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迷走10

 午後3時、ようやく勾留請求が認められたとの連絡が入り、沢井課長、西田、竹下主任、小村の4人は遠軽署を後にして北見方面本部へ向かった。松田は予想通り準抗告しなかったらしい。これから一度方面本部へ向かい、そこで軽く打ち合わせしてから北見署の北川の元に向かう手はずだ。


 やや飛ばしたこともあるが1時間半程で着き、会議室に出向くと、倉野が資料を持ちながら待ち構えていた。

「いやいやご苦労さん。ただ、良い知らせが幾つかあるぞ。ついさっき、科捜研から連絡があって、土の成分、間違いなく現場周辺のものと一致したそうだ。これで奴も言い逃れはできまい。あとは家族接見はこっちの要求通り禁止」

と4人に告げた。

「間に合いましたか。助かりますよ」

沢井は倉野から資料を受け取ると、そう言いながら話の中身を踏まえて簡単に確認し、西田にそれを回した。西田もちらっと確認すると竹下に手渡した。

「事件主任官、それで我々はどこまで突っ込んで良いんですか?米田の件までちらつかせて構わないんでしょうか?」

西田が聞いた。

「成り行き次第だな。積極的に聞けとは言わないが、現場に北川が居た目的を探る際には、そういう話が出てくることは、流れ的に仕方ないだろう。ただ、米田の殺害に関してまでは突っ込まないでくれ」

「それは道警本部の道下係長のアドバイスですか?」

「いや違う。道下さんが来るのは明日になる。俺の判断だ、西田」

幾ら道警本部からのアドバイザーと言えども、道警本部傘下の方面本部とは言え、捜査一課長が言いなりということはそうはあり得ないと西田は思い直し、

「取調べの分担をきっちりしておきたいというわけですか?」

と聞き返した。

「端的に言うとそうだ」

「そうですか。わかりました。指示に従います」

倉野の返答に西田はひとまず納得した。

「あ、そうだ! 主任官、以前事情聴取した、田中って老人の話なんですが……」

西田は田中と北川が姻戚だったことを報告するのをうっかり忘れかけていた。

「田中がどうした?」

「実は、さっき気付いたんですが、北川と田中は義理の親子関係でした」

「おいおい、早く言ってくれ!」

倉野は急いで自分の机の上から、遠軽署にファックスされたものと同じ資料を探し出すと、

「これか? 同姓同名じゃないだろうな?」

と紙面の田中の部分を指差した。

「住所も一致してます。間違いありません」

「そうなると、こりゃ一体どういうことだ?」

興奮気味に自問自答する倉野を見ながら、西田は先ほどの松重とのやり取りの概要を伝えた。それを聞いた倉野は、

「ますますわからん……。西田、おまえはわかるか?」

と聞き返した。西田は、

「自分は田中を今は余り疑ってはいませんが、正直なんとも……。北川の調べが一段落したら、そっちももう一度調べ直しする必要があることだけは確かです」

と言うのが精一杯だった。


※※※※※※※


 午後6時、北見署の取調室に西田と竹下、小村は詰めていた。マジックミラーの裏には沢井と倉野、比留間管理官が監視するために陣取っていた。竹下は北川と既に対面しているが、西田と小村は今回が初の顔合わせとなる。留置場から北村が連れてこられるのを待っている間、三人はお互いに微妙な落ち着きの無さを感じあっていた。取調べの際にはどんな被疑者、被告を相手にするときでも、独特の緊張感を感じるものだ。当然のことながら、西田も刑事となって既に13年になるが、未だにその感覚は消えていなかった。まして相手が重大事件の被疑者となれば尚更であった。


 15分もすると北見署員に連れられて北川が入ってきた。やや疲れた風貌に見えたが、竹下と向坂が以前言っていたように、ごく普通の中年男性という感じだった。取調室に入ってくるとすぐに、見たことのない三人の姿を確認したのか、戸惑った態度を隠さなかったが、椅子に座るように指示されると、すごすごと従った。


「北川友之さんですね?」

西田が口火を切った。黙って頷く北川。

「今日はじめて会うことになったけれども、遠軽署の西田、隣が竹下、向こうが小村です」

伏目がちに小さい声で、

「わかりました」

と言っているのはわかった。

「まあ先日の事故の件で、今日勾留が認められたようだけれども、実は私達もちょっとお尋ねしたいことが幾つかありまして、今日ここにお邪魔してるんですよ」

西田の言葉にも相変わらず伏目がちのままの北川。その様子を窺っていた竹下が、いよいよ本題に入った。

「北川さん、あなた6月の8日から9日にかけて、何をしていたか記憶にありますか?我々の調べでは夜中に掛けて出かけていたみたいですね」

これまで特に反応を示してこなかった北川だが、さすがにこの質問を聞くと目線を上げて、目の前の刑事達を見つつ、

「ちょっと記憶にないですね」

と淡々と答えた。

「そうですか。実はですね、我々はとある事件を追っているんですが、どうもあなたがその現場に居たんじゃないか? という嫌疑を持っているんですよ」

竹下のその質問を聞くと、さすがに動揺を隠し切れなくなった。それを見ていた西田が、今度は質問をぶつけた。

「具体的に言うと、6月9日の未明、とある場所で吉見忠幸さんと言う方が殺されていましてね……」

おそらく殺人ではなく事故だろうという認識はあったが、西田は敢えて殺人と言うことで、北川の出方を探った。西田のにらんだ通り、一瞬だが身を乗り出すような仕草を見せたが、

「そうですか」

と平静を装った。さすがにここで「あれは事故だ」とでも言ってしまえば、自ら現場に居た事をゲロ(自白)ってしまうようなものだ。だが、その一瞬の動きを、刑事が見逃すはずもない。西田は持って来た北川の靴を、椅子の後ろから取り出して机の上にトンと置いた。

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