エアストライク
とある艦内
艦内ではけたたましい警報音が鳴り続けていて、船体は衝撃と火災のような轟音と共に大きな音を立ててきしんでいた。
その艦内を中性的で色素の薄い髪をした少年がとても楽しそうに走っている。
彼はティオン・アルグスタスというアルフェリア帝国軍の飛行隊パイロットだ。
艦内を走っていると”航空機のような飛行物体”が艦の下部に係留されている格納庫と言える場所に着いた。
この航空機は彼らの世界のいわゆる”戦闘機”にあたる飛行ユニットで、見た目はSFやスチームパンクを感じさせるデザインだった。
ティオンはその飛行ユニットに飛び乗るとすぐに近くでパラシュートを背負って慌てる整備員に声を掛ける。
「おじさん、これ出せる?」
「えっ?...アルグスタスの御曹子か。できるがこの傾斜では離脱した時、艦にこするぞ?それにその機体はお前のじゃないだろ?!」
「関係ないよ。僕のは壊れているしこの機体のパイロットはさっきの攻撃でくたばっちゃってるからね」
ティオンはすぐにエンジンを始動させた。
動力が独特な音と唸りを上げと動き出す。
整備員はその様子を見て呆気にとられるもなぜか納得したような表情をのぞかせる。
「おじさん、アンカー外したらすぐに脱出したほうがいいよ。さっき見てきたけど今にも弾薬庫が誘爆しそうだった」
整備員はそれを聞いて、少しだけ戸惑ったが直ぐに係留装置に駆け寄りレバーに手を掛ける。
「どうせそうだろうと思っていた!」
「ありがとう!」
整備員がレバーを引いて係留装置を解除した。
すると整備員の指摘通り飛行ユニットは格納庫の端に機体を擦ったが傷がついただけで機体強度に影響が出るほどの損傷にはならなかった。
そしてティオンの乗った飛行ユニットは”空中軍艦”から落下していく。
ティオンが空中軍艦を見上げると黒煙を噴き上げて傾斜しており、乗員たちがチリジリに飛び出すように脱出してパラシュートで降下していっている。
艦は脱出してから数秒後に大爆発を起こした。
それを見届けたティオンは前を見て操縦席のスロットルレバーを引いて一気に加速を始めた。
大陸の沿岸地域の上空
アルフェリア帝国軍の空中艦隊が攻撃を受けていて、複数の艦が黒煙を噴き出して艦隊から脱落したり炎上墜落したりしていた。
その周りを飛行していたアルフェリア軍の飛行編隊の女性パイロットは不満と焦りのどちらともとれるような表情で動揺しながら飛行を続けていた。
「何なのよこれ?!これが攻撃だっていうの?!」
空中艦隊旗艦
ミリタリー好きの人なら戦艦というより巡洋艦だと思うような防火力の艦艇が旗艦を務めていた。
主砲も20cmレベルにとどまっていた。
恐らく浮力と重量の兼ね合いがあるのだろう。
艦橋には多数の高級将校たちが詰めていて、事態の推移に酷く困惑していた。
「報告。カファレル撃沈。アルフェリオス、ゼノトス大破、戦列から脱落しています」
「そうか」
艦隊司令官のグレゴリオ・アルグスタスは艦橋にいた誰もが動揺している中、ただ一人驚きもせず士官の報告に無表情で頷いていた。
「アルグスタス、貴様!これはどういうことだ?!」
そんな彼に噛みつく人物がいた。
「どういうことかとは、なぜ大損害を被ったかというですかな?クセナギス先遣部隊総司令官」
「一々癇に障る奴だ...。そうだ!わずか10分でまともな戦いにもならずに我々先遣艦隊の1割が戦闘不能になったのだぞ!艦隊司令官は貴様だろうが、この役立たずめ!」
「かもしれません。が、私はあくまで順当な戦術を試しただけです」
「た、試しただと?!」
「そうです。正直なところ奴らの攻撃機を見た時、予想を超えた攻撃を繰り出してくることは概ね予想していました。だから私は反対したはずです。奴らの警告を無視して進軍を強行すべきではないと」
「何だと?!私に非があるとでも言いたいのか?!」
「今は責任の所在を決めている場合ではありません、閣下。次に我々がとるべき行動を決裁していただきたい。進むか退くか、二つに一つです。私は専門家として退くことをお勧めしますが」
「...くぅ、私は誇り高き貴族軍人だ!退くなど...あってはならんことだ!」
「...では進むしかありません。ですがこのまま進み続ければおそらく我々は全滅します。確実に」
「...」
「ですからここは当初の目的である遠征から威力偵察に作戦変更してはいかがでしょうか?」
「威力偵察?」
「敵にちょっかいを出して実力を見極めるという戦術です。戦いにおいてまず敵を知ることは武人の基本でしょう。たとえこれで損害が出たとしても敵への対処法がわかれは次に相見えた時には今より優位に戦えるはずです。ならば遠征ができなかったとしても敵の情報を持ちかえれば派遣軍総司令のアーカス議員も納得し閣下を讃えてくださるでしょう。戦いに百戦百勝などないのですから」
「そうか、なるほど。うむ、そうするとしよう。」
