迷走23
翌日、倉野が朝方に生田原町役場(現・遠軽町役場生田原総合支所)に問い合わせると、産業課より、
「過去、生田原町に複数の商業金鉱山があったのは事実。ただ、川で採れる砂金のような形のものより、土中にある普通の小粒な金の塊のパターンが多かった。現在も少量のものなら採れる可能性はあるが、該当現場周辺で採れるかどうかは不明」
との回答が、小一時間程で寄せられた。
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北海道では、現在において金が事業レベルで採れる場所は既に皆無だが、かつては遠軽町の近辺でもある、紋別市の「鴻之舞鉱山」(紋別とは言っても、遠軽からもかなり近い場所にあった)や生田原にあった「北の王鉱山」など、日本でも有数の大規模金山が存在しており、それらはかなりの産出量を誇っていた。当然、商業鉱山レベルには達しないものの、豊富な砂金などは道内各地で発見され、それを目当てに入ってくる「山師」も多く、北海道の東西南北各地で小規模ながら、「ゴールドラッシュ」のようなものが明治から戦前を中心に発生していた(江戸時代に既に金の採掘が行われていた箇所も道南を中心に幾つかある)。生田原町でも開拓農家の農夫が作業中に金塊を発見、その後鉱脈が発見されたことから、かなりの活況ぶりだったという。
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「しかし弁護士もなかなかちゃんと調べてますね。後付の言い訳にもちゃんと歴史的裏づけがあったわけだから。松田? なかなかいやらしいことやりますわ……」
方面本部から北見署の取調べの様子を見にやって来ていた比留間管理官が、倉野を相手にやりきれないという態度で言った。
「そこはやり手だから。まあ、そんなことも気にせず、アノ人は相変わらずだが……」
と、マジックミラー越しには、北川相手に相変わらずの高圧的な取調べをする道下の姿が映っていた。
「ところで、接見要求はあれ以降ないんですか?」
「比留間、今日は拒否して明日の午後に指定してるよ」
「へえ。すぐに接見させないと弁護士もお怒りじゃないんですかね? 飲酒運転の逮捕自体は問題ないにしても、どうも別件だったってバレちゃってるわけで。遠軽の竹下でしたか? あいつが昨日言ったことも、俺はわからんでもないですよ」
「裁判所はこっちのいいなりだから、大丈夫だとは思うけど……」
「まあそうですけど……」
比留間は頬を膨らませ、他人事のようにおどけた表情を作ると、
「ちょっと外の空気吸ってきますわ。なんかここに居ると暑くて息苦しい感じがして」
と言い捨てて、部屋を出て行った。
その頃、西田と北村は、篠田の遺族の家を訪れて、ちょっと派手目の妻・倫子から篠田についての聞き込みを行っていた。さすがに1年以上前に死んだ男について、警察がなにやら調べにやってきたことは、青天の霹靂だったようだ。当然任意での聴取ではあったが、他人に話す機会もなかったせいか、話始めると止まらないという感じで、警察相手にも案外饒舌に故人のことを喋ってくれた。
妻が語る篠田像は、肝臓が悪い割に酒好きで、女性問題も幾つか起こした女好きで、賭け事が好きで、たまに手もあげるが、それでいて嫌いにはなれない、そんな男だったらしい。悪い表現をすれば、いわゆる「腐れ縁」の夫婦関係だったとも言えそうだった。
また、モノを置き忘れたり、失くしたりするなど、集中力に欠けた点が、妻としては、かなり気に食わない篠田の悪癖だったようだ。時計やカギなどを紛失して大騒ぎなどということがよくあったようだ。特に結婚から数年後に、有名宝飾ブランドのオーダーメイドの結婚指輪を失くして夫婦喧嘩になったという話になると、今目の前で起きているかのように、目を吊り上げて怒っていた。その様を見て、二人は早く退散したい気持ちになったほどだった。
ただ、そんな倫子から見ても、篠田の出世劇については首をかしげるようなもので、未だによくわからないと言う。その辺を篠田に確認しても、余り多くを語らなかったようだ。しかも、出世してからの方が、肝臓が悪いにも関わらず、酒を飲んでの妻への悪態の頻度が増えたらしい。そういう意味で、稼ぎは増えたが、余り歓迎できる状況ではなかったというのが、妻の本音だったようだ。そのおかげで自分が今生活出来ているとしても、それより生きていて欲しかったという言葉に、西田はそれに嘘は感じなかった。そして出世が佐田の失踪と「引き換え」であるのなら、何か篠田自身に後ろめたい感情があったとしても不思議ではないと、西田も北村も思ったが、具体的な証拠もない以上、現時点ではただの推測に過ぎなかった。
結局のところ、カミさんによる、死んだ旦那との惚気話とも言える話も多く、暇な熟女の話し相手になっただけとも言えたが、西田と北村は熟女の「お相手」をなんとか終えた。そして上手いこと誤魔化して、篠田の写真と生前篠田が使っていたというライターから指紋を採取すると、北見方面本部に戻った。




