新しい流れ
<<バクーン陸軍施設の一角>>
ホメイニオ陸軍大将は電話をしていた。
「やってくれたな、ホメイニオ。お前は息子たちの中では一番賢いと思っていたがどうやら飛んだ大馬鹿者だったとはな」
「はて、なんのことですかな、父上?」
「ふん、国家反逆罪の罪は重いぞ。何を血迷ったか知らんが貴様は全ての座から解任されるのだ。国王からの勅命でな...」
「へぇ、ところで父上。今日の新聞各社の新聞各社から出された号外は見られましたかね?」
「貴様、とぼけるのもいい加減にしろ!」
将軍はガチャッっと電話を切る。
おっかなと言いたそうに太子はあざけていた。
<<首都の王宮>>
将軍はすぐに王宮に向かい国王と面会する。
謁見の間で将軍は語気を強めて言う。
「陛下。此度のホメイニオの越権行為の数々はご存知かとぞんております。この明らかな反逆行為は極めて重いと言わざる終えません。よってあやつには責任をとらせるため重罰を課したく思います」
「それには及ばん」
「....は?ち、父上、今なんと?」
「ホメイニオの件は保留に処し、現状の役職を全うさせるということだ」
「お待ちください!これは反逆ですぞ。そのようなものを野放しにしては...」
「モロク、これを見よ」
国王は新聞のようなものを持っていた。
それを控えのものが受取りモロク将軍に手渡す。
それを見た将軍は驚いた。
「こ、これは!」
それはこの国の号外の新聞だった。
新聞の一面は国軍司令官の国王に対する謀反の疑惑に関する記事だ。
中身はデタラメが多いが事実もいくつも織り交ぜられていた。
内容はまず地球人国家との多数の密約が国民に知らされていないことがあげられ、その次に国軍司令官のモロク将軍が中国との密約の中で金塊を受取り全て着服したというものだった。
その現場らしき写真が記事には掲載されていた。
最初の行の大半は事実だった。
密約は国民に知らされていない事項だった。
そしてモロク将軍の中国使節とのやり取りは国王に知らされていない事項でもあった。
これらの情報は普段から太子が張っていた諜報網に運良く引っかかったもので太子はそれを最大限利用しようとしていた。
当然ながらこの記事を国王が見たらモロク将軍が不審がるだろう。
そして記事は陰謀論に移る。
国王の在位は当分続きそうなこともあり、中国とのやり取りの窓口をになっているモロク将軍が中国と図って国王から権力を収奪するのではないかと記事は綴る。
これも前半は事実で後半は作り話だった。
次いで記事は中国の外交戦略の負の側面である債務の罠を取り上げていた。
地球という世界で中国がどんな国にどのような債務を課し、その結果どうなったのかが実例で掲載されていた。
最後に社説などが掲載されモロク将軍に対する批判ともとれる懐疑論が綴られている。
この情報の出処が太子なのは火を見るより明らかだった。
「モロクよ、中国との取り決め、わしにも秘密にしている案件がどれほどあるか申してみよ」
「い、いえ、そのようなものは」
「ではこの写真はなんだ?金塊とあるがそのようなもの、お主から聞いておらんぞ。国庫をお前の自由にさせた覚えはない」
「あれは礼金でして...」
「だから自分の取り分だと?ふん、愚か者め。今回の件、ホメイニオので過ぎたまねを咎めようと思っていたがお前の件も有る。貴様だけになれば図に乗るだろうて、よってホメイニオは罰しないこととする。それにだ、外を見よ」
国王は宮殿の窓を指差す。
将軍は少したじろぎながらバルコニーの扉を開ける。
そのバルコニーは首都の一番の高台にある宮殿から首都と海を一望できる場所だった。
問題はその海の水平線に見渡す限り単縦陣の多数の船団が見えていることだった。