クセナギス司令官は納得した表情を浮かべる。
「それとクセナギス司令官。本艦の被弾も十分あり得ます。司令官の負傷は避けるべきですのでここはいったん作戦室の方で待機してはいただけないでしょうか?艦橋は敵に狙われる恐れがありますので」
「それで大丈夫なのか?」
「状況は常に伝声管でお伝えします」
「わかった。では状況は逐一報告せよ。私は作戦室にいる」
そう言ってクセナギス司令官は取り巻きと共に艦橋を後にした。
それを見届けた副官の女性はグレゴリオに声を掛ける。
「よろしいのですか?」
「俺に馬鹿共のお守りをしろというのか?」
グレゴリオはいつも通りの冷めた表情で副官に返答し、会話を続ける。
「それとクレイル少佐」
「はい?」
副官の女性は返答する。
「カファレルの艦載機は発艦できていたかわかるか?」
「一部が轟沈前に発艦しているのが確認されています。...ティオン少尉がご心配なのですか?」
「違う。...全艦に伝えろ。艦隊を立て直す。駆逐艦を一隻救助に出し、制空隊を一度呼び戻せ」
「了解」
艦隊が陣形を再編し始めた。
艦隊は先ほどまで取っていた進路を変え、目的地に近づいては離れる艦隊運動を始めた。
アルフェリア軍航空隊
ティオンは飛行ユニットを操縦して味方の飛行編隊に近づいてきた。
彼は至近距離しか通信できないとても簡素で旧式な無線で飛行編隊のリーダーにあたる女性パイロットに話しかける。
「フォーラ、首尾はどう?」
「アルグスタス?!あんたの隊は待機中に攻撃を受けて発艦できなかったんじゃ?」
「まあいろいろあってさ。それより発艦したばかりで状況がわからないんだ。あれは敵の航空爆弾?対空戦闘も制空戦闘も全然見えなくてさ」
「それが...」
アメリカ北方軍暫定司令部
士官たちが管制のためのコンソールに配置され、その後ろで将官が話し合っていた。
「ストライクファルコン、バンザイアタック各機帰投します」
「管制機からの報告。偵察機が攻撃目標の飛行物体3機の内、1機の撃墜を確認」
「目標が変針します」
「奴さんは諦めたようだな」
「恐らくは。ドゥーロス軍の提供した情報に基づくと彼らはアルフェリア帝国と呼ばれる国家の軍ではないかと。偵察機が撮影した写真から軍艦旗を割り出しました」
「こうもこちらの呼びかけをことごとく無視してくるとなると、他の未知の勢力との接触も一筋縄では済まされそうにないな」
「しかし、彼らの進軍を止める方法がなかったとはいえいきなり撃墜となると対立は必至ですね」
「上には上の考えがあるんだろう。我々は命令通り今は迎撃するだけだ。誤解を解くタイミングは大統領が決めることだからな」
将官たちは視線をモニターに移す。
話の流れはこうだ。
アメリカはアメリカが存在する島に最も近い大陸へ軍を派遣して上陸を果たしていたのだ。
しかしその大陸の北部にはアルフェリア帝国も存在していた。
更にアルフェリア帝国も植民地を欲して大陸遠征に着手して南下を開始していたため、アメリカ軍とアルフェリア軍がかち合う形になる。
そして将軍たちの話の通り、初めは彼らの世界の通信符号による警告を行ったが無視されたため、不本意な形で接触しまうことになってしまったのだ。
「目標がまた変針します。海兵隊の橋頭保に対して近づいたり離れたりする動きを繰り返し始めました」
「何のつもりだ?」
「こちらを試しているのでは?」
「何のために?」
「それはわかりかねます」
「二次攻撃部隊の現在地は?」
「洋上です。会敵まで10分」
その頃、アメリカ空軍のF-16C戦闘機の飛行隊が空中艦隊に対して有効性を示したAGM-65マーベリック空対地ミサイルなどの爆装を抱えて沿岸付近の洋上を飛行していた。
アルフェリア軍航空隊
アルフェリア軍の制空部隊は高度を上げ続けていた。
その中の一人であるティオンはフォーラが話した敵の詳細について考えていた。
「空飛ぶ爆弾、か」
彼女の話では敵の航空機は10km以上離れた遠距離から追尾能力を持った高速で自立飛行する爆弾を飛ばしてきたらしい。
しかもその航空機はピケット任務に就いていた哨戒任務機の信号弾によって通報されたものの、防空隊が迎撃する時間すらない与えない速度で防衛網を突破、攻撃してそのまま離脱を許してしまうたらしい。
しかもかなり高い高度を飛んでいて何とか呼吸できる限界高度まで上がらないと敵機を補足できそうにないそうだ。
これらの断片的な情報だけでも自分たちの機体より高性能な航空機と兵装を有していると察した。
だがティオンにとってはそんなことより強敵と戦えることに対して楽しさを覚え、興奮が止まらない様子だった。
「どんな連中なんだろう、ワクワクしてしかたないなぁ」
だがここである発想が頭をよぎる。
―待てよ、船を追いかける爆弾があるなら戦闘機を追いかける爆弾や銃弾もあったりするのかな?
