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迷走18

「ああ、篠田ね……。こいつも北川と一緒に伊坂組に移ったクチだよ。しかもこいつも北川と同じく出世して重役になったんだ。確か同じように昇進してたと聞いてるよ」

思いもしなかった事実を告げられ、西田も北村も思わず互いに顔を見合わせた。

「どういうことですか? 北川とこの篠田ってのは同じ時期に昇進してるんですか?」

「ああ、あくまで俺が聞いた話ではそうだけど……。これは清から聞いたんで、間違いないよ。おそらく、清も北川から聞いたんだべなあ」

西田の口調が突然かなりの早口になった上に、語調がキツクなったので、奥田は一瞬あっけに取られたような表情をしたが、気を取り直したように答えた。


 もし、北川と同じような出世を同じ時期に篠田なる人物がしていたとすれば、篠田も佐田の失踪事件と何か関わっている可能性を考慮する必要が出てくる。思わぬ展開に西田は高揚感を覚えていた。北村も見せ掛けだけだった手帳への記帳を実際に始めていた。


「それで、この人は今でも伊坂組に居るんですか?」

西田は食い気味に奥田に聞く。奥田は何故かバツが悪そうに口が重くなった。

「奥田さん、何か問題でも?」

「西田さんよ、問題というかな……。この篠田は1年半ほど前に亡くなってるんだよ……。なんかわからないが、北川といい篠田といい、刑事さん方にとっては大事な何かがあるみたいだが……」

奥田が最後まで言い終わる前に、

「はあ……」

と二人はそれぞれなんとも形容しがたい声を上げていた。先程までとの二人の変わりように、奥田自身がかなり戸惑っている様子が西田にも伝わってきた。相手に誰の、何のための捜査か悟られないようにしていたつもりだったが、少なくとも誰が捜査対象であるかは、北川の件でも微妙に悟られ、篠田に至っては、ここで突然捜査対象になったことは完全に悟られたのは間違いない。しかし、今更そんなことを気にしている場合ではない。

「篠田さんの死因は何ですか?」

正直、篠田の死についてすら、何か事件性があるのではないかと、西田は下衆、いや刑事の勘ぐりをしていたからこそ、こういう質問を咄嗟に口にすることになった。

「肝臓ガンだったべか。もともと若い時から軽く肝炎患っていたらしい。予防接種で伝染った(うつった)とか昔職場で言ってたわ。最後は急激に進行してあっけなかったようだな」

奥田の回答は西田の勘の外れを意味していたが、いずれにしても、事件は別の展開を見せ始めようとしているかもしれないと、西田は思った。

「篠田の遺族の連絡先はわかりますか?」

「西田さん、申し訳ないな。付き合いがしばらくなかったから、俺にはわからん。伊坂組で聞いたほうがいいんでないか?」

「そうですか……。それは仕方ないですね。わかりました。こちらでなんとかします」

西田はそう言うと、念のため最後までリスト記載の職員のことを聞いたが、さすがにそれ以上の必要な情報を得ることはなかった。



「いやあ、本当にご協力ありがとうございました。おまけに寿司までいただいて。感謝以外ありません」

西田は一仕事を終え、コピーをかばんに仕舞うと礼を述べた。それを聞いた奥田は、

「いやいや、こっちも世間話に付き合ってもらって悪かったな。本当は今からも爺の話に付き合ってもらいたいところだが、どうも刑事さん方、これから忙しくなるようだから、引き止めるわけにもいかないな。色々大変だろうけど、頑張ってくれや」

と二人に告げた。状況はすっかりバレてしまったようだが、今更気にしても仕方ないし、気にしている場合でもない。ただ、

「今の話は清には黙ってたほうがいいべか?」

と聞いてきた時は、

「出来れば」

と簡単な指示に留めたものの、内心かなりありがたい心遣いだと、心底感謝したことは言うまでもなかった。そして、奥田の家を去る間際、再び二人が礼を告げた玄関先で、北村が唐突に質問をぶつけた。

「ところで奥田さん。この昭和52年9月25日の慰霊式典の出席リストに載っている人は、遺骨採集にも参加してたんですよね?」

「ああ、そうだよ。上の方の人はともかく、俺らより下の連中は回数はばらばらだが、何回かは参加してるはずだ。ただ、すっかり言いそびれてたが、保線区の仕事に休みはないんで、あれに載ってる人が慰霊式に実際に参加していたかどうかは定かじゃないぞ。当日仕事の奴も確実に居たはずだべ。あくまで採集に参加したことがある奴が全員載っている、そう思ってくれ」

「なるほど。じゃあ、北川と篠田はどの程度採集に参加してたんですかね? また式典に実際に参加していたんですか?」

「細かいことは、悪いけどはっきりは憶えてない。でも仕方ないべ? はるか昔のことだから。ただ、遺骨採集については、それなりの回数参加してたんでないかな? そして、少なくとも、俺と清は当然慰霊式にも出てたぞ……。あ、そうだ!北川と篠田も当時俺らと同じ班だったから、じゃあ出てると思って間違いねえな。そんなことすら憶えてないとは、ああいやだいやだ……」

「そうですか。じゃあ、ちょっと抽象的で申し訳ないんだけど、何か遺骨採集とか慰霊式典で何かありませんでしたかね?」

「何か? ……いやあ特には思い当たらんけど、なんか気になるんだべか? そんなことすら憶えてないんだから、そりゃ無茶な話しだべや……」

「いや、それならいいんです……。すいません、変なこと聞いて……」

北村はすぐに奥田に詫びを入れると、二人は玄関を出て車に乗り込み、奥田宅を後にした。奥田はバックミラーの視界から消え去るまで手を振って見送ってくれたのが確認できた。


※※※※※※※


「しかし、まさかまさかでしたね。北川と田中の件よりもっと面白い情報が出てくるとは」

アクセルを踏み込みながら北村が話しかけた。

「予想もしていなかったことが出てきたな……。田中のシロ確認で終わるかと思ったら、転んでもタダでは起きない形になって良かったよ。それと国鉄職員はリストに載っていても出席してないのも居たんだな。早速上に報告しないと。方面本部じゃなくて、倉野さんが居る署の方に先に寄ろう。と言っても真横だけどさ」

西田はそう提案したが、すぐに、

「そう言えば、さっきおまえ、奥田の爺さんに最後言ってたけど、気になることでもあったのか?」

と問いただした。

「大したことじゃないですよ。ただ、西田さんも感じているでしょうけど、遺骨採集や慰霊式典やった場所で、米田が行方不明になり、はっきりはしてませんけど、その場で殺害され埋められたとなると、なんか偶然とは思えないんですよね。何かそれと関係しているような気がして、ちょっと聞いてみただけですよ」


 北村の言っていることは、確かに西田も北川が田中と姻戚関係で、遺骨採集、場合によっては慰霊式典にも出席していたと知ったときに感じたものだった。だが、確かにそうなのだが、具体的にどういう説明が付くかと言えば、西田にとっても何も判らない、そういう類の話だった。

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