第十九話 裏切り者のノリン(前編)
ノリンとの戦い。
前編、後編に分かれます。
やっとこの時が来る。
そう思いながらコロナは待っていた。
この洋館の廃墟、その庭先で。
物思いにふけりながら、憎き敵が来るのを静かに待つ。
夜空を照らす月。
それ以外の明かりは無い。
「そろそろ時間だな…」
コロナの言葉と共に、夜の闇の中からこの地に一人の少女が現れた。
律儀にもコロナの視線の先から現れるというおまけつきだ。
この時間に全く関係のない人物がこの場に現れるはずもない。
そして、彼女の持つ殺気。
間違いない、ノリンだ。
「来たか…」
ゆっくりと、しかし確実にこちらへと歩み寄ってくる。
一見その歩みは隙だらけのようにも見える。
だが、実際はそうではない。
例え攻撃を受けたとしてもすぐに受け流し、戦闘態勢をとれるようにしている。
「来たわよ」
目の前にまでやってきたノリン。
彼女に対しコロナが言った。
しかし当のノリン本人は…
「久しぶりねコロナ。元気だった?」
「…おかげさまでな」
「…何か怒ってる?」
「いや別に、なにも」
もちろん、コロナの言ったこの言葉は嘘だ。
もし、本当のことを言えば自制心が効かなくなってしまう。
戦いのセオリーを無視し、彼女にデタラメに襲いかかってしまうかもしれない。
そうなれば返り討ちにされる可能性も高まる。
ここは堪えた。
「もしかして三年前のこと?」
「いや」
「あ、あれは違うのよ!キルヴァの奴に脅されて仕方なく…」
そう言いながら、彼女はコロナに気付かれぬよう少しずつ足を近づけていく。
少しずつ。確実に。
攻撃可能範囲に入ったその直後、即座に攻撃をするために。
「ノリン、お前しか来ていないのか?」
「ええ。まぁ…ねッ!」
その言葉と共にコロナの首を目がけて剣を抜き切り裂くノリン。
だがその攻撃は防がれた。
コロナが後ろへと大きく逸れて避けたのだ。
そしてそのまま体制を立て直し、構えをとる。
「最初から信用なんかしていないさ」
「…それが幼馴染のあたしに言う言葉?」
「オレを殺そうとした奴に言われたくは無いな」
そう言ってノリンを睨み返すコロナ。
それを見た彼女は思った。
三年前のコロナでは無い、と。
「随分変わったみたいねコロナ」
「お互いになノリン」
旅に出たあの日から…
いや、初めて会ったあの時から。
二人はずっと遠い所へ来てしまった。
もはや昔に戻ることはできない。
絶対に。
「ああコロナ。昔はあんなに小さくてかわいかったのに…」
「お前もな」
「弱虫で、すこし頼りなくて、女の子みたいに小さくて…」
互いに昔の姿がその身に重なる。
もう戻れぬ過去のことだ。
そんなものはいらない。
「ねぇ、コロナ」
「なんだ」
「もしアンタがその気なら、またあたし達と一緒に来ない?」
「は?」
突然のノリンからの提案。
その言葉に困惑を隠しきれぬコロナ。
しかしその提案は最悪な物だった。
「改心するっていうのなら、下働きとして雇ってあげてもいいけど。昔のようにはいかないけどね」
「いや、遠慮しておくよ」
「そう。残念ね…」
挑発を込めたノリンの言葉を軽く受け流すコロナ。
意外とポジティブな性格らしく今の言葉を気にも留めてはいないようだった。
こればかりは意外だったため、内心驚くノリン。
そして彼女は辺りを軽く見まわす。
「あの東洋人はいないみたい。まぁそっちから決闘って言ってきたんだから当然ね」
「カケスギのことか。キルヴァのヤツから聞いたか?」
「ええ。まぁね!」
その言葉と共に再び斬りかかるノリン。
戦いは始まった。
ノリンのスモールソードから放たれる斬撃。
それに注意を払いつつその攻撃を避ける。
そして正面からの攻撃を繰り出すコロナ。
今の彼は剣を持っていない。
使うのは…
「武器を何も持って無いの!?それでどうやって…」
「武器ならあるさ」
その彼の言葉と共に、ノリンの腹に強烈な一撃が入る。
この三年間、デスバトルで鍛えたこの身体。
そしてそれを最大限に生かすためのこの装備。
重い鉄板を入れたブーツ。
金属製の籠手とナックルダスター。
腕を護るための肩当。
「この身体さえあれば十分だ」
「ぐぅッ…!」
そう言って一旦距離をとるノリン。
近距離戦はまずい、そう判断したのだろう。
スモールソードを構え直し、コロナからの攻撃に備える。
「ノリン、最後に一つ聞きたいことがある」
「最後って…」
「なぜオレを裏切った?」
「そんなの決まってるでしょ。キルヴァの方がアンタより魅力的だったからよ」
それからノリンは嫌というほどキルヴァについて語り出した。
金も地位もあり安定した将来を約束してくれる。
もう二度と昔のような生活をしなくてすむ。
彼の愛も受けられる。
優しく、安定して、快感を与えてくれる強い愛を。
幼馴染のコロナよりもずっといい、そう言った。
「コロナ、アンタはねぇ、このあたしが幸せになるための当て馬に過ぎないのよーッ!」
「なんだと!?ふざけやがって!」
「くふふ、さっきは油断したけど今度はそうはいかないわよ」
手刀から放たれる無数の衝撃波。
それでノリンを攻めるコロナ。
だが剣の一振りですべてがかき消され、衝撃波は全て無に帰した。
そしてそれと共に、彼女はある魔法を使った。
「『雷撃』!」