この発想は最悪の形で現実のものとなる。
「ん?」
ティオンは自身の類い稀な高い視力で遠方に陽炎のように揺らめく黒点が動いているのを視認した。
「来たようだね。見せてよ、君たちの実力ってやつをさ」
ティオンはまだ敵に気づいていない味方に合図を出す。
味方各機が間隔を開け戦闘態勢に入った。
しかし敵側のアメリカ空軍部隊はその前に戦闘を始めていたのだった。
敵機である黒点から白い筋が少し伸びた。
ティオンはそれが何かはわからなかったが、十数秒後に長細い中くらいの物体を一瞬だけ見かけるとそれが下方にいた味方機に命中して爆発して四散した。
ティオンには味方機の爆発と、もう一つ甲高い爆音の二つが短い時間差で聞こえる。
それを見たティオンは一瞬だけ「あっ」とした顔をするが慌てることはなく少し険しい表情をすると呟く。
「そういうことか」
ティオンはスロットルを全開にしてさらに高度を上げ始める。
「ちょっと、あんた、どこへ行く気?!」
フォーラはティオンを呼び止めるがお構いなしに飛び去る。
味方の編隊は敵の常識外れの長距離攻撃によって大混乱に陥った。
まだ敵との間合いは数kmあったはずなのだが、先の艦隊攻撃同様に飛翔する爆弾を戦闘機にも使ってくるとは流石に想像できなかったようだ。
一方のアメリカ空軍側は護衛役のF-16C戦闘機が搭載されたAIM-9Lサイドワインダー短距離空対空ミサイルを使用して視程内での戦闘を始めていた。
未知の戦闘機部隊がどの程度の物かを推し測るため、予想される性能を考慮したうえで敢えて短距離戦闘に出たのだった。
アルフェリア帝国などの世界で用いられているシテナロン機関を動力とする戦闘機は彼らの技術水準上、水平500km/hの速度を出すので精一杯だった。
これはアメリカ軍側の想定内の性能だった。
そのためF-16C戦闘機のパイロットはサイドワインダーミサイルを撃っては圧倒的な速度で一撃離脱するため一方的にアルフェリア軍機を撃墜した。
中にはアルフェリア軍の戦闘機が縦横無尽に機動して敵機の攻撃をかわそうとする者もいたがマッハ2.5で飛翔するミサイルは少し軌道修正するだけで命中しまう。
フォーラもF-16C戦闘機を追いかけようとするが一瞬で引き離される。
これでは捻り込みなどの空戦機動もあったものではない。
しかしそんな一方的な戦いの中で一機のアルフェリア軍機がF-16C戦闘機に肉薄しようとしていた。
「いやぁ、息苦しいし舵がとてつもなく重いや」
ティオンは酸素ボンベが無いにもかかわらず高度6000mまで上昇して一気に急降下をかけていた。
機体が風切りの振動でガタガタと唸る。
速度は800km/hを超え、機体強度の限界に到達しようかというところだ。
「いけるかな?」
ティオンは上昇と旋回で多少速度を落としていた敵機に狙いを定める。
あともう少しで機関銃をまぐれ当てできるかもしれない距離まで近づくが敵機に気づかれてしまった。
F-16C戦闘機のパイロットはスロットルを引き、スティック型の操縦桿を操作して機体を背面にするとすぐに降下する。
F-16Cは翼にベイパー雲を作りながら一瞬で音速を超えて衝撃波を轟かせながらティオンを引き離した。
「あちゃー、これはダメだね」
ティオンは敵機を見ながらそう呟く。
空中艦隊
一方の空中艦隊は対艦攻撃任務に就いたF-16C戦闘機が空戦空域とは別の方角から襲い掛かってきていた。
F-16C戦闘機のパイロットはコンソール右のモニターに映る艦艇にポインティングクロス(ミサイルシーカー自体の照準)を合わせるとモニターサイドを取り囲む無数のボタンを操作し、最終的にAGM-65マーベリックミサイルを発射する。
F-16Cの編隊は発射と同時に変針して艦隊から離れる。
艦隊は敵機に気づかなかったがF-16Cが発射したAGM-65マーベリックミサイルのモーター煙によってその存在にようやく気付いた。
「敵機発見!」
「来たか」
