いっそ世界から『ひと』など消えてしまったならば
この作品は、なななん様主催の「夏の涼」企画に参加しております。
条件:部首に「ひと」、「ひとやね」、「にんべん」を含む漢字を用いてはならない。
「世界を救いましょう。あなたのすべてを捧げてくれるならば」
唐突に現れた神とやらは、そんな世迷い言をのたまった。わたしにとって不幸だったのは、その男が本当に奇跡の力を披露したことだ。
この星はまさに滅びる寸前だった。相次ぐ異常気象、未知の病の蔓延、極めつけは巨大彗星の接近だ。
あいつは回避不可能と言われた彗星をぽんっと爆発させ、きらきらと降り注ぐ流星群に変えるとわたしに向かってプロポーズした。一切の生きとし生けるものに啓示を与えながら。何が、神に選ばれし幸運の花嫁だ。単なる生け贄じゃないか。
あの忌々しい男が指輪代わりにわたしにくれたのは、底も見えないような深い深い真っ暗な穴だった。わたしの返事が遅れるたびに穴は少しずつ広がっていく。やがて街を、世界を飲み込む大きな穴になるだろう。この穴をふさぐ方法はただひとつ、わたしがこの中に飛び込むこと。
「君が死ぬなんて嫌だ」と彼が泣きわめいてくれたなら。わたしは喜んであの穴に入っただろう。
「娘は死んでも渡さない」と両親が怒り狂ってくれたなら。やはりわたしは笑ってあの穴に身を投げただろう。
友が、勤め先の同期が、かつてのクラスメイトが、わたしを知る誰かしらが、わたしのために心を砕いてくれたなら。
けれど、引き留めてくれる言葉は誰からも与えられなかった。みんなが笑って心待ちにしている。わたしが死ぬのを。わたしが死んで、この世界に平和が戻るのを。
だからわたしは呼び出した。同じ贄になるのならば、わたしの望みを叶えてくれる相手とともにありたいから。
自称神よりもよほど紳士的な男は、わたしを見て少しばかり困っているようにも見える。そのままわたしの願いを聞くと、大層な望みだねと笑った。
「対価は?」
きらりと光る眼差しに射ぬかれ、その心地よさにわたしは微笑む。
「神様とやらが欲しがった女の魂と躰、なんてどうかしら」
こんな世界に未練などない。それでもどうしようもないくらいに愛しているから、みんな先に見送ってあげる。
あふれた雫は地面に落ちず、悪魔にそっと拭われた。
ひと「人」「从」「仄」「以」「來」「俎」など
ひとやね「介」「今」「令」「会」「企」「余」など
にんべん「優」「信」「体」「伝」「仲」「償」など




