第十四話 倒せ、藩将コーリアス
リブフートへと向かうコロナ一行。
そしてキルヴァたち勇者パーティ。
動き出したギアはもう止まらない。
市将ラナヒスが倒されて数日が過ぎた。
町はパニックになったものの、すぐに代替の将が就任。
平静を取り戻した。
皮肉なことに、ラナヒスの統治の時よりも治安などは良くなっているらしい。
そんな中…
「ふふふ…」
市将ラナヒスが納めていた町から離れた別の街。
その小さなのカフェの店先のテーブル。
コロナとキルヴァ、その二つの勢力。
それらを暗示するカード。
それを広げ眺めているのは、あの黒魔術師の少女だった。
「まずは二枚…」
そのテーブルの上にカードをさらに広げる。
客が大勢いるとただの迷惑行為でしかないが、今は昼過ぎ。
カフェには遅い昼食をとりに来た数人の客しかいなかった。
「勇者サマ、聖女サマ、幼馴染ちゃん…」
「元護人くん、サムライのバカ、荷物持ちちゃん…」
いつもの黒いローブは、昼に着ると単なる不審者にしか見えない。
そのため珍しく私服で行動していた。
ガレフスの屋敷にいた時に来ていたものと同じ服だ。
それぞれキルヴァとコロナたちを指し示すカード。
占いに使うそれをさらにめくっていく。
「マジメな騎士様、変な女騎士様…」
「革命家、聞屋…」
その手に宿すカードを山札におく。
山札からカードを一枚ずつ引く。
そしてそれぞれ二つの勢力に分かれるように配置する。
バランスはいい。
調和のとれた組み合わせ。
しかし…
「ん?」
次に引いたカード。
それは藩将と市将のカード。
数が多く、状況によっては暗示の邪魔になる。
市将のカードが表わしているのは、以前倒したラナヒス。
つまりこれはトラッシュしていい。
しかし…
「邪魔なカード…!」
この山札には藩将と市将の暗示のカードはほとんど入っていない。
それがピンポイントで来るとは…
「仕方ない、取り除くしかないか」
そう言いながら立ち上がり、勘定を済ませる。
と、その時…
「待て」
「なに?わたしに何か用ですか~?」
普段は使わぬような、年相応の言葉で答える黒魔術師の少女。
黒魔術師の少女を呼んだのは、この街を納める藩将だった。
その彼の名を『コーリアス』という。
他の藩将や市将とは違い、細身の優男風の見た目をしている。
その身に纏った魔力からして、恐らく魔術の使い手だ。
「藩将ガレフス、そして市将ラナヒスの件について尋ねたいことがある」
「…ごまかしは効かなさそうだね」
「独自に調べさせてもらったよ。あなたを捕縛する」
「独自?他の人は知らないの?」
「まだ、な…」
そう言って足を進めたのはコーリアス。
持っていた魔法杖を掲げ、立ちはだかる黒魔術師の少女の前に出る。
「ラナヒスとガレフスをやったのは貴様だな」
「なら話が早いね」
コーリアスもこのまま彼女を大人しく捕縛できるとは思っていない。
黒魔術師の少女も、このまま素通りできるとは思ってもいない。
二人が考えることは同じ。
戦わなければ、進めない…!
「場所を変えるぞ」
「…そうだね」
周囲に危害が及ぶとまずい。
少女もそこは弁えているようだった。
裏路地を抜け、開けた空き地へと移動する。
障害物も何もない街の外の何もない土地。
人の流れも無く誰にも見られない。
「ここでいいだろう。人通りもほとんど無い」
「まあね」
そう言って身に纏っていた服を脱ぎ棄てる少女。
風に靡く緑色の髪。
病的なまでに白い透き通るような肌。
光に照らされ輝く薄い緑色の髪。
夜の闇の様に黒いローブ。
「私服が汚れるのは嫌だからね」
「この魔力の波動、まさかとは思ったがやはり…」
危険な魔法と体術を使う危険な少女。
それがまさかこんなところで出会うとは思いもよらなかった。
そう思うコーリアス。
「アナタの首を取らせてもらうよ」
コーリアスに対しそう挑発する黒魔術師の少女。
しかしそんな挑発に乗るコーリアスではない。
冷静に魔法杖を構え、互いに距離を取る。
その距離約十メートル。
準備はできた、どちらも勝負にすぐ移ることが出来る。
「…ずあッ!」
先に仕掛けたのはコーリアスだった。
若干不意打ち気味ではあるが、速攻の爆破魔法を発動。
黒魔術師の少女を攻撃した。
高威力の爆破魔法により地面が抉れ、大穴が開く。
「きゃあッ!うおっおっおっ!?」
突然の爆発に驚く黒魔術師の少女。
気を抜けば吹き飛ばされてしまうほど。
ある程度距離を取っていてもこれほどの衝撃が彼女を襲っている。。
一方、コーリアスは自身への爆風を魔力の障壁で防いでいる。
「…ッ!」
爆風が晴れるも、そこに黒魔術師の少女の姿は無かった。
爆破で吹き飛んだわけでは無い、完全に姿を消していた。
「当たらなかった…!?」
「上だよ」
「上!」
その言葉を受け上空へと目をやるコーリアス。
飛行の魔法を使い、浮く黒魔術師の少女の姿があった。
ちょうどコーリアスは攻撃にうつる瞬間だった。
