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フォルティス・オディウム  作者: たつみ暁
番外編2――失われて、取り戻す――
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09:比翼連理でどこまでも(3)

 数日後、システはティヤを伴い、小鳥の餌を集めに、集落外れの雑木林へと赴いていた。一年中暖かい――時に暑すぎたりもする――南海諸島では、虫も繰り返し卵を産み、孵化するので、餌には困らない。

「システ様、外見の割には大胆ですよね」

 木の幹を這う虫を素手でつまみ上げ、淡々と篭に入れてゆくシステの姿を見て、ティヤがころころと笑声をあげる。

「オルハの民でも、虫が肩に落ちてきただけで大騒ぎする者もいるのに、流石の度胸です」

 その言葉に、システはきょとんと目をみはり、小首を傾げた。

「毒虫でなければ、我々に害はありません。恐れる必要を感じません」

「そりゃあそうなんですけれど、女の子とか、結構怖がるんですよ。『やあだ~不気味~!』って悲鳴をあげながら狙った男の胸に飛び込む、ってのが定石です」

「悲鳴を、ですか」

 想像をしてみる。虫が不気味だと言いながら、夫の胸にすがりつく自分を。素手でわしづかみした生き物を気味悪がるのも秩序(システム)にもとる話だし、キラもキラで、

『何言ってんだよ、システらしくねえなあ』

 そう笑いながら、こちらの髪をぐしゃぐしゃと撫で回してくるだろう。果たしてそこに浪漫が生まれるのか、甚だ疑問である。

「まあ、システ様がそうされるところは、考えられないですよね」

 解せぬ、という気持ちが顔に出ていたのだろうか。わかりきっている、とばかりにティヤがはにかんで、虫をそれなりの数入れた篭を覗き込んだ。

「そろそろ帰りましょうか。小鳥もごはんを待っているでしょうし」

「そうですね」

 システも首肯し、二人して歩き出そうとした時。

 木の陰から飛び出してきた小柄な人影が、ティヤの首筋に手刀を叩き込み、少女はけほ、と小さく息を吐き出してその場に崩れ落ちた。

 はっとして意識を周囲に巡らせる。いつの間にか、棍棒を手にした五人ほどの背の低い小鬼のような者達に囲まれていた。ダヌ族だ。かつての自分ならば、息を潜めて隠れている時点で気づいて、『火炎律』で薙ぎ払えたのに、オルハでの平和な暮らしに慣れて、勘が鈍っていた。己の失態に唇を噛むと。

『オルハの族長の妻だな』

 耳が、シュレンダインのものではない言葉をとらえた。

『そうですが、随分なご挨拶を』

 ダヌ族は南海諸島では未だに広く使われる、古海上語を公用語としている。『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』に造られた時、知識としてその読み書きと喋り方を刷り込まれたシステは、流暢に返す。すると、ダヌ族のひとりが、くくっと喉の奥で嘲るような笑いを洩らした。

『この言葉を解するとは、あの阿呆の妻にしておくには勿体無いじゃあないか』

『キラは鈍い事もありますが、決して愚かではありません』

 自分の夫をけなされて苛立ちを覚え、システは半眼になって返す。年頃の少女にしか見えない彼女から発せられた静かな気迫に、ダヌ族は一瞬怯みかけて、中には一歩後退る者もいた。が、小娘相手に引き下がるのは、彼らなりの矜持が許さなかったのだろう。

『ま、まあいい。一緒に来てもらうぞ!』

 正面のダヌ族がにたりと口の両端を持ち上げて笑った直後、がつ、と鈍い音と共に、システの後頭部に衝撃が走った。普通の人間なら気絶している一撃だ。摂理人形(テーゼドール)のシステには軽減されて届くが、「ここで倒れておかねば、更なる攻撃を食らう可能性が高い」と、彼女の中の秩序が訴えたので、自発的に意識を切り、倒れ込む。

 闇に沈む直前、地面に落ちた篭から転がり出た虫達が、近づいてくるダヌ族の靴に呆気無く踏み潰される様が視界に入り、

(あの小鳥が)

 システの脳裏を、ひとつの考えが過ぎった。

(お腹を空かせて待っているのに)


 朝食後に屋敷を出ていったシステとティヤが、昼が近づいても帰ってこない、という報せを聞いたキラが雑木林に駆けつけた時、そこに広がっていた光景は、倒れ伏す妻の世話役の少女と、転がる篭、無残に踏み潰された虫の死骸、そして、これ見よがしに地面に落ちていた、粗悪な紙を使った封筒だった。

「システ?」

 呼びかける。返事は無い。

「システ!」

 聞いた事がある。悪の魔法士に記憶を奪われ、さらわれてしまった騎士の妻。彼女は記憶を失ったまま、別の男の伴侶となり、後に非業の死を遂げたと。あれは異大陸の物語、作り話だったし、システは摂理人形だ。そう簡単に他者の魔法にかかる事は無いだろう。

 ティヤの介抱を部下に頼み、キラは腰を屈めて封筒を手に取り、開封する。中からは乱雑な字で、予想通りの文言が書かれている手紙が出てきた。

「奥方様をお救いしにまいりましょう」キラの顔色で全てを察したか、かつての右腕カッシェの息子カニシンがぎりりと歯を食いしばる。「やはりダヌ族は根絶すべきです」

 まだ十八という、幼さの残る顔一杯に敵愾心を満たして、現在の腹心はそう吐き捨てる。つい先年までのキラならば、その言葉にうなずいて、戦力を集め、ダヌ族の島へ殴り込みをかけていただろう。

 だが、しかし。

『それでも、わたしは貴方に諦めない事を求めます』

 システの声が脳裏で巡る。彼女は、ダヌ族とも対話の道を探すキラに、諦めるなと、期待していると言った。ここでダヌ族はやはり敵だと剣を抜いて乗り込めば、彼女の身が危ないし、何より、彼女を失望させる。

「若様、是非ともご命令を!」

 だからキラは、手紙をそっと懐に仕舞い込んで、「カニシン」と声をかける。「は!」と背筋を正す若者に、長として、告げた。

「全員待機だ。お前だけ、『駆動律』を使う要員としてついてこい」

 考える。そう、システならばこう『試行』するだろう。驚きに目をみはるカニシンに、キラは至極真剣な『長』としての表情で先を継いだ。

「俺様が、オルハの代表として、ゲ=ラハと話し合う。もう一度」

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