迷走16
「わからない人については、わからないで構いませんよ。それは仕方ないです」
「それならいいが……。あと、俺がわからない人も、清なら知ってるかもしれんぞ?」
「そうですね。田中さんにも別途聞くことがあると思います。今日は奥田さんが知っている限りを聞かせていただくということで」
「わかった。じゃあどうすりゃいいんだ?」
「この上から順に教えていただけますか?」
西田はそう言うと、コピーの国鉄からの出席者のリスト部分のトップにあった、当時の国鉄、旭川鉄道管理局長を取り敢えず指した。奥田は自分の方の原本の方を見ながら応対した。
「いやさすがにこのぐらいのお偉いさんとは、何の付き合いもなかったから、わからんよ。俺は当時、清同様、ただの保線区の施設主任程度だったから。年齢的には仏さんだろうけどな」
奥田は豪快に笑い飛ばした。
「どれくらいの人からわかりますかね?」
西田の質問に、
「この保線区長の山中さんぐらいからは、付き合いもあった人が多いな。でもこの人も亡くなってる。というか、俺らより上の役職ついてた人で生きてるのは、助役の杉並さんぐらいだと思うぞ。はっきり言って時間の無駄だべ」
と奥田は答えた。
「そうですか。じゃあ……」
と言って、西田は奥田達の施設主任以下の役職の人間を聞き始めた。役職についていない職員については、上の方はかなり鬼籍に入った人物が多かったこと、また五十音順ではなかったことより、おそらく年齢順なのだろうと西田は推察した。確かOBも参加していたと、前回の田中からの聞き込みの際に、彼から聞いていたので、OBも国鉄職員の欄にまとめられていたのかもしれない。ただ、それは重要なことではないので、西田は無視してそのままどんどん指差しながら聞いていく。奥田が現状を知っている人と知っていない人は半々程度の割合で消化していった。
「この人はどうですか?」
「高橋ねえ。こいつとは付き合いがなかったから、今のことはわからんなあ。民営化したときに国労だったんで、JRに採用されなかったはずだが、その後のことはわからない」
「そういえばJRになった時に色々ありましたねえ……」
北村が口を挟んだ。
「そうだぁ、北村さんよ。あんたぐらいの年齢の人でも普通にクビ切られたんだ。大変なことだったってのはよくわかるべさ?」
奥田は老眼鏡をクイっと軽くあげると、北村に目線をやりながらしみじみ語った。
「田中さんも奥田さんも民営化後もそのまま採用されたんですよね?」
「ああ、俺らは役職ついて、労働組合は既に抜けてたからな」
「なるほど。それもそうですね」
西田は合点がいくと、次の人物を指した。北川の名前がいよいよそこにあった。西田も北村も、奥田の口元に視線を集中した。
「ああ、北川か。こいつはあれだ、清の義理の息子になってる。清の娘を嫁にしてるんだ。どうだ驚いたべさ?」
「ほう。そうなんですか!」
二人は余りわざとらしくならないように注意しながら、演技で驚きを口にした。
「当時から既に結婚してたんですか?」
「昭和52年には結婚してたはずだな。確か、俺が結婚式に出たのが昭和46、7年ぐらいじゃなかったかな……」
北村に続いて西田も聞く。
「やっぱり田中さんがこの人に紹介したんですか、娘さんを?」
「うーん、馴れ初めはどうだったっけか……。職員の家族も含めた会合みたいなのに、清の娘、ああ加奈子って言うんだが、それが来て、その時に北川が一目ぼれしたとかしないとか。清としてもかわいい娘だから、あんまりいい気はしなかったみたいだが、加奈子も惚れちまったんじゃ仕方ないべや」
「いい気はしない?」
「西田さんは、子供、特に娘っこは居るのかい?」
「一人娘が」
「じゃあわからんでもないだろ。どんな男でも親父は気に食わないもんだ」
そう言われてみると、奥田の言うことにも説得力が増した。
「そうかもしれませんね」
西田の相槌に、
「そうかもしれませんじゃなくて、そういうもんだべ」
と笑顔で奥田は釘を刺した。
「じゃあ、田中さんと、この北川さんの関係は余り良いものじゃなかったということですか?」
「北村さんよ。良いと言えなかったのは否定はできねえ。ただ、原因は単なる男親のヤキモチだけじゃなく、北川本人にも問題がなかったわけじゃねえんだ。北川は悪い奴ではないが、マージャンが大好きでな。そういう賭け事好きを、生真面目な清がイマイチ気に入らなかったってのもあった。でも、むしろ今の方が更に良くないかもしれん」
「それはどうして?」
「やっぱり転職辺りからじゃないべか、二人の仲がギクシャクし始めたのは」
「転職?」
西田は既に伊坂組への転職のことだと察しは付いていたが、もっと詳しく聞きだそうとした。
「ほら、ここにも載ってる伊坂組。ここに転職したんだ。えー、いつだったかな……。57、58年……。詳しいことは思い出せないが、JRになる4、5年前か。当時大きくなりつつあった伊坂組が、国鉄の保線事業やってた絡みで、保線の職員を何人か採用することにしたんだが、それで北川は国鉄辞めて、伊坂組に移ったんだ。まあそん時に、辞める辞めないで清とぶつかったわけよ」
「その時のしこりが未だに尾を引いてる、そういうことですか?」
「早い話がそういうことだ、西田さんよ」
奥田の話をそのまま受け取る分には、少なくとも殺人の発覚を恐れた北川が、その意図まで含めて田中に明かし、その依頼で田中が常紋トンネル調査会の調査に口出ししようとしたというのは、かなり無理がある筋書きだと西田は再確認した。もし田中が北川に頼まれてやったとしても、その目的が何なのか知っていたというのは、田中の提案を松重が蹴った時にあっさり引き下がったという点でも否定が可能だ。やはり、田中はシロの可能性が高いと思った。




