惚れた病に『くすり』なし
条件「く」「ぐ」「す」「ず」「り」を使ってはならない。
「あんた、いい加減にしなさいよ」
「だから、わたしは絶対に大聖女になんかならないって言ってるじゃない」
国境沿いの山の中、今日もまた聖女と神官が言い合いをしていた。それを初めて見た村長たちはおろおろしているが、旅の同行者は慣れたもの。またやっていると笑いながら眺めるだけだ。
「やっとこさ、けじめがついたのよ。これであんたの憧れの王都に帰れるじゃない」
聖女は過去の結構なやらかしから、まれなる力を持ちつつ辺境での活動にいそしんでいた。国家を支える重要な任務ながら、重労働な上に地味なため誰もが敬遠していた仕事を全うしたことが評価されたのだ。
上昇志向の強さゆえに失敗した聖女だからこそ、機会があれば喜んで中央に戻るだろうと思っていた神官は、訳が分からないと訝しむ。
「自分が言ってたんじゃない。こんなど田舎の巡礼なんかもう勘弁してほしいって」
「あれから考えが変わったの。わたしは、一生、あんたたちと一緒にこの仕事をやるのよ!」
最先端の衣裳もお洒落なカフェもない、宿は洗練されているどころか、どこに行っても虫が出る。それなのにこれほどまでに頑固な態度をとるということは……。根っからの乙女思考な持ち主の神官は、にまにまと笑った。これはきっと恋に違いないと。
「へえ、なに。もしかして、アタシに惚れちゃった? やあねえ、確かにアタシは美人だけど。困っちゃうわ」
だから、軽い冗談だったのだ。自分を道化にして笑い飛ばそうと思っていたのに。
「うわあん、そうよ。あたしはあんたに惚れちゃったのよ。このあほんだら! 馬鹿殿下には騙されるし、次に恋に落ちた相手は女子なんて対象外のオネェ神官だし。もうやだあ。最低だよ」
ぽろぽろと聖女が涙をこぼした。野盗を相手にしても不敵な笑みを浮かべている神官がおろおろと焦ってしまった。
言葉に詰まるほど、動揺してしまっていたらしい。
「ごめんなさいね、からかってしまって」
泣き続ける聖女が、恨めしそうに神官を見つめている。
最初に出会ったときはどぎつい厚化粧だったのに、いつの間にかあどけない顔をあらわにした聖女。そんな彼女にはいつだって笑っていてほしいと不意に思う。
「アタシもあんたのこと嫌いじゃないわよ」
「仕事仲間とか友達としてとかじゃ、意味ないんだもん」
「あら、アタシは可愛いものに目がないだけで、男性が恋愛対象だとは言ってないんだけど?」
上に三人も姉がいるせいでマッチョな乙男に育ってしまった神官は、今日も大騒ぎしながら聖女と巡礼の旅を続けている。
こちらの作品は、短編「冤罪で獄死したはずが死に戻りました。大切な恩人を幸せにするため、壁の花はやめて悪役令嬢を演じさせていただきます。お覚悟はよろしくて?」(https://book1.adouzi.eu.org/n0283ii/)の聖女のその後です。単品でも楽しめますが、先にあちらを読むとより楽しんでもらえるかと思います。




