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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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聖パトリックに『みどり』を捧ぐ

なまこさんこと、Gyo¥0-様に捧ぐ


条件:「み」「と」「り」「ど」「は」「ぱ」「ば」を使用してはならない

 一面(いちめん)翡翠色(ひすいいろ)()まった(まち)を、ただあてもなくそぞろ(ある)く。案内(あんない)してくれる予定(よてい)だった男性(だんせい)から(なん)連絡(れんらく)もなく、結局(けっきょく)()えずじまいだ。これが翠玉(すいぎょく)島風(しまふう)歓迎(かんげい)なのだろうか。まったくこの(くに)名高(なだか)さが、余計(よけい)にうらめしく(おも)えてしまう。


 せっかくだから、故郷(こきょう)(あそ)びにおいで。数年(すうねん)婚家(こんか)()った「彼女(かのじょ)」に(さそ)われて()たものの後悔(こうかい)だけがあふれてきた。(まち)出掛(でか)けてくる。そう()げたわたしに「彼女(かのじょ)」が()しつけてきた若草色(わかくさいろ)のワンピース。あなたのために用意(ようい)しておいたなんて()われても、センスの(ちが)いが致命的(ちめいてき)だ。その事実(じじつ)余計(よけい)にわたしを憂鬱(ゆううつ)にさせる。


 (にぎ)やかな音色(ねいろ)真夏(まなつ)草原(そうげん)(おも)()させる()にも(あざや)やかな色彩(しきさい)。ほらまたギネスビールを片手(かたて)にご機嫌(きげん)集団(しゅうだん)が、わたしの(よこ)(たの)しげに(わら)(ごえ)をあげる。


 ()()せる群衆(ぐんしゅう)にのまれ、()()なさに(あし)がふらついた。(きゅう)酸素(さんそ)(うす)くなったわけでもあるまいに、うまく(いき)()えなくなる。(あら)くなる呼吸(こきゅう)を、意識(いしき)して(おそ)くした。


 すべてが(おそ)ろしくあやふやだ。(うす)(まく)が、わたしからこの世界(せかい)(へだ)てているような。()(まぎ)らわせるために(つか)んだ自身(じしん)(ふく)(すそ)。それさえ本物(ほんもの)(さだ)かでない。(まよ)いこんだ路地裏(ろじうら)のすえた(にお)いに、(おも)わず(ちい)さくえずく。


 (うつく)しい「彼女(かのじょ)」。自由(じゆう)()似合(にあ)う「彼女(かのじょ)」。結婚(けっこん)し、やがて()()んだものの、「彼女(かのじょ)」の気性(きしょう)がそうそう()わるわけもなかった。「お(かあ)さん」。()()にそう()びかけられてなお(かお)をしかめていたくらいだ。異国(いこく)風習(ふうしゅう)嫌気(いやけ)がさし、(むすめ)()いて単身(たんしん)帰国(きこく)するその苛烈(かれつ)ささえ「彼女(かのじょ)」らしい。


 それでも、それがわかっていても、(くる)しかった。(へび)のように(から)んでくる苛立(いらだ)たしさに、また(くちびる)()む。


 中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)典型的(てんけいてき)日本人(にほんじん)ちち(よこ)にいても、わたしの外見(がいけん)悪目立(わるめだ)ちする。(ちち)再婚相手(さいこんあいて)、そして()まれた弟妹(ていまい)たち。(あたら)しい家庭(かてい)(なか)にいつまでたっても馴染(なじ)まない。馴染(なじ)めない。


 (あず)かってほしいって()われても、ガイジンじゃあねえ。困惑(こんわく)しつつ難色(なんしょく)(しめ)した父方(ちちかた)祖父母(そふぼ)(わる)いわけでもないのだ。(せま)田舎(いなか)厄介(やっかい)火種(ひだね)なんて()()まれたくないに(ちが)いない。


 「彼女(かのじょ)」の(いえ)()っても、結局(けっきょく)(おな)じ。日本(にほん)()まれ(そだ)ったわたしに、「彼女(かのじょ)」のような英語(えいご)(あつかえ)えるわけもない。学校(がっこう)英語(えいご)ですら()ちこぼれているのに、ネイティブ、それもこんなに(なま)っているだなんて。


 あなたって本当(マジ)でサムライなのね! 「彼女(かのじょ)」の姉妹(しまい)物言(ものい)いが(むね)()さる。要約(ようやく)するなら(ふる)くさい、そう(わら)われた日本(ニッポン)学校英語(がっこうえいご)(ちゅう)()かんだあの気持(きも)ち。あぶれ(もの)異邦人(いほうじん)(だれ)(よこ)にいても、息苦(いきぐる)しい。


 ()()老若男女(ろうにゃくなんにょ)()にした三色旗(さんしょくき)が、(かぜ)(ひるがえ)っている。シロツメクサなんて大嫌(だいきら)い。(なに)幸運(こううん)象徴(しょうちょう)だ。わたしの(おも)いに関係(かんけい)なく、行進(こうしん)(すす)んでゆく。


 (かれ)らの目的地(もくてきち)(おも)い、ため(いき)をつく。そこに(たたず)(うつく)しい教会(きょうかい)心惹(こころひ)かれるものの、(れつ)(くわ)わるなんておそれ(おお)かった。「彼女(かのじょ)」ならいざ知らず、かの(かた)奇跡(きせき)(しん)じているわけでもないわたしにその資格(しかく)なぞない。一体(いったい)(だれ)(いの)るのが(ただ)しいのか。それさえわからないのに。


 ()のせいだろうか、(かぜ)にあおられたワンピースが、シロツメクサの一片(いっぺん)にも()ているよう。(いの)るくらいならいっそ、わたしそのものを貴方(あなた)(ささ)げてしまえたなら。


 それでも(だれ)かの(やさ)しい()()しくて、ここにいても()いのだ、そう()ってもらいたくて、(そら)(あお)ぐ。いずこかに(にじ)()ていやしないか。(そら)()こうまでなんて()わない。(にじ)()っこに宝物(たからもの)(かく)している靴職人(くつしょくにん)妖精(ようせい)になら、わたしの(こえ)()こえるかもしれない。


 異国(いこく)にて陋巷(ろうこう)にさまよう。シャムロック(がら)(おお)きな帽子(ぼうし)()ぎ、金貨(きんか)チョコを()()んで、(ひそ)やかに(ねが)いを(ささや)いた。

・エメラルドの島(Emerald Isle)はアイルランドの別名。


・聖パトリックデーとは、アイルランドの祝日。(アイルランドにキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日)。ダブリンを始め、各地でパレードやミサ、イベントが行われる。


・聖パトリックデーでは、緑色が主役。ギネスビールでさえもこの日は緑色。三つ葉のクローバー(shamrock)を身につけたり、靴職人の妖精(おじさんの妖精とも)と親しまれるレプリカン(Leprechaun)の格好をしたりする。


・アイルランドに蛇はいないが、これも聖パトリックによるものと言われている。


・地域によっては、レプリカン トラップ(LeprechaunTrap)と呼ばれるものを前日に作る。レプリカン(Leprechaun)は、緑色、クローバー、金貨、虹が好き(虹の下に金貨をポットに入れて隠している)と言われているため、それを踏まえたトラップになる。

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