第四十話 聖女の嬌声
嘘を真実にするために嘘をつく。
そしてその嘘をさらに真実にするために嘘をつく。
今のミーフィアは泥船に乗せられた哀れな女。
真綿で首を絞められるような焦燥感、いつ真実が発覚するかも分からぬ恐怖。
コロナの復讐よりも、王国軍の者に対し警戒を強めていた。
そしてそれと共に彼女は『味方』が欲しかった。
自分のために動いてくれる者が…
「ねぇナグモくん?」
「な、なんですか、聖女様…?」
「ちょっと頼みたい事があるんだけど…」
天窓から入る月の光がミーフィア達を照らす。
今日は妙に月が明るく感じる。
そう思いながら外へと顔を向ける。
満月、どおりで明るいわけだ。
「一体なにを…?」
「コロナさんのことなの…」
コロナには強い確執がある。
全ての原因はノリンだが、その確執のせいでキルヴァも死んでしまった。
争いはしたくない。
それを解決するために協力してほしい。
ミーフィアはそう言った。
「だから、ナグモくんにコロナさんを探してほしいの…」
「ぼ、僕にですか?」
「ええ。『あなたにしか』頼めないことなの…」
そう言って肌を密着させるミーフィア。
互いの鼓動が聞こえるようなほどに。
「お願い…」
「し、しかし…僕には…」
ナグモの現在の最重要任務。
それは『聖女ミーフィアの調査』だ。
大将軍マルクからの直々の依頼であり、絶対に欠かすことのできぬ仕事。
「私はコロナさんと仲直りがしたいの…」
ナグモの手を取り、そう言うミーフィア。
そっと彼の耳元で呟く。
『またこんど、今日みたいに、しましょう』、と。
彼もそれを聞き考える。
ミーフィアのそばにいれば、自然と彼女の調査にもなる。
彼女の依頼を受け、ある程度情報を集める。
調査結果をマルクに伝えるのはその後。
情報が十分に集まった後でもいい。
むしろ中途半端な情報を伝えるよりはずっといい。
…と、自分に必死にそう言い聞かせた。
「わかりました。僕も協力します」
「ありがとう。嬉しいわ」
ミーフィアは早速ナグモにある依頼をした。
それはコロナの居場所を探ること。
ナグモには彼との仲直り、という理由を出したが実際は当然違う。
コロナの居場所さえ常につかんでおけばどうとでもなる。
革命軍との繋がりも証明できれば、まだミーフィアにも挽回の機会がある…
「そう言えば聖女様、明日は…」
「そうね、市民の皆さんの前での発表の日だったわね…」
今回の新聞の件に始まる一連の騒動。
それを城壁に特設された舞台から説明を行うというのだ。
そうでもしなければ、民衆の怒りは収まらない。
ミーフィアはそう考えたのだ。
一週間ほど前から通達を行い、演説を行うと伝えた。
かなり急ではあるが、このようなことは急いだ方がいい。
ただでさえ暴動直前にまで来ているのだから。
「明日が楽しみね。ふふふ…」
小さな笑みを浮かべるミーフィア。
これまでのように騙しぬいて見せる。
そう考えているのだろう。
ナグモと一旦別れ、明日に向けて就寝。
そして一夜はあっという間にあけた。
王城の門の前の広場には多くの人々が集まっていた。
あの新聞がどれほどの反響を呼んだのか、それだけでも理解できる。
国側の衛兵も配置されているが、あくまで少量。
今回はあの新聞の一件が嘘であると言うことの証明のための演説だ。
大量の衛兵を配置したのでは、力ずくで事実を捻じ曲げに来た、とおもわれてもおかしくは無い。
今はとにかく、下手にでること。
ミーフィアはそれを優先した。
「さてと…」
人前に出るため、いつも以上に服飾には気を使った。
装飾過多でも民衆の怒りを買うだけ。
逆に質素すぎてもいけない。
その中間を見極め、最低限の装飾の身なりに整える。
以前カケスギから受けた傷。
治癒魔法により、既にほぼ完治していた。
だが、あえて包帯を巻いて出ることにした。
「聖女様、手のお怪我は…」
「いいのよ、別に」
手の怪我を心配した使用人の少女に対してそう言うミーフィア。
手に包帯を巻き怪我をしていれば多少は同情心を引ける
そう考えたのだ。
「よし…」
そう言って城壁の上に作られた舞台の上に立つミーフィア。
この位置からなら集まった民衆を一目で見下ろすことができる。
舞台に現れたミーフィアに声をあげる民衆たち。
しかしその中には、野次を飛ばす者達も多く居た。
「聖女のミーフィアだ!」
「何が聖女だふざけやがって!」
「すましやがって偉そうに!」
そんな野次を無視し、ミーフィアが場をなだめる。
あの新聞がばら撒かれたとはいえ、まだある程度は聖女の威光が通じる。
そして場が静かになったことを確認し、演説を始めた。
あの新聞が偽りであること。
それを説明する言葉を…
「最近、城下町に奇妙な新聞が流通していることは知っています。しかし、そこに書かれた内容は偽りです」
新聞に書かれていることは偽りであることをまず説明した。
あの晒し首は本物のキルヴァでは無く偽物であること。
かつての仲間は殺されたのではなく、あくまで名誉の戦死だったこと。
そして『本物の勇者キルヴァ』とその婚約者の『ノリン』は別の国に遠征しているということ。
「現在、勇者キルヴァは西の大陸で魔王軍と交戦しています」
海を越えた西の大陸。
そこにある大国では現在も魔王軍と現地の軍が戦争を繰り広げている。
これはミーフィアの作り話では無く、事実だ。
勇者キルヴァとノリンはその戦いに加勢に行った。
ミーフィアはそう説明した。
自身は怪我を負い戻ってきたのだ、と付け加えて。
「あの新聞は単なるデマ、晒し首はとても悪質なイタズラです!」
あえて声を荒げてミーフィアは言う。
人々を扇動するのは得意だ。
何も知らない相手だからか、オーバーリアクション気味に語る。
若干演技掛かった、役者のような喋り。
ジェスチャーなどを織り交ぜ、感情を込めて話す。
「勇者キルヴァは今も大陸で戦っているのです!」
ちなみに、今ミーフィアが語っているのは『国民向け』の内容だ。
全てをノリンの所為にした『国の内部向け』とは意図的に内容を変えてある。
この内容ならばうまくヘイトを分散することができる。
そしてある程度年月がたってから、大陸の戦いでキルヴァとノリンが死んだという風に発表。
そうすればうまくおさめられる…はずだった。
「ふざけるな!そんな説明じゃあ納得できないぞ!」
そのミーフィアの一連の演説。
その言葉に異議を唱える者がいた。
過激派、シンバー・ホーンズ。
その人だ。
「何が説明だ!ただ自分たちの都合のいいような説明をしてるだけじゃねぇか!ふざけるな!」
農具の中に偽装してしまってあったトライデント。
それを取り出すシンバー。
城壁の上の舞台からそれを眺めるミーフィア。
シンバーの登場に警戒を強める衛兵。
一触即発か…?
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