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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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『きぼう』は古びた小箱の奥底に

条件「き」「ぎ」「ほ」「ぼ」「ぽ」「う」「ぅ」を使ってはならない。

(ひめ)、お(むか)えにまいりました」


 突然(とつぜん)(にわ)からかけられた(こえ)()ちかけた建屋(たてや)でお(ちゃ)()んでいた(わたし)は、()けたティーカップ(てぃぃかっぷ)テーブル(てえぶる)におろした。


 どこから無理矢理(むりやり)(はい)りこんだのか、(おとこ)には枝葉(えだは)がからみついている。にわ()えていたハーブ(はあぶ)は、()(つぶ)されたにちがいない。


 地味(じみ)色合(いろあ)いの草花(くさばな)に、どれだけ(わたし)(すく)われたかなど、(かれ)らは(かんが)えもしない。ただ(おのれ)(ただ)しさを()りかざすだけ。


 (おとこ)が、(わたし)(まえ)にひざまずいた。こんな粗末(そまつ)()なりをした(わたし)などに(あたま)をさげるなんて、滑稽(こっけい)なこと。


「ああ、おいたわしや。(われ)らがお(むか)えにあがるのが(おそ)くなったばかりに……」


 ()ておかれるのは(しあわ)せな部類(ぶるい)なのではないかしら。(ころ)されずに()んだわけが、(こま)として(もち)いるためだったとしても。魔力無(まりょくな)しの穀潰(ごくつぶ)しと(はん)じられていたのだ、(いのち)をとられてもおかしくはなかった。


 無言(むごん)をつらぬく(わたし)に、(かれ)()()()した。


(ひめ)御手(みて)を」


 ()われるがまま、(かれ)()をとる。かつて(はは)が、(わたし)(つら)なる(おんな)たちが(おこな)ったそのままに。


 (ひめ)だなんて。まったく、いつ()られたのか。(わたし)(ちから)(かく)していることに。


 (はは)聖女(せいじょ)だった。神殿(しんでん)にて(あが)(たてまつ)られ、(おお)くの神官(しんかん)たちにかしずかれた。それがある()(かお)()らぬ金持(かねも)ちの(めかけ)におとされ、正妻(せいさい)によって毒殺(どくさつ)された。


 (はは)の、そのまた(はは)もまた聖女(せいじょ)だった。(あや)しげな(じゅつ)で、対立(たいりつ)する国々(くにぐに)混乱(こんらん)(おとしい)れた。お(やく)ごめんになった彼女(かのじょ)は、魔女(まじょ)として処刑(しょけい)され、遺体(いたい)野晒(のざら)しにされた。


 (わたし)はどちらの(みち)をたどるのか。


「さあ、(はや)く」


 (とお)くで悲鳴(ひめい)(ひび)いている。こちらをあおる(あつ)(かぜ)に、(かれ)らが一帯(いったい)()(はな)ったのだと()れた。


 (わたし)は、(いそ)いで戸棚(とだな)()けた。()()した小箱(こばこ)()にして(かれ)(まゆ)をよせる。


「たったひとつ(のこ)った(はは)形見(かたみ)なのです」


 まったくのでまかせをしおらしく()げる。瑠璃(るり)玻璃(はり)よりも、珊瑚(さんご)真珠(しんじゅ)よりも大切(たいせつ)なそれを、胸元(むなもと)にしまいこむ。これさえあればいい。これ以外(いがい)、いらない。


()のまわりが(はや)い。ご無礼(ぶれい)(ゆる)しを!」


 (わたし)(こた)えなど()つこともなく、(おとこ)(かた)(かつ)がれる。かどわかしもよいところだ。


 ひどい()れに()えられず、(わたし)(はじ)外聞(がいぶん)もなく(おとこ)にしがみついた。


 聖女(せいじょ)だの魔女(まじょ)だの馬鹿(ばか)らしい。(わたし)価値(かち)(わたし)()っていればそれでいい。


 「(しいた)げられた(あわ)れな聖女(せいじょ)」を()れて(かえ)れば、(かれ)出世(しゅっせ)するのかしら。あるいは、祖国(そこく)にとって、見逃(みのが)せないくらいの()となるのかしら。


 いずれにせよ、(わたし)には、関係(かんけい)のないこと。()われることは、(いま)までもこれからも(おな)じなのだから。


 ――ずいぶんと()せておられる――


 ――いかがすれば、心穏(こころおだや)かにお()ごしいただけるのか――


 (からだ)がふれあっているせいで、(かれ)(こえ)(なが)()んでくる。その(やさ)しさに()れたくなくて、(くちびる)をかんだ。


 (しん)じたところで、(くる)しむだけ。(ゆめ)など()ても仕方(しかた)がない。


 ああ、それでも。(いま)、この瞬間(しゅんかん)くらいは、(おとこ)言葉(ことば)(あま)さにひたってみるとするか。(そら)()(わた)(どり)が、わずかばかり(はね)(やす)めるのと(おな)じく。


 (かれ)体温(たいおん)は、意外(いがい)にも心地(ここち)よく、()(ゆだ)ねたくなる自分(じぶん)(なに)よりも(おそ)ろしかった。

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