「うおッ!」
雷撃の魔法。
三年前のノリンが最も得意としていた魔法だ。
なんとか避けるコロナ。
コロナが致命の一撃を与えるためには攻撃射程内に入ることが前提となる。
だがノリンは違う。
コロナの攻撃射程外からの雷撃による遠距離攻撃が可能なのだ。
「三年前、貴方が褒めてくれたよね。この魔法」
「そうだったかな…?」
「一緒に特訓もしたよね!」
雷撃魔法と共にノリンが突進してくる。
剣を振り下ろし彼の身体を切り裂く。
僅かに外したものの、左腕を傷つけることができた。
剣がコロナの血で染まった。
三年前のあの時の様に。
「くッ…」
「三年前、『コロナ』と一緒に特訓したこの技で、貴方を始末できるなんてね」
「ちッ!」
「やっぱりキルヴァがわざわざ来なくてもよかったみたいね」
三年前のあの時からパワーバランスは変わっていない。
それをノリンは確信した。
雷撃魔法を彼に浴びせ続けるノリン。
どれだけ強くなろうともこちら側の方が強い、と。
いくら見た目が変わろうとも…
いくら成長しようとも…
中身は三年前のあの泣き虫のコロナでしかない。
そう考えた。
だが…
「それは…どうかなッ?」
雷撃を切り裂きながらノリンへ突進するコロナ。
多少のダメージなど最初から覚悟の上。
一気に距離を詰め彼女を廃墟の壁に叩きつけた。
この攻撃はさすがのノリンも予想外だった。
対抗手段が追いつかず、そのまま壁に叩きつけられるノリン。
「くッ…そぉ!」
「よし、次は…」
「ま、まずい!」
コロナが技の構えに入る途中だった。
一旦、高速移動でその場から離脱するノリン。
態勢を立て直すつまりだろう。
急いでコロナもその後を追う。
廃墟と化した屋敷の中にその姿を隠しつつ、互いに様子をうかがう。
ノリンは、探しに来たコロナを待ち伏せして攻撃をする気だろう。
「…来るか!」
「当然よ!」
屋敷の廃墟の壁を突き破り、ノリンがコロナに襲い掛かった。
それを避け反撃に転じようとコロナが体勢をとる。
しかし、それと同時に再びノリンは別の部屋へと姿を隠した。
壁の裏をゆっくりと移動しているらしく、次はどこから現れるのかが分からない。
「なるほど、考えたな」
ノリンは魔法により遠距離攻撃が使える。
そしてこの『廃墟』という地形。
一見すると、この戦いはコロナにとって圧倒的に不利。
非常に戦いにくい条件が重なり過ぎているように見える。
しかし…
「次はどこからくる?右か、左か…?」
「上よぉ!」
ノリンが屋敷の廃墟の上階からコロナに飛び掛かった。
だが。コロナにとってこの攻撃を避けるのは容易いこと。
しかし、たとえ避けたとしても再びノリンは屋敷の廃墟を隠れ蓑にして攻撃を続けるだろう。
「上か!?」
地を蹴り、宙にいるノリンに向かいコロナが飛び掛かった。
空中ならば互いに自由は効かない。
相手の攻撃も受けることになるが、自身の攻撃も確実に当てることが出来る。
だが、コロナが攻撃態勢を取ったその瞬間だった。
ノリンがコロナに向け攻撃を放った。
「な…にッ!?」
首を捻りギリギリのところで避けることが出来た
そのせいでコロナの拳の構えに乱れが生じてしまう。
だが中断すれば攻撃の的となる。
二人がほぼ同時に空中で攻撃を放ち、その後地面に降り立つ。
「う、うぅ…」
「当たったか」
「外れてるわよ、バカッ…」
「だが、効いている」
コロナの攻撃は外れた。
だがその際に発生した衝撃波と真空波。
それが、ノリンの左半身に大きなダメージを与えた。
そのダメージを受けた箇所からノリンの魔力が漏れ出す。
恐らくこのまま持久戦に持ち込めば魔力切れになる。
地味ではあるが、コロナが勝利できるだろう。
「これで…」
止めを刺すべくコロナが再び攻撃の構えを取る。
だがそれよりも一歩速く、ノリンは動いた。
ショートソードを引き抜き、コロナに斬りかかった!
「この…大人しく死ね!」
剣を振り下ろすノリン。
この剣の切れ味ならば、コロナなどその勢いのまま抹殺できる。
…はずだった。
「…え?」
ノリンの予想は完全に外れた。
今、彼女の目の前にあるのは両断されコロナの死体などでは無い。
あったのは…
「剣が…折れた…?」
真っ二つに折れた剣、そして剣を受け止めたコロナの籠手。
その籠手の下に重ねられていたもの。
それは魔物の外殻だった。
以前カケスギと共に戦った大型肉食獣型魔物の外殻。
それを密かに回収していたコロナ。
彼が万が一のために籠手の下に仕込んでいたのだ。
「けどまだ魔法が…」
「させるか!」
コロナが最後の一撃と言わんばかりに拳を振りおろす。
そしてノリンの腹に衝撃波を放ったのだ。
不意の一撃だ、避けられるわけが無い。
「なに…グェ!?」
ノリンは数メートル吹き飛び、廃墟の壁を突き破った。
そしてその勢いのまま、彼女はある場所へと落下した。
それは、今は使われていない水路だった。
そしてその衝撃で瓦礫が崩落。
その下に彼女は埋まってしまった。
「あ、足が…」
足が挟まり完全に身動きが取れなくなる。
動けない。
このままではコロナに殺される…!
だが、抜こうと思っても抜けない。
彼女の思考を絶望が支配した。
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