それはミャウシア艦隊以外のグレースランド軍、ザイクス軍の艦隊だった。
当然その艦砲は首都市街に向けられていた。
「なっ...」
将軍はすぐにお供の下士官に駆け寄る。
「どうなっている?なぜ敵がここまで来ているんだ?海上砲台に連絡し、至急砲撃を開始させろ!」
「わしが命じて止めせた」
「陛下が?なぜ?」
「これ以上奴らを刺激するのは得策ではないと考えたからだ。先の海峡での戦いで地球人共の戦力が並外れたものだとわかった。恐らく海峡要塞で本格的な武力衝突になっていた場合、NATO軍が我が軍の艦隊を壊滅させ、海峡要塞も粉砕していた可能性も十分あったかもしれない。奴らは我々に裏切り行為に対する抗議として威嚇のつもりであれをやっているようだ。もし海峡で罠にハメられ、我が軍が壊滅したあとでここに来ていたのなら、あの艦隊は躊躇わずに撃ってきただろう。その点ではホメイニオの判断は結果として良かったわけだ」
「....」
将軍は何も言えなかった。
「よって今回の件はこれまでとする。中国という国のやり方についても再検討が必要なようでもあるでな、当分の間は奴らを刺激せずに事を運ぶ。ホメイニオのやつは頭が切れるようなので今後の国政に携わらせようかとも思ったがいかんせん扱いが難しそうだ。だから心配せんでもお前をどうこうするつもりはない。国民にはわしから談話を出す。わかったら下がれ」
「...はっ」
将軍は宮殿を後にするが頭は完全にカッとなって怒りでめまいまでしていた。
その頃グレースランド軍艦隊の旗艦に艦橋からエリザ王女がバクーン首都を双眼鏡で眺めていた。
「きれいな町並みねぇ。将軍、そろそろ艦隊を離脱させて結構よ。そのまま本国に帰還してちょうだい」
「はっ。ミャウシア海軍からの要請とは言え、こんな真似してよかったのですか?」
「ええ、約束だから。向こうで何が起きてるかはわからないけど、あの男が言うんだからそれでいいわ」
連合艦隊は首都沖合から離脱を始める。
<<ミャウシア艦隊旗艦>>
チェイナリンは割れた窓から夕暮れの水平線を見ていた。
内海とは言え面積は地中海の数倍はある巨大な海なのでミャウシア南部まで行くのにまだ時間はかかる。
その間にチェイナリンはやっておこうと思っていることが一つあった。
「中継の準備が完了したとのことです。全てのラジオ放送のチャンネル及び軍用のチャンネルで放送可能です」
士官がチェイナリンに伝達する。
チェイナリンはミャウシア人全てに放送を通じて自分たちの存在を訴える時が来た。
ミャウシア人は夜行性の気があるので夜の放送の方が効果がある。
しかもラジオ放送用いられる中波は夜間に電離層Dの消失で1000km以上の彼方まで放送が届くのでグレースランドから電波を飛ばすには都合がいい。
チェイナリンはおもむろに無線機を手に取る。
「準備はいい?」
海軍参謀長のベニャ中将が声をかける。
時間帯のせいかトラ模様の髪がいつもより強調されて見える。
「うん。少し不安だけど...」
「わかるわ。日陰者になって初めて気付いた」
中将はニャーガ族なのでミャウシア蜂起軍の中で立場が被差別民族化してしまっていた。
なので万年被差別民族のチェイナリンに共感していたのだ。
「でも、それでも伝えなきゃって気持ちが強く感じるから平気です。中将も上陸作戦の立案できっとそれどころじゃなくなります。だから一緒に頑張ってこの国を良くしましょ」
「そうね、お互い頑張りましょ。じゃあ、本番行くわよ」
「はい」
中将が下がる。
「3,2,1、どうぞ」
「皆さん、聞こえますか?私はミャウシア海軍幕僚のフニャン・ニャ・チェイナリンです。この放送を聞いている方はどうか家族、隣人、友人、多くの方に声をかけこの放送をお聴きいただけるようご協力ください」
