迷走15
7月29日昼前、遠軽から自分で運転し、北見方面本部で北村を拾った西田は、運転を北村に任せ、訓子府の奥田の家に向かっていた。雨は降っていなかったが、どうも26日から曇天模様が続き、蒸し暑い中、ウインドウを全開にして、通行量の少ない道をひた走る。
「昨日の本部の道下さん、かなりキッツイもんだったって聞きましたよ。西田係長は実際に見たんですよね? どうでした?」
どうも北見方面本部でも道下の厳しい取調べが話題になっていたようだ。
「まあ確かに最近は余りいないタイプの刑事だな。ただ、一昔前はあんぐらいの人は普通のレベルだよ。俺が刑事になったころには既に少なかったけど、先輩から聞いた分には酷いのもたくさんいたみたいだな。まあ冤罪が多発したのと、科学捜査がかなり進歩したのとで変わって来たってのもある」
「ああ、一晩中寝せないとか、そういう奴ですか?」
「そうそう。頭を机に押し付けたり。一種の拷問みたいな取調べだ。さすがに最近は批判が多くなって、そういうのはマスコミからも攻撃されるからな」
「そういうのに比べれば、言葉だけですからマシですかね……」
「警察も変わってきてるって証拠。学校でも体罰が問題になる時代だから……」
「それもそうです……」
北村がやけに簡単に西田の話に納得したせいか、しばらく会話も途絶えたが、畑作地帯の中を貫く変わり映えのしない風景の羅列に、北村が会話を再開した。
「しかし、田中の爺さんも大変ですね。2度目ですか、なんやかんや疑われるのは」
「それはそうだが、今回は前回と違って、容疑者そのものではなく、協力者かどうかってことだから、次元が違うだろ? それに俺はおそらく田中は事件には関与してないと思ってる。勿論、予断は危険なことは承知の上だ」
「ですが、たまたま遺骨採集をしたことがあって、たまたま今回、再び遺骨採集をすることになって、それに止めろと口を出して、どうもその遺骨採集が今回の事件の発覚の原因だったわけですよね? 更にたまたま最重要容疑者の義理の親父だったってのは、出来すぎじゃないですか、どう考えても?」
「たまたまたまたま、いい加減しつこいぞ!」
西田は北村の頭を軽く小突きながら、怒る真似をしたが、事実色んな偶然が重なりすぎている。しかしそれでも田中の行動の整合性は崩れるわけでもない。確かにやっかいな話だ。
「とにかく、俺達がやるべきことは、今日の奥田の爺さんに聞くこと含め、事実を積み重ねて検証していくことだ。それしかないだろ……」
北村が頷くと、丁度、訓子府町のカントリーサイン(市町村の境界入り口付近にある、その市町村のイメージ画の書かれた標識のこと。北海道のものが特に有名)である「訓子府メロン」をイメージしたイラストが二人の視界に入ってきた。前回訪れただけに、迷うことなく奥田宅に辿り着くと、車が踏みつける砂利の音で訪問に気付いた奥田が、自ら玄関を開けて出迎えてくれた。
「思ったより早かったな」
「ええ、道も空いてましたから:
西田の一言に、
「いや、いつも空いてるべさ」
と笑った奥田に、前と同じ部屋に案内されると、そこには出前を取ったと思われる寿司が用意されていた。確かに昼前にお邪魔するとは伝えていたが、まさか昼食まで用意されているとは、西田自身思っておらず、
「いや、すみません。ここまでお気使いいただきまして。時間帯考えるべきでした……」
とひたすら恐縮せざるを得なかった。
「話は寿司を食い終わってからにするべ」
特に急ぐこともなかったので、二人は奥田の提案に甘えることにした。寿司を食べながらたわいもない世間話をしたが、奥田はまだ田中の義理の息子である北川が逮捕されたことについては知らない様子が窺えた。
「あー、おいしかったです。ご馳走さまでした!」
北村が奥田の妻が出してくれたお茶で一服しながら、満足そうな声を上げた。
「いや、本当にご馳走様でした。最近寿司なんて食べてなかったんで、特においしく感じましたよ。ご馳走様でした」
西田も礼を言った。
「それなら良かった。暇な爺の話相手になってくれる分の謝礼だ、謝礼」
奥田は朗らかな笑みを浮かべると、空になった寿司桶を台所に持って行った。それを見ながら西田は持って来た、慰霊式典の冊子のコピーをかばんから取り出し、机の上に置いた。それを見た北村の表情も、先ほどまでの緩んだモノから、締まった顔つきに変わった。戻ってきた奥田に、西田は早速話を振った。
「寿司をいただいてすぐにこういう話になるのは申し訳ないんですが……」
「ありゃ、もうその話かい。腹ごなしにしばらくくだらない話でもしたかったんだけど……」
奥田は口調は不満げだったが、表情を見る限りは刑事達の都合を受け止めているようだった。
「出席者について、前回より突っ込んだお話をうかがう必要が出てきましてね」
「清(田中の名前)については問題なかったんだべ?」
奥田の問いは、それを再び探りに来た西田にとっては、正直嫌な部分を突いてきたものだったが、西田は、
「ええ、まあ」
と、適当にいなした。
「それじゃあ何を聞きたいんだ? 西田さんよ。あ、ちょっと待ってくれ。元の紙出すから」
奥田は近くにあったたんすの引き出しから、冊子の原本取り出すと、老眼鏡を胸ポケットから取り出し、鼻に引っ掛けた。
「まず、国鉄側の出席者の現状を知っている限りお聞きしたいんですよ」
「現状?」
西田の質問に、意味がわからないという態度を見せる奥田。
「つまり、この人たちが今何をしているかご存知の限り、教えていただきたいんです」
「そうは言っても、俺も全部知ってるわけじゃないよ。疎遠になってる人もいるし、死んでる人もいるし。刑事さんもそこら辺はわかってるべ?」
確かに20年近く前の話となると、記憶も曖昧だろうし、付き合いがなければ、何をやっているかもわからない人もいるだろう。そんなことは西田もわかっていたが、少なくとも今でも付き合いのある田中清の娘婿が奥田の同僚でもあった以上、北川について何か聞きだせるだろうと、西田は確信を持っていた。いや、もっと言うなら、それさえ判れば目的は達せられるわけだ。




