『こけもも』実る庭であなたと
この作品は、遥彼方様主催の「紅の秋」企画に参加しております。
条件:「こ」、「け」、「も」、「ご」、「げ」を用いてはならない。
長い髪を簡素に束ねた使用人は、主人のために庭で紅く澄んだ茶を準備する。本日のデザートは、今が旬の果実をふんだんに使った熱々のパイ。
恭しく引かれた椅子に優雅に座るのは、ただひとりの主。紅に彩られた瑞々しい唇が、焼菓子にかぶりつく。ゆっくりと、噛んで、味わって、やがて喉の奥へ。主人の赤い舌が、無造作に唇を舐める。まるで自身を咀嚼されるような感覚に使用人はうっとりと快感を覚えた。風がそんな下働きのスカートを翻す。
「まあ、なんて美味しそうな髪なのかしら」
一体どんな香りがするの。実の親にさえ疎まれた厭しい赤い髪に、躊躇いなく触れた白い指先。屈託無く笑う彼女に目を奪われてしまったのはいつの日だったか。捨てられた少年を、「私の可愛いお庭のベリーちゃん」と呼んで迎え入れてくれた麗しの女主人。ふっくらとした頬は、時を経てなお少女のように初々しい。
必要なのは、ただ愛しい主人のみ。彼女の側に居るためなら、たとえピエロのような姿であろうが構わない。己のすべてをどうか貴女に。そんな滾りをそっと隠して、女中姿の彼は小さく笑う。
かつての賑わいはなく、屋敷は寂れて久しい。しかしそれはまさしく彼の望み通りなのだ。他人の訪いなど途絶えてしまえばよい。ひなびた屋敷で主人とただ二人きり。それ以上の幸いがあるだろうか。ふわりと揺れる髪の長さは、彼が屋敷に来てからの年月に相当する。
歳を重ね、さらに我が主は美しくなる。柔らかな眼差しひとつで容易く多くの人を手玉にとってきた彼女は、きっと永遠の眠りにつくその日まで、自分を翻弄するに違いないのだ。ただ死に顔ばかりは独占できるであろう未来を描き、少年とは言い難い年となった彼は仄暗い笑みを浮かべた。ああ、いまや枯れ果てるのみの晩秋の木の実の紅さが目にしみる。
コケモモは、英語ではリンゴンベリー、カウベリーなどと呼ばれる。
白い小さな花を咲かせ、秋になると真っ赤な実をつける。
生食では酸味が強いため、ジャムやパイなどに使われることが多い。
国によっては、家庭の庭で一般的に見ることができる。