グレゴリオは敵機がいる方角を見る。
「距離、およそ18。対空砲の射程圏外です!」
「敵は先ほどと同様の飛翔爆弾を発射した模様!敵機、離脱していきます!」
士官たちが報告を続ける中でグレゴリオは短く完結した命令を下す。
「敵機は戻ってこない。飛翔爆弾の迎撃に全力を尽くせ」
艦隊はすぐに高射砲を指向させるが発射地点は高射砲の有効射程圏外であることが判明したため、反撃は諦めて敵が撃ち出した飛翔爆弾を迎撃するのに監視能力を振り向ける。
ミサイルようやく視認できたのは3km地点で着弾まで十数秒しかなかった。
高射砲は榴散弾のような砲弾を用いて各個に砲撃を始めるも全く命中弾を出せずに花火のような焼夷小弾の曳光が輝くだけだった。
機関砲もミサイルの発見と同時に弾幕も張られるがこちらもやはり命中弾を出すには至らなかった。
「総員、衝撃に備え!」
そしてミサイルはわずか数秒で遂に空中艦に命中する。
旗艦もミサイルが着弾し中破した。
着弾によって姿勢制御装置の一部が破壊され、艦はバランスを大きく崩した。
「艦を立て直せ!2番軸の出力を落せ!」
操艦を担当する兵士たちが怒号のようなやり取りをする中で損傷を受けていない残りの姿勢制御装置で艦のバランスを立て直すことに成功する。
4発のミサイルが命中し、1隻が墜落、3隻が中破、ないし大破した。
グレゴリは艦隊を見渡しす。
艦隊の様子は散々たるものだった。
彼は先ほどから全く表情を変えずずっと何かを考えているかのようで、しばらくしてから副官に指示を出す。
「クレイル少佐」
「はい」
「艦隊を撤収させる。要救助者を救助後、現空域を離脱する。クセナギス司令官への報告も含めてあとは任せる」
「承知しました。しかし敵が追撃してくる可能性が」
「恐らくそれはない」
「...わかりました」
グレゴリオは指示し終えるとまた何かを考えるかのように外の景色を見た。
アルフェリア軍航空隊
各機が所定の艦に収容されていく。
だが警戒のため一部が周辺空域を哨戒するためパトロールに出た。
夕暮れに照らされる雲の森をティオンとフォーラが2機で編隊を組んでパトロールしていた。
「まさかあんたと分隊を組むとはね」
「なんせ僕のチーム全滅しちゃったからね。一緒は嫌だった?」
「当然よ。誰があんたとなんか」
「まあまあ、そう怒んないでよ。どうせ僕の隊はまた再編成されるかもだし」
「ふん」
「...まだ敵のこと気にしてるの?」
「当たり前でしょ。あんな常識外れの連中をこれからも相手しなきゃいけないなんて、やってられるわけないでしょ」
「そうかもね」
「そうかもって。あんたは怖くないの?」
「どうして?あんなにすごいのが見られたんだよ。楽しくてしょうがないよ」
「...あんたはそういう奴だったわね」
「まあね」
「でもこっちの弱さを知って向こうから仕掛けてくるかもしれないから次はないかもしれないわよ。それでも怖くないの?」
「その時はその時だよ。それに僕の予想だとね、これから僕らは今日会った敵のことなんか気にしてられなくなるほど忙しくなるじゃないかって思うんだ」
「どういうこと?」
「じきにわかるよ。みんな悪だくみは大好きだからね」
フォーラは不満そうにティオンを見た。
しかしティオンはいつもおちゃらけて意味不明なことを言うが馬鹿ではない、むしろその逆だ。
きっとその頭の良さで何かを察しているのだとフォーラは考えた。
「...そうだ!」
「どうしたの、ティオン?」
「いやね、僕いったん帝国に戻ることにした」
「どうして?」
「彼らの戦闘機が欲しくなっちゃったんだ。決めた!」
「はぁ??」
フォーラは本気で呆れてしまったが、ティオンは自信満々にそう言った。
二人はその後も哨戒を続ける。
うーん、使い古されたネタです。
すいません。
この後かもう一話ほど話を進めた後でミャウシア戦役の中編の一部を先に始めたいと思います。
モチベーションとの兼ね合いもあるので。
本当にすいません。




