『おばけ』なんていない
こちらは、アンリ様主催の企画「告白フェスタ」参加作品です。
条件:「お」「ば」「け」「は」「ぱ」「げ」を使用してはならない
「全然信じられないわ。あんなの絶対偽物よ!」
唇をとがらせた君に、腕をぎゅっと掴まれた。二人で見ていた夏らしいテレビの心霊特集。怖いのだろうか、背中ごとぺったり僕にくっついてくる君が好きだ。
「そうかな。幽霊がいた方が楽しいんじゃない?」
笑いながら答えてみると、君が心外だと言いたそうに僕に抗議してくる。
「やだやだ、ちゃんと成仏してくれないと困るんだから!」
だがしかし、頬を膨らませる美少女など、眼福以外のなにものでもない。つんつんとつつくと、小さく睨まれた。
「じゃあ、妖怪ならいいだろ。ほら、河……」
「隣の田中さん?!」
被せぎみに回答され、一瞬たじろぐ。そんな僕をよそに彼女がぴしっとベランダを指差した。
「勝手に仕切りを乗り越えて、人の家のベランダから笑ってきゅうりを持っていくようなギャルなんて大嫌いです!」
そうか、僕が作っていたベランダ菜園から、いつの間にかきゅうりが消えていたのってそういう理由だったのか。収穫できそうな実がことごとく消えているから、不思議だったんだよ。
「じゃあ猫又?」
「向かいの山田さんちのタマ姐のこと? この間、ご主人秘蔵のワインを頂いていたのを見られて危なかったって。でもそれにしたって、正直飲み過ぎだよね」
そういや、銀婚式に飲む予定のワインが消えたって山田さんち、ずいぶん騒いでたなあ。困惑気味でご主人が嫁さんをなだめていたんだったか。あの後、一体どうなったんだろう。
他所さまの仲を案じつつ、彼女の髪を撫でる。本当になんて可愛いんだろう。純粋で、隠す気があるのかわからないほどうっかり屋さんな君。
この時期クーラーが効いた部屋から一歩も出られないし、冬になったら凍えるような寒さの中をノースリーブで跳び回っている。いくら暑さに弱い設定でも無理があるだろ。
今も夏を見失いそうなくらいに寒い部屋の中で、君ときたらにこにこと特大アイスを食べている。僕なんてせめて熱々のラーメンで暖をとろうとしたのに、なぜか勝手に冷やしラーメンに変えられていたし。まったく電気代、大丈夫かな。
それでも楽しみに待っているんだよ。君の秘密をちゃんと僕に聞かせてくれる時がやってくるのを。
もじもじしながら、君が僕を見つめてきた。緊張しているのだろう。小さなため息の中で、ひとひらの雪が舞う。
「じゃあね、その、雪……ってどうかな?」
消え入りそうな震え声。うるうると涙目の上目づかいで聞いてくる君があんまりにも可愛いから、そのままぎゅっと抱き寄せて、柔らかな桃色の唇を食べてみる。




