迷走20
「入管(出入国管理局)の裏取りは?」
「北村よ、そんなのは勿論本社(道警本部)に入管への照会を依頼してるわ! 時間はかからないだろう。ただ、北見市職員の証言だけでも既にほぼ決まりだろうな……。米田が行方不明現場とほとんど同じ場所に遺棄されてたってことは、直後に殺害されてるってのがもっとも考えうる展開だ。となると、それだけの期間海外に居た北川が、米田の殺害・遺棄に関わってるってのは不可能だ」
米田の殺害された時期を正確に把握するのは無理があるのだから、北川の帰国後に殺害されたという可能性もゼロではないのだが、事件の概要を見る限り、行方不明直後に現場で殺害されたと見るのが論理的であって、そうなると北川が関わっている可能性というのは、まずないと見て良いだろう。捜査本部が描いていた構図はこの時点で崩れたと言っても良く、衝撃は想像以上であった。
「北川がホンボシじゃないとなると……。参ったなこりゃ」
西田は頭をかきむしると、次の言葉を精一杯探そうとした。それでもなかなか思い浮かばない。なんとか言葉を繋ごうと、
「救いは、北川は米田の遺体の場所を知っていたと思われることか……。直接関与してないとしても、間接的に何か知っている。そこだけが頼り」
と搾り出すように言ったが、ショックは隠し切れなかった。
「後は、自分の犯行ではないのに、何故遺体を回収しようとしたか、そこもキーポイントになりますね」
北村が補った。
「二人の言う通りだな。まだ完全に糸が切れたわけじゃない。なんとか挽回することを考えよう……。そうだ、ところで、そっちの方はどうだったんだ?」
急展開に自分達の成果のこともすっかり忘れていた二人は、主任官に言われて初めて報告してないことに気が付いた。
「すいません、びっくりして自分達のことも忘れてました。こちらとしては割と良い話なんで、その点は良かったんですけど」
「西田のは良い話か。そいつは助かるよ」
倉野はほっとした様子を隠すつもりもなかった、いやその余裕もなかったという方が正しいかもしれない。
「結論を言いますと、田中はかなり高い確率でシロだと思います。これについては変わりません」
「なんだシロなのか? それじゃあ予想出来たとは言え、良い話とは言えんだろ、西田」
「問題はそこじゃないんです。奥田の話から、北川と一緒に、国鉄から伊坂組に再就職した篠田という人物が居たらしいんですが、そいつが北川同様の出世をしてるんです」
「同様の出世?」
「つまり同時期に同じような待遇の出世をしてるらしいんです」
「……なるほど。それは佐田の件に関係してるという見立てでいいんだな?」
「そう思います」
「本来ならかなりの喜ぶべきビッグニュースなんだがなあ。もう一方の破壊力が凄すぎる……」
倉野の言う通りだ。片方は捜査方針を完全に転換しなくてはいけないレベルのニュースなので、新たな端緒という「希望」をはるかに超えてしまっていた。
「とにかく、そっちの件も調べなきゃならん。おそらくアリバイの裏づけを取った上で、明日捜査会議しないといけなくなるから、その時にその話もしよう。まさに不幸中の幸いだな、今回の話は。それ、今日中に報告書にまとめておいてくれよ」
「わかってます。しかし、昨日まで主張してなかったアリバイをなんでまた今日になって……」
西田の疑問ももっともだった。だが倉野はそれに対し彼なりの考えを述べた。
「午前中の松田弁護士との接見だろうな、影響したのは。米田の遺体の場所を大体特定出来ていたという、ある意味「秘密の暴露」の問題は、あくまで重要参考人としての聴取に過ぎないが、殺人の方は嫌疑そのものが掛かってる。どっちを優先して解消しておくべきか、そりゃ殺人と遺棄の方を解消しておくべきだとアドバイスするだろ。特に遺体の回収は墓あばきでもなければ罪にならんから」
「いくら北川が遺体回収が罪になると思っていたとしても、更に殺人の汚名着せられるよりはマシだろうに……」
北村は、頭を振って理解できないというジェスチャーをした。
「普通はそう考えるが、遺体を埋まっていた場所を知っていたことが、何かに繋がっているとすれば、話は違ってくるかもしれない。そこを弁護士のアドバイスで、そっちはそっちで何とかなる言われて方針転換したと……。よくあるのは、誰かをかばっていたってパターンだ。今回も北川自身は直接関係ないだろう事件が、遺骨採集で偶然に発覚するのを予防するために、遺体を回収しようとまでしたぐらいだ」
西田は北村の疑問に答えたが、いまいち釈然としないのは同じだった。
「ありがちな理由だが、それで筋は通るんだ。そして遺体の回収自体は罪に問えない。どうして知っていたかは知らぬ存ぜぬで貫き通す。弁護士としてはあり得ないアドバイスじゃないよな」
倉野は自分の答えにひとまず納得したのか、
「これ以上ここで考えていても話にならん。とにかくこのまま方面本部で報告書書いてくれ。それが先決事項だ」
と二人に命令した。
「わかりました。そうさせていただきます」
軽く会釈すると、西田は北村と共に北見方面本部に向かった。
捜査本部「別館」に行くと、そこには既にアリバイの存在の連絡を受けた沢井課長が到着していた。西田達は業務連絡を簡潔に済ますと、急いで報告書の作成業務に取り掛かった。正味2時間程で完成させるも、西田は遠軽には戻らず、沢井課長と共に、そのまま道警本部からの入管の裏取りの結果を待っていた。午後8時には、間違いなく北川がアメリカに3ヶ月弱滞在していたことが裏付けられ、倉野は翌日の早朝から捜査会議の招集を正式に決定。捜査方針が転換されることが確実になった。西田と課長は遠軽に戻るのも面倒だったので、そのまま宿直室で仮眠をとり、翌日に備えることにした。




