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フォルティス・オディウム  作者: たつみ暁
エクリュ編――魔王の娘、最後の勇者――
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第11章:その果てに待つものは(3)

 飛行艇から降りて踏み込んだ『神光律』内は、静寂に包まれていた。息づく者は無く、守り手が巡回している訳でもない。ただ、床から天井から壁まで、白に覆われた廊下が、奥へと伸びている。要塞の名に相応しくない、静まり返った廊下を、八人分の足音だけが叩く。

 しかし、エレベータを使って、上へ上へと昇る内、一行は聞き取った。

『ねえ、ユミール。何で? 何でこんな事をするの?』

 直接脳内に響くようなそれは、声変わり前特有の一定の高さを保った少年声。

『ユミール、君は僕をどうしたいの? わからない、わからないよ』

 声は奥へ進むほど明瞭に、エクリュ達の脳を叩く。一瞬、目を瞑ったエクリュのまなうらを、紫の髪と瞳をした少年の幻影が横切った。だが、父アルダではない。思わず、頭をおさえて呻きながら歩みを止めてしまう。

「エクリュ、大丈夫?」

 咄嗟にメイヴィスが寄り添って腕を取り、支えてくれる。何度か瞬きをして目を開けば、不安そうに覗き込む少年の顔が近くにあった。

「大丈夫。ありがとう」

 今はいちいち動揺している場合ではない。礼を述べて、折れかけた膝を拳で軽く叱咤し、再び歩み出す。

 ユミール、ユミール、と呼ぶ声を聴きながら、五回、エレベータに乗っただろうか。第六階層に辿り着いてエレベータの扉が開いた時、一行の前に、予想だにしなかった光景が広がった。

 人が、宙吊りにされていた。かろうじて人間だとわかるのは、紫の髪と瞳を持つ少年の頭があるからで、その四肢は切り落とされ、デウス・エクス・マキナのように無数の線で繋がれている。

『ユミール、何でこんな事をするの? わからない、わからないよ』

 声がよりはっきりとした。この少年が発していたのは、間違い無い。

「これは……」ミサクが少年を見上げながら、呆然と呟く。「どういう事だ」

「ちょっと待ってて」

 ユージンが、傍らに設置されていた画面に気づき、手元のパネルを叩き始める。しばらくすると、画面に灯が入り、『記録律』に収まるような光景よりも少しばかり砂嵐の入った映像が、ぱっと映し出された。

『うん、これでいいかな』

 記録媒体の傾きを確認していたのだろう。肩までの黒髪に金の瞳を持つ、エクリュよりも年下と思しき、白衣をまとった少女が、満足げにうなずいたかと思うと、くるりと一回転して白衣の裾をなびかせ、まだ成長しきっていない両腕を広げた。

『世界暦三千二百十七年、五月八日。私の名前はユミール・ホルスト。これから、私の試行実験をここに記録してゆきます』

 嫌味を感じない、屈託の無い笑みを披露して、ユミールと名乗った少女は続ける。

『私の幼馴染み、エンケル・ヒュースは生まれつき感情が欠落しています。彼は嬉しい事も、悲しい事も感じる事が出来ません。怒ったり泣いたり、笑ったりも出来ません』

 だから、と、頬の横で手を組み、少女は無邪気に告げた。

『私が彼に感情を教えてあげようと思います。現代科学の粋を集めれば、それも可能だと信じています』


 画面が一旦暗転して、再び映像が映し出される。少女の背丈と髪は、少し伸びていた。


『三千二百十八年、一月二十日。実験は思わしくありません。エンケルはまだ感情を理解しません』

 寂しそうに眉を垂れて、ユミール少女は『でも!』と殊更明るい声をあげ、両手を打ち合わせる。

『その過程から、人の感情を蒐集出来る端末を開発しました。「フォルティス」と「オディウム」という、剣の形を取った装置です。これを誰かに持ってもらって、その感情を集約し、少しずつエンケルに投入すれば、上手くいくかもしれません』


 再び暗転する。


『三千二百十九年、九月十三日。今日も失敗しました。やはり脳に直接刺激を与えるべきでしょうか』

 少しやつれた少女は、背を丸め、金色の瞳を曇らせて、語る。


『三千二百二十年、七月三十一日。今日はエンケルの誕生日。地上でしか買えないケーキを手に入れたのに、彼はやっぱり喜んでくれません。寂しいな』


『三千二百二十一年、四月一日。嘘つきさんにはなりたくなかったのに、今年も間に合いませんでした』


『三千二百二十二年、六月二十三日。……少し、疲れた』


『今日は何日だったっけ……? 私の願いは、まだかなわない』


 映像はどんどん移り変わり、黒い画面に音声しか入っていない時もある。それでもわかるのは、少女が次第に希望を失って、虚ろになってゆく様だ。


『何でこんな事を始めたんだっけ』

『エンケル、嫌いよ』

『どうして私を見てくれないの』

『私はこんなに頑張ってるのに』

『私はこんなに可哀想なのに』

『私はこんなに』

『私は』

『私は』


 無邪気さに満ちていた声が低くなってゆく。少年を想っていた少女が段々と狂ってゆくのが伝わる。

 呪詛と化した記録を聴くのがいたたまれなくなってきた頃、ようやっと映像が映し出される。それを見て、エクリュ達は一様に息を呑んだ。

 少女は大人になっていた。黒髪は腰まで長くなり、肢体は女性のしなやかさを備え、胸も豊満になっている。そして何より、その顔。見間違えようが無い。エクリュ達をさんざん翻弄した魔女、ユホそのものであった。

『三千二百二十七年、十二月二十五日。あたしは思いついた』

 べったりと紅を塗った唇をにたりとつり上げ、金色の瞳を細めて、彼女はまくし立てる。

『たったふたつの媒体で、人間の感情を蒐集しようとしていたのがそもそもの間違いだった。もっと大きな装置を造れば良いのさ。そうさね、「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)」とでも名付けようか』

『デウス・エクス・マキナと、魔法の媒体「魔律晶」を埋め込んだ魔物、そして人間より長命で魔力の高い魔族。これらを送り込む事で、人間を恐怖に陥れる。恐怖はとても集めやすい感情だ』

『その為に、一旦地上を焼き払って、文明を奪うのが良い。この要塞の「神光律」を使えば、直下にある大陸を丸ごと壊せるだろう』

『あたしも魔族になろう。脳さえ移植すれば、何百年でも、何千年でも、生き延びる事が出来る』

『エンケルはこの要塞に繋いでゆく。地上のデウス・エクス・マキナから、感情を送りやすいように』

『万一失敗したら、もう一度大陸を焼いて、そしてやり直せば良い。何度でも』

『エンケル、貴方が悪いのよ。あたしはこんなに貴方が好きなのに、貴方が理解しないから!』

『メリークリスマス、地上のクズ共! サンタ様からのプレゼントは破滅だ! 最高だろう!?』


 その後、魔女はけたたましい笑いを響かせて、映像はぶつりと途切れた。

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