猫耳の人々がどのチャンネルでも割り込むように流れ始めたラジオ放送に耳を傾け始める。
「私達は今、重大な危機に直面しています。
それはこの世界に導かれる前、世界大戦の中で国家存亡の危機に継いで起きた陸軍の一部によるクーデターが、私達多民族国家ミャウシアに埋めがたい民族間の亀裂と民族浄化をもたらしていることです。
ミャウシアの社会主義の理念はそれを防ぐ目的で打ち立てられた経緯があります。
ですがそれを守護するはずの軍は今、異国への侵攻を行っています。
それがクーデターを主導したタルル将軍の意に従わない者への仕打ちであることは皆さんが存じているかと思います。
きっと遠征が終わった頃には生き残っている将兵は少なく、その後でさえ更なる謀殺の憂き目に合うのは必定なのでしょう。
だから私達海軍はその狂気に満ちた流れを打ち砕くため立ち上がりました」
ニー参謀総長がいつものようにニコニコしながらラジオに耳を傾けていた。
一方タルル将軍はラジオを床に叩きつけ壊してしまっていた。
「現在海軍の主力艦隊は航海の途上にあります。
この放送を聞いているであろう連合国へ侵攻している派遣軍の将兵の皆さんに申し上げたい。
我々は皆さんを救援するためグレースランドの西海岸へ艦隊を向かわせています。
決して派遣軍の高級士官や将軍はタルル派が抑えているから反乱は無理だと諦めないでください。
一丸となれば皆さんを抑圧できるものなど決して存在しないのですから。
そして皆さんが協力し合えば弾圧と抑圧から祖国を開放することも可能なのです。
だから諦めないでください。
未来に絶望しないでください。
この争いで犠牲になった人々の死を無駄にしないためにも私達は戦い続けるべきなのです。
私達は必ず皆さんを迎えにあがり、祖国への帰還をお約束いたします」
前線で無線機やラジオに猫耳の将兵達が集まり聞きかじっていた。
ゥーニャ元書記長もレジスタンスメンバーと共にその放送を耳にする。
「そして申し上げなければならないことがもう一つあります。
私、フニャン・ニャ・チェイナリンは解放軍の代表の一人に指名されましたが、私はネニャンニャ族の一人です。
この放送を聞いている方は私に嫌悪感を抱くかと思います。
同じように私も、自信がありませんでした。
卑しい部族の小娘じゃないかと、言われるがまま自分でもそう思いこんでいました。
けどそれを受け入れたら一生私はそこから抜け出せないんだと思い至ったんです。
私にはやりたいことがあります。
それは誰でもいい、困っている人々を救いたいという意思でした。
そこに民族の違いなんて関係ありませんでした。
違いを作ってはいけないのです。
ミャウシアは多民族国家です。
悪意や狂気に立ち向かうため、我々に必要なのは団結であり、何にも代えがたい武器なのです。
我々が団結すればきっと巨悪を打ち破りこの苦難を乗り切ることが可能になりましょう。
皆さん、どうかそのことを心の留め置て欲しいのです」
ナナオウギがラジオに聞き入っていた。
「ついにここまで来たんだね、チェリン」
「星月の神々のお導きがあらんことを。
私達の混沌とした戦いの、その先を、どうか月夜で照らしてください。
私達が進む先に明日が見えるように」
放送はそこで終わった。
そのラジオ放送をとある女性が聞いていた。
「紡いだ人類の歴史に新しい流れを作ってくれそうな立派なお嬢さんね。彼女のような人が世界を形作るなら、ノアの箱舟であるこの星に生けるすべての命が永続していけるようになるのかもしれない。それこそが...」
女性はラジオを止めるとその場を後にした。
戦いは新たな段階に移る。
やりたかったこと一つ消化。
謎の女性の見た目は○万音○羽です。




