『せかいへいわ』なんていらない
条件:「せ」「ぜ」「か」「が」「い」「ぃ」「へ」「べ」「わ」を使用してはならない
ハンサムで頭も良くてスポーツ万能、おまけに誰にでも気配りのできる勇徳くんは、同じクラスのあたしのことをすこぶる嫌ってると評判だ。落としたプリントを拾ってみても、授業で同じ班になってみても、あたしの前では押し黙ってしまう。みんなは、そんなあたしを気の毒そうにそっと見守るだけ。まあ、普通そんなもんだよね。
あたしは勇徳くんを横目で見つつ、少しだけ妄想してみる。あなたはこの世を守る勇者さま。それなのに高校になんて来てる理由は、「魔王」となりうる人間を見つけるため。勇者さまは巫女さまと協力して、悪の芽を摘むつもりなのだ。
なんてね。本当にぐずなあたし。中二病も、ここまで盛れたら、逆に素敵なんじゃ? そもそもさあ、地球上のあらゆる悪の根源は魔王なんて、正直ちょっと無理あるよね。魔王さえ死ねば悪人は自動的に消滅したり、正直者に化けるの? そんなことできたら魔法よね。
あたしは、目をつぶって昨日の夕食のハンバーグの味を反芻する。うん、今日も元気でご飯も進む。そうだ、あたしはまだ踏ん張れる。机の横であたしを待つ大きめのランチボックスを想像すれば、授業なんてよだれを垂らす間に、終了しちゃう。
あ、五限は何だったっけ。巾着袋とテキストを超特急で抱きしめて、あたしは教室を飛び出す。目指すは、グラウンドの隅の植え込み。なんちゃら飯よりはましだよね。
それなのに。踊り場の途中、突き飛ばされるような衝撃を受けて、そのままあたしは宙を舞った。
「真尾!」
不思議なほどゆっくり、あたしは後ろを振り向く。泣き出しそうな勇徳くんと、無表情にあたしを見下ろす聖さん。まったく、あたしってば何をやっちゃったの。
筆記用具よりも早く、ランチボックスは地面に叩きつけられる。蓋のゴムバンドも外れて、お箸と同時にタコさんとウサギさんは、ぴょんと外に逃げ出した。
どうして? ひっそりと、目立つことなく、ただ真面目に過ごしてるでしょう?
ああ、そうだ。お前たちはそうやって当たり前のようにひとを殺めるのだ。この世を守るためだとうそぶきおって。魔の生まれる理屈も知らぬ阿呆どもめ。何度やり直そうとも、結局同じこと。
あたしはできるだけ優しく微笑んで、ゆっくりと落ちてゆく。
恐れるな。次に目を開けた時、恐怖はあたしの友となる。




