迷走19
北見署に寄ると、通路ですれ違った方面本部組の捜査員達の挨拶がやけによそよそしく、昨日までと違い浮き足立っている雰囲気を感じた。そのまま階段を上がり、通路の向こう側に、取調べ控え室から外に出ていた倉野が視界に入ったが、あちらは携帯片手になにやら慌しく連絡していて、西田と北村の接近に気付いていない模様だった。
「なんかあったんすかね? ちょっと空気がおかしい気がします」
北村が問いかけてきたが、西田もその答えがわからないので、生返事をしながら状況を必死に把握しようとしたが、その解答を得る前に倉野の元に着いてしまった。相変わらず電話しているので、話しかけるわけにもいかず、そのまま電話が終わるのを待つことにした。倉野は「ちょっと待ってくれ」という意味でだろう、手のひらをこちらに向ける身振りをした。時計を確認すると、既に午後3時をまわっていた。電話の会話を聞いている分には、何かを確認しているらしい。事件主任官にしては、いつもと違いかなり厳しい口調だ。ようやく会話を終え、電話を切った倉野が二人に応対した。
「お、スマンな。待たせた……」
「なんかありましたか? みんなやけに慌しいですが?」
「それがだな、西田。急に大変なことになったぞ!」
倉野はオーバーに手を広げると、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「北川の取調べで何かあったってことですか?」
北村の推察は図星だったようだ。倉野は頷くと、
「午後の取調べで、北川が突然アリバイを主張したんだ」
と告げた。
「アリバイ!?」
西田は思わず大きな声を上げたが、自分で口を押さえた。
「大丈夫だ、既に北川は留置場に戻してるから。大体まだ取調べ室にいるなら、俺もこんなトーンで話してないよ……」
倉野の説明で安心した西田だったが、
「何のアリバイを話したんですか?」
とすぐに話を継いだ。
「米田の殺害についてだ。米田の行方不明が3年前の8月10日で、『その日何してたんだ?』なんて道下さんが問い詰めてたら、その頃、アメリカに長期滞在してたと言いやがった……」
「アメリカって……。何しに長期滞在してたんですか? にわかには信じられませんね」
北村の疑問ももっともだった。西田も同感だった。
「北見の姉妹都市で、アメリカのエリザベス市ってのがあるんだが知ってるか?」
「いや、初耳ですね。エリザベス市でアメリカですか? なんかイギリスっぽいですよね、女王の名前ですから」
「西田もそうか。俺もさっき初めて聞いてそう思ったよ。普通そうだよな」
倉野は語尾をやけに強調した。
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エリザベス市はアメリカ合衆国北東部、ニュージャージー州の大西洋沿岸に位置し、人口約12万人の都市。ニューヨーク市から車で30分圏内にあり、州で最も古く歴史的由緒ある都市として、市内には建築後200年から300年の民家、公共建築物、教会などが市の文化財として保存されている。世界一の規模を誇るコンテナ船の港湾施設があり、製造、食品加工業が盛んで、日本とのつながりも深く、工業都市・海洋都市として知られる。北見市と姉妹都市になった経緯は、北見に初めて居住した外国人であるピアソン宣教師夫妻の出身地がエリザベス市であったことから。1969年に姉妹都市提携開始。
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「それで、そのエリザベス市がどうしたんですか?」
「北川が言うには、そのエリザベス市に7月中旬から10月初旬まで滞在してたってんだ。何でもエリザベス市に日本家屋を建てる文化交流事業があって、北見市から数名の職員と伊坂組から北川を始めとして、個人住宅事業関係の連中が派遣されてたらしい。あくまで電話段階だが、一緒に行った北見市の職員の証言も今取れたんだ」
伊坂組が、過去の鉄道保線事業はともかく、いわゆるゼネコン事業の他にも住宅関連の事業展開をしていたとは、西田も知らなかったが、おそらく木造建築のノウハウがあるので北見市から白羽の矢が立ったのだろうと思った。