だが、気付かれたことで一旦その手を止めた。
「魔法発動の瞬間、上空に飛んでいたのか」
「まあね。次はこちらからいかせてもらうよ。『戦巫女セイバー・改』!」
剣状に形成した魔力の刃。
それを降らせる魔法『戦巫女セイバー・改』を発動。
無数の刃で攻撃を仕掛ける黒魔術師の少女。
しかしこれはあくまで目晦まし程度の技に過ぎない。
浮遊したままではいずれ攻撃の的になりかねないからだ。
コーリアスが攻撃を防いでいる間に飛行を解除し降下。
反撃を仕掛ける。
「今の戦巫女セイバー・改で防護壁も消えた。さてと、このまま攻撃に移らせてもらうよ」
「ぐぅ…」
距離を取り再び戦巫女セイバー・改の魔法を使用。
激しい攻撃を続ける。
十本ほどの魔力剣が詠唱と共に空を裂きコーリアスへと襲い掛かった。
「防げない…なら!」
あれだけの攻撃を自力で全て防ぎきるのは不可能。
回避も現実的では無い。
そこで先ほどの爆発の際にできた砕けた岩の破片の一部を魔力で動かす。
その残骸を一か所に集め盾代わりにし攻撃を受け流した。
「防ぎ切った。まぁこの程度は効く訳ないし、ね」
「だが、意外と魔力を消費してしまった…」
「ふふふ…」
この魔法は意外と魔力を消費する。
大量の残骸を高速で動かし壁とするのだから。
もしそれが狙いだとするなら、コーリアスは黒魔術師の少女の手のひらで踊らされていたことになる…
「一発くらいは当たってほしかったんだけどね」
「たとえ一発でも致命傷になりかねないからな」
「でも守ってばかりでは勝てないですよ」
「ああ…」
「こちらにはまだまだ攻撃手段はあるから…」
そう言いながら黒魔術師の少女は何やら小声で詠唱を始める。
どこの言語化も分からぬ意味不明な言葉だ。
それと共に黒い魔力の弾を数発、指の先から打ち出した。
「…速い!」
その弾速は先ほどとは比べ物にならぬほどの速さ。
急いで先ほどと同じく防護壁で防御するコーリアス。
だが…
「何ッ!?」
先ほど戦巫女セイバー・改を防いだ残骸の防護壁。
しかしこの黒い魔力弾はそれを打ち抜いた。
残骸とはいえ、戦巫女セイバー・改を防ぐ程度には強固な壁。
だがそれをあっさりと破ったのだ。
「くッ…!」
咄嗟に回避行動をとるも、数発の内の一発が彼の肩を掠めた。
僅かに肉が抉れ、傷口が焼けたように変色した。
いや、それだけでは無い。
まるで毒か何かの様に、コーリアスの傷口を侵食し始めたのだ。
「これは…マズい!」
咄嗟にそう判断するコーリアス。
攻撃を受けたその部分を杖の仕込み刀で切断した。
それと共に、斬られた肉片がドロドロに溶けてしまった。
もしあとほんの少し判断が遅ければ…
その攻撃を受けたコーリアスはどうなっていたか分からない。
「貴様…!」
「言いたいことわかるよ」
その技を見たコーリアスが何やら意味深な反応を見せた。
彼はその魔法に見覚えがあったのだ。
「私の魔力の性質が『魔王軍』の技ってことでしょ?」
そう小声で言う黒魔術師の少女。
先ほどの黒魔術師の少女の使用した魔法。
それ自体は珍しいものでは無い。
しかし問題はその魔法に使われていた魔力の性質。
それはかつて、約百年前の『魔王大戦』で魔王軍が使用していたものだったのだ。
「今や資料としてしか残っていないその魔法を何故…!?」
「これはね、ふふふ…
現在、その魔法に関しては当時の僅かな資料が残されているのみ。
国の研究機関では際限が進められているものの、まだ完全なものはできていない。
たしかに通常の魔法とは比べ物にならないほど強力な技だ。
防戦一方なコーリアス。
しかし何故、魔王軍の魔法と同じ性質のモノをこの少女が使用できるのか…?
「魔王軍…黒色の服…特殊な魔力…まさか!?」
コーリアスは気づいてしまった。
この少女が何者なのかを。
それを知ってか知らずか、さらに魔法弾を連発する黒魔術師の少女。
その勢いはさらに激しくなっていく。
「キミはまさか…!?」
「言いたいことは分かるって、言ったでしょ?」
黒魔術師の少女の攻撃が止んだ。
息が荒くなっているようにも見えた。
疲労か、それとも…?
「それ以上言わなくてもいいよ」
コーリアスが持っていた仕込み杖。
それを奪い取る黒魔術師の少女。
そしてその刃で彼の身体を切り裂いた。
深々と彼の身体に刻まれる切り傷。
飛ぶ鮮血。
彼の体内の魔力も傷口から飛散していく。
それと共にこの大地に沈むコーリアス。
「キミは…あの村の…」
手放した指揮棒を取ろうとするコーリアス。
だが黒魔術師の少女の仕込み杖の刃にその手を貫かれる。
こうなってしまえばもう戦うことなどできはしない。
最後の一撃を受け、藩将コーリアスは絶命した。
「あの時の恨みは絶対に忘れないよ…」
悲しみ声と寂しげな表情。
普段の彼女からは見られないそれ。
小声で呟き、その言葉を風に乗せた。
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