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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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『ゆき』の思い出はただ赤く

条件「ゆ」「ゅ」「き」「ぎ」を使ってはならない。

 あのひとに出会(であ)ったのは、とある(なつ)昼下(ひるさ)がりだった。食事(しょくじ)をするために()かけたはずが、うっかり(かわ)()ちたのだ。


 (なつ)とはいえ、(かわ)(みず)はやはり(つめ)たい。徐々(じょじょ)体温(たいおん)(うば)われていく。必死(ひっし)身体(からだ)をばたつかせ、(かわ)から()ようと(こころ)みるものの、なかなか(おも)うようにはいかない。コンクリート(こんくりいと)(おお)われた(かわ)べりは想像(そうぞう)よりもはるかに(たか)く、もがけばもがくほど体力(たいりょく)(うば)われていく。もはやこれまでか。


 やっと(ひと)()ちしたところだったのに。(こい)()らず、()どもも()めないままで()ななければならないのか。自分(じぶん)のうかつさを(くや)しく(おも)っていると、不意(ふい)身体(からだ)(らく)になった。なんと、(わたし)身体(からだ)()かせるように(なが)(ぼう)()()まれているではないか。


大丈夫(だいじょうぶ)?」


 (わたし)(たす)けてくれたあのひとは、(おび)えさせまいと(おも)ったのか(やわら)らかく(やさ)しい(かお)でこちらを()ていた。ありがとうと(こた)えたつもりだったけれど、(のど)から()たのは可愛(かわい)らしさとは程遠(ほどとお)いだみ(ごえ)だったように(おも)う。それでも彼女(かのじょ)は、ほっとしたようによかったと(つぶや)いていた。


「とりあえず、日向(ひなた)身体(からだ)(かわ)かそうか」


 初対面(しょたいめん)のはずなのに、彼女(かのじょ)はごく自然(しぜん)(はな)しかけてくる。そのまま公園(こうえん)ベンチ(べんち)まで()れて()ってくれた彼女(かのじょ)は、(わたし)身体(からだ)(かわ)くまでそばにいてくれた。何時間(なんじかん)もかかるというのに、ただじっと(となり)(すわ)っていてくれたのだ。


 こんなに(やさ)しいひとを、(わたし)彼女以外(かのじょいがい)()らない。(はじ)めて彼女(かのじょ)(いだ)いた感情(かんじょう)をなんと表現(ひょうげん)すればいいのか。


 それから(わたし)は、(そと)()るたびに彼女(かのじょ)(さが)した。そもそも彼女(かのじょ)はあまり(そと)()ることがない。(そと)()ても()くのは固定(こてい)された(すう)(しょ)のみ。どうやら彼女(かのじょ)配偶者(はいぐうしゃ)とやらは、彼女(かのじょ)自分(じぶん)()らない場所(ばしょ)()かけることをよく(おも)っていないらしい。


 まったく(いや)(おとこ)だと(おも)う。自分(じぶん)彼女以外(かのじょいがい)(おんな)()(ある)いているくせに、(つがい)であるはずの彼女(かのじょ)のことは(かく)し、()()めてしまう。


 (わたし)(おとこ)のようにたくましければ、彼女(かのじょ)(まも)ってみせるのに。けれど、(わたし)彼女(かのじょ)から()れば(ちい)さく(よわ)存在(そんざい)で、(まも)るどころか(まも)られてしまう。その事実(じじつ)(なさ)けなくて、(わたし)はひとり歯噛(はが)みした。


 時間(じかん)はあっという()()っていく。


 ずっと彼女(かのじょ)(そば)にいたいのに、(さむ)さが(こた)える。このまま(はる)()つことは(むずか)しいだろう。


 そろそろ移動(いどう)しなければならないことはわかっていた。それでもこの(まち)(はな)れられなかったのは、()ごとに彼女(かのじょ)表情(ひょうじょう)(くら)くなっていっていたからだ。原因(げんいん)()わずもがな、彼女(かのじょ)(おっと)だ。彼女(かのじょ)()えれば()えるほど、女遊(おんなあそ)びは(ひど)くなるばかり。


 そして、(わす)れもしない運命(うんめい)()。あたり一面(いちめん)()(しろ)となったあの()彼女(かのじょ)(とお)場所(ばしょ)へと旅立(たびだ)ってしまったのだ。あんな(おとこ)なんて(ほう)っておけばよかったのに。あの(あざ)やかな(あか)(わたし)(けっ)して(わす)れない。


 階段(かいだん)から()ちていく彼女(かのじょ)()てしまった私は、()(まえ)事実(じじつ)()()れられずただ(さけ)(つづ)けた。そして混乱(こんらん)したまま窓ガラス(まとがらす)にぶつかって、あえなく(みじか)一生(いっしょう)()えたのである。そして、(なん)因果(いんが)(わたし)彼女(かのじょ)とともに()まれ()わった。今度(こんど)は、(とり)ではなく彼女(かのじょ)(おな)人間(にんげん)として。


 (うしな)ったはずの(ひかり)にもう一度出会(いちどであ)えたことを、感謝(かんしゃ)している。運命(うんめい)(あか)(いと)は、今回(こんかい)(わたし)彼女(かのじょ)(むす)んではくれなかったけれど、彼女(かのじょ)(しあわ)せを一番近(いちばんちか)くで見守(みまも)()位置(いち)()()れた。


 恋人(こいびと)(おっと)にはなれなくても、堂々(どうどう)彼女(かのじょ)のそばにいられることが(なに)より(うれ)しい。この(あたら)しい世界(せかい)で、(わたし)彼女(かのじょ)(しあわ)せのために(すす)んでいく。

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