17 輝く星になれ!②
春らしい、どこか白っぽい陽射しの中で、小波神社はまどろんでいるようだった。
今朝尊が座っていた石段に、これもまどろむようなのどかさで、つぶれたタバコの箱とライターがあった。
腰をかがめ、尊は拾い上げる。
「ああ、よかった。あったねえ」
ホッとしたようにそう言う大楠へ、尊は笑んでうなずく。
(……でも)
これを、どうすればいいのだろう。
放置したり捨てたりは、尊としてはしたくない。が、預かった時と同じ気持ちで、これを預かり続けることは出来ない。
タバコとライターを左手に持ち替え、少々困った気分で見つめながら、尊はほぼ無意識で、上着の右ポケットへ手に入れた。
自分のタバコとライターを引っ張り出し……我に返る。
「どうした?尊くん」
尊がハッとした顔になったのを、大楠は目ざとく覚る。
「あ……」
タバコとライターを、尊は改めてしげしげと見る。
最初はカッコつけというか、ヤンキーならこのくらい嗜みだろうとか、そんな気分で手を出した。
だが最近は、心をなだめる為に吸ってきた気がする。
なくてはならないとまでは言わないが、手元にあったおかげで凶暴化しそうだったヤサグレた気分を抑えてくれた、そういうものだった。
……でも。
「ヨシアキ先生」
尊は真っ直ぐ、大楠の顔へ視線を向けた。
「お願いがあります」
「何?私に出来ることやったら何でもするで。せやけどカネは持ってないから、借金の申し込みはNGな」
おどけ加減にそう言う彼へ、
「ある意味、借金の申し込みより面倒くさいかもしれませんけど」
と尊は言って苦笑いをした後、頬を引いて両手を差し出した。
手にあるのは、林の分と自分の分のタバコとライターだ。
「これ……ヨシアキ先生が預かってくれませんか?」
もの問いたげな目の大楠へ、尊は軽く目を伏せて言う。
「左手にあるのは後輩の持ち物やったモンですけど、右手にあるんは俺自身のタバコとライターです。中一の夏過ぎ頃から軽い気持ちでタバコ吸い始めて……今までずっと、吸ってきたんです」
そこで思い切って、尊は顔を上げた。
「でも、もうやめようと思います。中学生でもヤンキーでもない、一から修行してエエ職人になる為に必死で頑張る、見習い宮大工がこれからの自分です。こんな……」
ふと、ピッタリの言葉が浮かんできた。
「赤ん坊のおしゃぶりみたいなモンふかして、いちびってる場合やないと思います。でもただ単にほかすだけやったら、気持ちが弱くなったりしたら、フラフラとコンビニや自販機で買うてしまいそうな気がするんです」
(……ああ、そうか)
林の気持ちが今、本当にわかったような気がした。
「だから。託された後輩には悪いんですけど、これもこれも……」
尊は両手を大楠に交互に持ち上げて示す。
「俺の、弱い心ごと。ヨシアキ先生に預けたいと思うんです。もちろん、後でこそっとほかしてくれはってかまいません」
林と同じことを言っているのに気付き、内心苦笑する。
「ヨシアキ先生に預けた、自分の中でそう思って、これから先を生きてゆきたいんです」
お願いします。
そう言って、尊は深く頭を下げた。
大楠はそっと、二組のタバコの箱とライターを取り上げた。
「わかった。そういうことやったら、預からせてもらう」
大楠は真顔で、そしてとても真面目にそう言って、大事そうに二組のタバコとライターを、彼が綿パンのポケットに入れていた大きめのハンカチで包んだ。
そして不意に彼は、尊の方をむいてふわりと笑んだ。
「だけど、君の言うた言葉に一ヶ所、事実と違うことがあると私は思たで」
「え?」
「君はさっき『俺の弱い心』って言い方してたけど。君は決して弱くはないで。自分の悪いところ・弱いところと向き合うのは、大人でも難しいことなんや。でも君は、そうやってちゃんと自分と向き合えてる。……弱い人には出来へんことや」
「ヨシアキ先生……」
それに、と言葉を継ぎ、もう一度大楠はほほ笑んだ。
「君はこうやって自分で考え、自分でより良いと思う行動を、自分の責任で取る子ォやった、初めて会った六歳の頃から。遊びひとつでもそうや、君は私の指導を待つんやなく、自分から色々と提案して進めてゆく子ォやった。私の目ェから見て、君は、光り輝く才能の塊やった」
ものすごい褒め言葉の羅列に、尊は言葉を失くした。
「後輩くんが、君に自分の気持ちを託すくらい信頼を寄せたのんも。君の、自分の力で輝こうとする意志の輝きに惹かれたんやないかと私は思うねん」
絶句したまま硬直している尊の肩を、大楠はそっとたたいた。
「これは、君たちのケジメの象徴として私が預からせてもらう。だから君は後顧の憂いなく、新しい道を歩んで下さい。……いつかはウチの神社の改修をお願いしたいと思てますから、エエ職人さんになるよう、頑張ってね」
尊は無言で、深く深く、頭を下げた。




