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迷走21

 7月30日、日曜日の午前7時、北見方面本部で捜査会議が始まった。本来の北見ならばまだ涼しい時間帯のはずだが、本日も湿度の高い、肌にしっとりと張り付くような不快な空気感を西田は感じていた。クーラーでもあればいいのだが、クーラーが付いているのは一部の部屋だけで、ここにはなかった。そもそも北海道の警察施設はクーラーの設置されていないところが圧倒的に多い。実際、気温が高くなることはあっても、通常は湿度が低いので、体感温度はそれほど高くないからだ。北見も日照時間が夏場非常に長く、気温も30度超える日は多いが、割と過ごしやすく、早朝と夜間は一気に気温が下がるので、クーラーの必要性は低い。


 北見に留まった沢井、西田以外の遠軽署の刑事達はあちらを5時には出ているはずで、皆眠そうにしていたが、竹下だけは思いつめた表情をしていた。槇田署長は署を空けるわけにもいかないので、副本部長は不在だった。会議室全体も活気がないのは、早朝で元気がないというより、北川のアリバイ成立がそうさせているのだと、西田は感じていた。


 大友捜査本部長より簡単な捜査状況説明がなされ、詳細な説明は倉野事件主任官よりされたが、米田殺害・遺棄の最重要被疑者が捜査線上から基本的に消えたことは明らかだった。その上で、どうして北川が米田の遺棄現場を知っていたか、関係ないはずの北川が何故、おそらくだが事件発覚を恐れ、米田の遺体を回収しようとしたのか、その二つを突いて行くことが、残された打開点だということを再確認した。


 そして、昨日の西田と北村が取ってきた新情報である、「篠田 道義」の存在が報告され、昨日書いた報告書が配られた。佐田の事件に関係している可能性を考慮する必要があるものとしたが、本人が既に死亡していることと、佐田の件の捜査は、確証が薄い段階の現時点ではそれなりに限定しておかないと、再び「圧力」を掛けられる可能性があったため、かなり限定的にならざるを得ない部分はあった。それでも倉野は周辺捜査に捜査員を10人投入することを発表した。想定しうる中では、最大限の人員投入だろう。勿論、西田と北村はその役割を当てられた。


そして西田は、慰霊式に出席していた北川、篠田、伊坂と慰霊式が行われたほぼ同じ場所に埋まっていた米田を結びつけるものは何か、倉野の発表の際にも必死に考えていた。佐田の失踪と関係がありそうな伊坂、北川、篠田。そして米田の死には関係がないとしても、死を知っていただろう北川。何か重大な秘密が隠されていそうでよくわからない。西田は焦燥感に似た苛立ちにさいなまれた。

 しかし、捜査会議が終わろうかとしていた最中、竹下が突然発言の許可を求めた。西田も出席者のざわめきと共に再び会議という現実に引き戻された。


「竹下、何か問題があるか?」

「事件主任官、北川の勾留、このまま飲酒運転と過失傷害のままでするつもりですか?」

竹下の言葉に複数の捜査員が振り向いた。西田は竹下は最初からこれを言うつもりだったのだと、先ほどの竹下の表情を思い返していた。そして同時に、「やってくれたな……」と言う思いも抱いていた。


「何が言いたい?」

倉野は冷静に言い放った。

「主任官、既に北川の米田の件での関与はほぼ無理筋という結論が出ています。今回は勾留段階で既に弁護士が付いており、今の勾留が実質別件逮捕ということも相手の知るところとなっています。既に別件自体の捜査が終了していることもバレている段階で、本件容疑の本筋がアリバイによって崩れたとなると、いつまでも今の勾留をするのはマズイんじゃないですかね? 相手の弁護士もこのままじゃないと思いますが」

会議室がざわつく。

「じゃあどうすんだ?」

「既に吉見の件で、本件の一部ですが、逮捕は認められる段階でしょう? こちらでの逮捕勾留に切り替えるべきです!」

倉野はそれを聞いて、

「確かに本件逮捕も出来る状況ではあるが……」

と言うも、そこに道警本部からのアドバイザーである道下が割り込んだ。

「おい、若造、おまえ何言ってんだ? ただですら北川が米田の殺害をしてないとわかった状況で、北川が現場を知ってたわけを問い詰めるのに、今まで以上に『時間』が必要になってんだぞ? そこでわざわざ自分から相手に有利になるようなことするなんて、捜査の基本わかってんのか?」

犯人を取調べする際の迫力のあるドスの利いた声で、竹下を威嚇したが、竹下も怯まない。

「本件で勾留しても、延長含め最大20日の取調べが可能です。その間に吐かせられないのなら、別件の分を足したところで結果は同じでしょう。今回は既に米田殺害の本件と北川は無関係なんですよ? そっちでの容疑があるならともかく、そこんところわかってますか?」

「おまえ誰に口利いてるんだ? こっちの経験はおまえのそれとは次元が違うんだ! 裁判所も検察やこっちの言いなりだ! 弁護士が何やろうが気にする必要はない!」

二人の会話がヒートアップするのと対照的に、他の捜査員達はなんとも冴えない表情になっていた。そんなことで争っている場合ではないというのが共通認識だったのだろう。


 確かに竹下の言うことは理想論に近いが、一方で本件での逮捕が可能にも関わらず、北川を別件勾留のままで取調べする必要性があるかと言われれば、かなり疑問がある。前回、車の中での竹下の意見を聞いた時とは、北川のアリバイ成立という状況が変わっているのも事実だ。一概に「青い」として切り捨てられる状況でもなくなっていた。

 一方で道下のベテラン刑事としてのプライドもわからないではないが、若手を恫喝するほどの正当性は明らかにない。捜査が混沌としたこともあり、なんともやりきれない空気が漂い始めた中、空気を察した倉野が仲裁に入った。


「道下さん、竹下、お互いに落ち着いてもらえんですかね。捜査本部が割れている状態じゃないですよ! ここが大事な時なんですから……。竹下、おまえの意見ももっともだが、北川が何故米田の遺棄を知っていたかについて調べるためには、時間はあればあっただけ良いのも事実。そして何より、佐田の件と北川はまだ切れてない。まだ別件で得た時間は無駄には出来ん。そこは理解してくれ」


 道下はやってられないという態度を隠さなかったが、竹下は黙って頷き、取り合えずその場は収まった。基本的に余り介入しない、よく言えば現場任せ、悪く言えば無責任な大友捜査本部長も、

「とにかく捜査本部が一体でなくなったら、この難局を乗り切ることは不可能になる。上から下まで一貫して対応に当たらなくては、事件は解決できんのだ!」

と強い口調で訓示せざるを得ない状況に陥っていた。


 捜査会議は1時間強ほどで終わったが、雰囲気の悪さは後を引いていた。西田はこの後の篠田の情報収集捜査に行く必要があって、遠軽署には戻らないので、竹下のフォローは敢えてしないことにした。おそらく沢井課長が対応してくれるだろうという期待もあったが、西田自身、「頭を冷やさせる」必要があると感じたことも、その理由として大きかったのは言うまでもなかった。

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