ)電話(でんわ)とは(こと)なる、(おだ)やかな(はは)(こえ)耳鳴(みみな)りのような(せみ)(こえ)(ひび)いている、晩夏(ばんか)のある()出来事(できごと)だ。

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