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フォルティス・オディウム  作者: たつみ暁
エクリュ編――魔王の娘、最後の勇者――
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第11章:その果てに待つものは(4)

「……ここまでだね」

 誰もが言葉を失う中、ユージンが画面から視線を引きはがして、のろのろと振り返る。

「ユミール・ホルストで、ユホ。結局、最後まであの女の手の上か」

 ミサクが舌打ちし、いつの間にかびっしりと汗をかいていた額を、左手で拭う。

「俺様、頭悪いから、何言ってんのかさっぱりだったけどよ」

 キラは腕組みしながら、忌々しげに顔をしかめた。

「とにかく、あのユホって女が自己中で最低だ、ってのだけはわかった」

「その解釈で構わないと思います」

 システが静かに肯定する。創造主であった存在が、所詮一人の人間の狂気によって生み出されたものである事を知って、流石に取り乱すかと思ったが、彼女はどこまでも秩序(システム)を受け入れる者であった。ロジカも、理屈(ロジック)にもとるものではないと認識しているのか、平然としている。

「それで」リビエラが眉間に皺を寄せながら、ユージンに問いかけた。「『神光律』はどうすれば止められますの?」

「あいつだね」

 ユージンが、線に繋がれて呻く少年――映像内のユホの言葉が真実ならば、感情を理解しないエンケル・ヒュースを指し示す。

「あいつの中に、要塞制御の魔律晶が組み込まれている。デウス・エクス・マキナを倒せる神剣『イデア』なら、砕けるだろう」

 その言葉を受けて、エクリュは静かに『イデア』を鞘から解き放った。神剣は最後の役目を果たそうとばかりに、白い輝きを放つ。

『ユミール、ユミール』

 一歩一歩を踏み締め、呻き続けるエンケルを見上げる位置まで近づき、床を蹴ろうとした、その時。

「――エクリュ!!」

 メイヴィスの叫び声が耳に突き刺さったかと思うと同時、強い力で突き飛ばされる。衝撃に顔をしかめたエクリュは、しかし直後、驚きに目を見開いた。

 上方から降ってきた細い光線が、エクリュが最前までいた位置に割って入ったメイヴィスの胸を貫通し、少年が、喀血しながら、ゆっくりと倒れ伏す。ころころと、赤い牙のような魔律晶が床に転がる。それが彼の心臓に埋め込まれていた『化身律』なのだと理解する前に、たちまち白い床に紅の池が広がった。

「メイヴィス!?」

 リビエラの悲鳴じみた声が聴こえる。それをかき消す勢いで、耳障りな笑い声が響き渡り、ロジカとシステが魔法を放つ態勢を整え、キラが大剣を構えて、ミサクが銃をホルスターから抜き放ち、哄笑の方角へ向ける。

「あっはははははは!」

 天井近くに張りついている、最早胸から下を失い、残る身体もぼろぼろに崩れた魔女ユホは、かろうじてまだ生身の片目を見開いて、高笑いをあげた。

「飛行艇にへばりついてきたが、実に面白い物を見たよ!」

 表面の人工皮膚が溶けて、骨組みが見える両腕をかざしながら、魔女は宣う。

「そうだよ、思い出した! 全部全部、あたしが仕込んだんだ! 魔王なんて愛する必要は無かった! エンケルに想いが届けば良かったんだ! アルダをあのクズ娘にくれてやったところで、痛手なんか無かったんだよ! あんな木偶人形、初めから用無しだったんだ!」

「シズナ達を愚弄するな!」

 ミサクが吼えて、銃を連射する。だが、弾丸は『障壁律』に阻まれ、ユホにダメージを与える事がかなわない。

「特務騎士ィ? 所詮人間と交わって弱くなった、勇者の血族。恐れるに値しないよ!」

 ユホの、機械の方の目がぎらりと光り、メイヴィスを撃ち抜いた光線が放たれる。ミサクは咄嗟に身を引いたが、光線は右の義手を貫き、一撃で使い物にならなくした。

 続いて『暴風律』が吹き荒れ、ユホに対峙していた者達を弾き飛ばす。

「ああ、いい気味だ、いい気味だよ!」

 壁に、床に、したたかに身体を打って、誰もがしばらく動けなくなったのを、ユホは満足げに見下ろして、ずるりと天井を這うように、メイヴィスの傍らにへたり込んでいるエクリュのもとへと近づいてゆく。

「……メイヴィス?」

 エクリュは、信じられないものを見るような表情で、倒れ伏す少年を見下ろしていた。

「何、寝てるんだ」

 ついさっきまで、動いていた、喋っていた。そんな彼が、血を吐いて動かない。胸から溢れ出す血は、止まる事を知らない。

「起きろ。起きて」

 肩に手をついて揺さぶっても、応えは返らない。

「約束しただろ。一緒に帰って。ごはん作って。食べるって」

「諦めるんだね」

 その背後に、天井から逆様にぶら下がったユホが降りてきて、目をむきながら嘲笑する。

「そいつは死んだ。お前の両親みたいに、あっけなくね!」

 死んだ。

 その言葉がエクリュの胸に虚ろに響く。

 そんなはずは無い。全てはこれからなのに。外の世界を知らなかったエクリュに心を添わせてくれたのも、美味しいごはんを作ってくれたのも、隣に立って頼りにされる存在でありたいと言ってくれたのも、恋という気持ちを教えてくれたのも、全部彼なのに。

 こんな終わり方が、あっていいはずが無い。

 ぽたり、と涙が床に零れ落ちる。それは後から後から溢れて、メイヴィスの血と混じり合い、絶望の絵画を描く。

「安心しな」

 さもおかしそうに笑いながら、ユホの機械の手が、エクリュの首に触れる。

「お前もすぐに、同じ場所へ送ってやるよ。あの世で仲良くやるんだね」

 その瞬間。

 エクリュを、いや、その手にした『イデア』を中心に、白い光が放たれた。神剣の輝きは、味方には『回復律』として温かく降り注いで痛みを癒し、敵には『光刃律』として襲いかかり、身体をずたずたに斬り裂かれたユホが「うぎゃあああああああ!!」と汚い悲鳴をあげて、壁際まで弾き飛ばされ、ぐしゃり、と潰れる音を立てる。

 それでも尚、『イデア』の輝きは収まる事を知らず、エクリュの意識は、光の彼方へと飛んだ。

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